故はなく 3
桜の散るのを知りながら、いや、思いもせずに部屋の中で沈殿していた私が外に出た時に感じたのはやはり、母の記憶だった。この門を通って一緒に外を歩いたこと、生垣を剪定する母の横顔、家の前の通りの奥で私に手を振る母の姿、その全てが痛みになるのは辛かった。外に出て行くどこそこには必ず母がいる。家の近所なんて尚更ではあるが、家の中のあのどこにいても感じる痛みよりはましな時があった。この充満した空気に耽溺し、溺れて自分を消してしまいたくなる。外の空気はそんなのを振り払える気がした。しかし、自分から外に出ようとするにはあまりに億劫でもあった。そんな時に健太が私を連れ出していた。耽溺したい時、ではなく、逃げ出したくなる時、何故かそんな時を上手く選んで私を誘った。
健太と外に出ても何を話すでもなく、ただ、歩いた。私の心中は母に満たされてはいたけれど、健太の心持ちは知りようがない。と、言うか、考えもしなかった。偶にスマホを見るが時間を確認してるに過ぎないようだった。そして、道端によく咲いているヒナゲシを見て、ここのはよく育ってるとか、大分、小さいとか、外来種は強いとか寸評を加えていた。天候の事も口にしていた。今日は思ったよりも寒いとか、暑いとか日が強いとか、雨が降りそうだとか、そんな日常的な事だ。私はそれに曖昧に頷いたり、そうだねと投げやりに返したり、無言で聞いていたり、そんな繰り返しだった。