主婦の沖縄ひとり旅 11
沖縄9日目、3泊したコザの民宿をあとにする。
アットホームな感じの清潔な民宿で、お茶やコーヒーも手軽に飲めたり、ポットのお湯や電子レンジも使わせてもらえてサービスがよかったので、ちょっと寂しい気がしながらもまだまだ見たい沖縄があると感じ、早朝、次に予約したゲストハウスがチェックインの時間でなくても荷物を預かってもらえるというので向かうことに٩( 'ω' )و
観光客が多くなく、何泊もしたコザのまちは私にとっては思い入れがあるまちになりました(´∀`*)
小雨のなか、次の目的地の読谷村にまでのバスに乗る。
しばらくは街並みが続いていたのですが、どんどん両脇がフェンスだけになっていく、どうも米軍基地のなかを走ってるようですね(⌒-⌒; )
うーん、それにしても…、長い(^_^;)
普段、関西に住んでると米軍基地ってあまり縁がなくて存在は知っていても実感はなかったんですがこうして沖縄に来ると存在感が大きいんですね〜(*´Д`*)
そんなフェンスに囲まれた道がしばらく続き、また見慣れはじめた沖縄の街並みに戻るとすこしほっとする。
しばらく行くと、またどんどんちょっと田舎っぽい街並みになってきた。
私にはちょっと後悔があって、一日だけしか滞在できなかった、あの
もう、キジムナーな出てきそうな静かな村で本当によかった〜、だからまたちょっと田舎っぽいところにまた行きたいな〜と思ってました(´∀`)
目的地付近のバス停で下りて民宿に向かいます、マックスバリューもコンビニも近くにありそうな感じで、郊外でもなかなか便利そうです(°▽°)!!
さぁ、ゲストハウスについて、荷物を預け、
ゲストハウスのおにいさんに行きたい場所までの行き方を聞くと、
「自転車無料で貸しますよ〜(´∀`)」と言ってくれたので、早速自転車で観光へ٩( 'ω' )و!
まずはやはり、
私がグスクに来ると晴れはじめました〜、いや〜ありがたい(´∀`)!
アーチの門を潜ると、
どうもこういう構造らしいです(´・ω・)つ
この座喜味グスクや読谷村についての展示があるすぐそばの
さて、展示によると座喜味グスクは1416年から1422年に、今まで何度も話してきた護佐丸(ごさまる)が築城したとされています。どうも護佐丸はこの読谷村出身らしいです。
また戦時中は日本軍が高射砲陣地を構築していたために空襲や沖縄戦で壊滅的な被害をうけ一度は瓦礫の丘陵地となり、戦後は1974年まで米軍基地のミサイル通信基地となっていたそうです。
またミュージアムにはこの読谷村の歩みについての展示があり、
どうやら今でも村の多く土地が米軍基地のままだそうです(*´ω`*)
そしてまた違う展示を見てみると、
私個人なぜか移民史が好きでいろいろ調べたりしてるんですが、沖縄からの移民が多いのは気になっていました。
どうも戦後の移民には基地のために農地を奪われた農家の人なども少なくなかったようですね(~_~;)
そのためか沖縄の街中には南米料理の店が多く、カポエラ道場なども見かけましたね(^◇^;)
そうやってユンタンザミュージアムの展示に見入っていると、また雨が降ってきました(-。-;
本当に沖縄の天気は気まぐれです(⌒-⌒; )
しばらく待って少し雨がやんだかな、と思い、また自転車を漕いで人家のなくなるなか向かいます。٩( 'ω' )و
Google maps で史跡をつけてはその場その場で、気の向くまま動くわけですが、今回はかなり印象的な史跡でしたね〜(´ω`)
さて、だんだんと晴れてきましたよ٩( 'ω' )و
今度は沖縄旅らしく、海を目指すと、
沖縄に来たらこういう風景に出逢いたかったんですよね〜・:*+.\(( °ω° ))/.:+
さらに自転車を漕いでいくと、
ずーっと自転車漕いでいるとリゾート施設の保養所みたいな芝生の道かサトウキビ畑かどちらかなんですよね〜、なぜか民家がない。
「あ、そうか、ここアメリカから返還された土地だから民家がないのか(゚ω゚)!」
もしかして今帰仁村のような民家の先に浜があるような場所はないのかもしれない(。•́ - •̀。)
そんなことを思いながらも、ふと
ところどころリゾート化されたビーチはあるんですが自然な浜辺はこの付近にはなさそうです。
そのまま北へ北へ自転車を漕いでいくと
泰期という人で、琉球統一前に何度も大陸に赴いて交易した人とされていますね。どうもあまりハッキリしたことはわかってないらしいですが、像は福建省を指しているのだとか( ̄^ ̄)ゞ
下のチケット売り場で300円を払うと受け付けのお姉さんが、「5時半までなので下の展示見るより先に上られたほうがいいと思いますよ(´∀`)」と言ってくれました。
もうこのとき5時前。沖縄は本土より暑いし、明るいからその辺の感覚も狂いますね(^◇^;)
長く急な階段を上ります。
灯台の展望台にぬけると、
夕方なのでちょっと逆光がきつかったのですが、岬の端の灯台から見える景色はやっぱり素晴らしい・:*+.\(( °ω° ))/.:+
もういい時間なので、灯台から下りて、また灯台に目をやります、
まぁ、そんなこんなで日も暗くなって来たので一回ゲストハウスに帰ってから自転車漕いでるときに見つけた温泉に行こうと思いました。沖縄に来てからまだ一度も湯船に浸かってなったし(⌒-⌒; )
というわけで暗がりの中温泉に向かい、久々の温泉に感激・:*+.\(( °ω° ))/.:+、リフレッシュしてさぁ、帰るぞ〜って思っていると、
そういえばここ周りサトウキビ畑しかなかったし、夜はこんなに真っ暗なのか(-。-;
自転車のライトでなんとか帰れないわけでもないんですが、Google mapsで最短ルートを見ると、は、チビチリガマが近い(゚ω゚)!!
※チビチリガマは1945年、沖縄戦における集団自決が行われた場所である。
泣きそうになりながらも、最短ルートで自転車漕いで帰って来ましたヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
ふー、夜道はいろいろな意味で怖いなと思った夜でした
つづく