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【書評】あした天気にしておくれ(岡嶋二人著) ★ネタバレあり

 全盛期の岡嶋二人にはケチの付けようがないから語ることが出来ない。前回そう書いた。舌の根も乾かぬうちだが、また岡嶋二人だ。あまりに面白いものを読んで黙っていられなくなった。そういうことだ。

【評点】★★★★★

【〇なところ】
■倒叙で始まった犯罪が主人公(犯人)の思惑を外れていき、謎解きミステリーに変わっていく展開。
■ふんだんに盛り込まれる競馬の蘊蓄がもたらすリアリティ。

【✕なところ】
■ミスディレクション(篠塚響子)が不自然。
■東堂、都賀の行動原理が弱い。

 倒叙ミステリーでは誰が犯人か最初から読者に明かされており、完璧に思われた犯行が探偵にどう暴かれていくのかを描くのが普通だ。
 この作品でも、主人公であり犯人である朝倉目線で犯行の始まりから描かれる。普通の作品であれば、犯罪が完遂され勝利に酔っている朝倉に探偵が朝倉の小さなミスを突き付けて、彼を追い詰めていくという展開になるだろう。ところがそうはならない。

 四人の馬主が金を出し合ってサラブレッド「セシア」を購入する。その値段、三億二千万。馬主の一人である鞍峰が自分の牧場に「セシア」を引き取るのだが、「セシア」が事故で脚を骨折してしまう。怪我は治っても競走馬としては使い物にならなくなってしまった。鞍峰は他の三人の馬主に賠償しなくてはならない。鞍峰とその部下である朝倉は責任を免れるため、「セシア」が誘拐されたことにした。そして身代金として二億円を要求した。鞍峰は既に「セシア」を薬殺してしまっており、二億という法外な身代金が支払われなかった結果「セシア」は殺されたというシナリオを考えたのだ。
 ところが朝倉の目論見に反し、馬主のうち東堂と都賀が二億の身代金を払うと言い出す。それだけでも朝倉の予定から外れるのだが、更に朝倉の予想を超えた事態が発生する。なんと誘拐が狂言であると知っている人間がいたのだ。それだけでなくその人物は身代金の受け渡し方法を指定してきて、従がわなければ狂言であることをバラすという。こうして朝倉の仕組んだ狂言誘拐の行方がどうなるのか読者にも分からなくなっていく。同時に狂言であることを知っているのは誰かというフーダニットにもなる。最初から犯罪の内容が明かされている倒叙だと思って読んでいると、どんどん予想外のことが起き、どうなってしまうんだろうとページを繰る手が止まらない。

 どんでん返しや奇抜なストーリーが岡嶋二人の一番の魅力なのは間違いないが、社会派ではないのに浮世離れしていないリアリティも大きな魅力だと思う。本作では実際の競馬に関する蘊蓄が大きい。それを端的に表しているのが、身代金入手に関するトリックだ。本格ミステリーであれば実際の競馬会のシステムには拘らず、ノミ屋殺しの理屈だけを使うだろう。しかし岡嶋二人はそこに現実世界のリアリティを持ち込まずにはいられない。実際の馬券発売システムで実行するならどうなるかを克明……いや執拗に説明してみせる。ありそうだと納得できるという意味でのリアリティではなく、現実世界との接点を持たせるというリアリティは岡嶋二人の大きな特徴だと私は思っている。もっとも、それが現実の変化に弱いという一面に繋がり、乱歩賞を逃したとも言えるのだが。(時刻表トリックがダイヤ改正によって成立しなくなるのと同じだ)

 一応、気になった点も挙げておこう。

 篠塚響子は明らかにミスディレクション要員だが、かなりわざとらしい。犯人は朝倉さんなんでしょ、と言ってみたり、都合よく何度も犯行現場に居合わせたり。これは無くてもよいと思う。
 もうひとつ。東堂と都賀は強硬に身代金を支払うと主張する。しかし三億二千万の馬に二億の身代金を払おうとする理由が弱い。話を回すためにそうせざるを得ないのだが、「セシア」を世に出すのが馬主の社会的責任だと言われてもピンと来ない。なにより面白くない。ここは朝倉達に劣らぬ下らない理由をつけたほうが良かっただろう。

 井上泉の書いた「おかしな二人」を読むと、井上と徳山諄一がどんな会話でこのような話を作っていったかが分かる。やはり二人揃ってこその岡嶋二人なのだなと思う。

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