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一匹オオカミの初雪 #ショートショート


 日が落ちて寒さが肌を刺す中、僕は一人、学校からの帰り道を歩いていた。転校初日は最悪だった。自己紹介など名前だけ言って無難に済ませておけばいいものを余計なことを言ってしまった。中学2年生の冬という中途半端な時期の新参者を受け入れるだけの余裕は、先生にも生徒にもなさそうだった。担任の先生は自己紹介でやらかしてしまう僕を迷惑そうにフォローしようとするも出来ず、汗をかきながら視線と話を逸らす年だけ食ったような男だったし、生徒の方も明るいリーダー気質の子はいないようで各々いつ話しかけにいくか様子を見ている感じだった。僕は気まずさと羞恥心でクラスメートの顔も見られず、終業のチャイムが鳴ると同時に逃げるようにして教室を出てきてしまった。

 大通りを抜け、新築ばかりが立ち並ぶ住宅街をゆっくり歩いていると、買い物袋を持った品のいいベージュのコートをまとった女の人が向かいから歩いてくるのが見えた。そして右脇の道に曲がるとすぐの白いタイル張りの家に入っていき、パッと窓に明かりが灯った。僕はそのオレンジ色の光を横目に通り過ぎる。少し冷たい感じのする新しい家にも、人の営みを感じる。さっきの女の人はどんな暮らしをしているのだろう。一戸建てに住むということは、家族がいるんだろうか。夫はまだ帰ってきてないんだろうか。品のいい高そうなコートを着て髪もとっても綺麗にまとめていたから、もしかしたら子どもはいないのかな。

 そんなことを考えている間に、家に着いてしまった。母がウキウキしながら選んで付けた新しい表札にまだ違和感を感じながら、背負っていたカバンの底に埋もれていた鍵を出す。リビングに光が灯っているから、母はパートから帰っていそうだ。姉の部屋は暗いが、リビングに居るか早めのお風呂に入っているかもしれない。僕は玄関を入ったら、まずリビングに顔を出し、もし居たら新しい姉に軽く「ただいま」と声を掛け自分の部屋に入る。自室にこもってばかりだと母が気を使うから、その後はリビングでテレビを見ようか。母は僕の学校生活には基本興味がなく、話しかけてこないと思うが、父は息子になったばかりの僕とのコミュニケーションのために学校の話題を振ってくるかもしれない。面倒だ。学校も学校だが、家も家だ。社交的な姉はすぐに母と打ち解けたが、僕は父との距離の縮め方がわからない。もし高校進学で家を出るなら短く見積もってあと一年ちょいしか一緒にいないなら、縮めなくてもいい気さえする。

 玄関のドアノブに手をかけながら、頭の中で家に帰ってからのシミュレーションをしていると、冷たいものが頬に触れた。
 「雪だ」
 空から白いものが次々と降ってくる。暗い闇の中を舞っていた雪は地面に吸い込まれるように溶けていく。僕の立っているカントリー調の玄関タイルにもどんどん溶けていき、クリーム色だったタイルがオレンジ味を帯びていく。
 雪はもっとフワフワしたものだと思っていたが、少し湿っていて、白い雨のようだった。そうか、これが、雪か。玄関ポーチを出て、空を仰ぎ、全身に雪を感じる。皮膚に落ちた雪はすぐに溶け、水滴を作っていった。身にまとった新品の紺色のブレザーは最初は水滴を弾いていたが、だんたんと白い雪が映える夜空と同じくらい濃い色のシミができていった。

 「気持ちいい」

この場所に来てから初めて、清々しい気持ちで、玄関の戸を開けたのだった。




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