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ふりかえり大阪散歩 10 渡船に乗って

 去年の10月初旬です。この頃仕事してなくて、でも遊びには行きたくて、どうしようかなと思い、

 そうだ、船(タダの)に乗ろう!となって

大阪市渡船に乗りに行くことにしました

 大正時代にできたので“大正区”と呼ばれる、その大正区の周りには大阪市営渡船場8つのうち7つがあるというので行ってきました。

 大正9年4月、旧道路法の施行により渡船は無料となり、昭和7年4月以降はそれまでの請負制を改め、ほとんどが市の直営方式になりました。
 そして昭和10年頃には渡船場31か所、保有船舶数69隻(機械船32隻、手漕ぎ船37隻)、年間利用者は歩行者が約5752万人、自転車等が約1442万台を数えたといいます。

 令和になってからも8か所で利用者は約150万人いるらしいです。

 まずはJRで芦原橋駅まで行き、近くの渡船場へ。

“閘門”です!運河が近づいてきました!

まずは①落合上渡船場

朝夕以外は1時間に4本
はじめての渡船
自転車の人もちらほら
移動は短ければ1分に満たないです
到着!

そこから10分ほど歩いて②落合下渡船場へ。

2艘目に乗ります
水都大阪ですね〜
渡船からは様々な工場が見られます。


 次に渡るのは千本松大橋

 眼鏡橋と呼ばれる場所

 千本松大橋は木津川を船が安全に航行できるよう、桁下を水面から33mの高さにする必要があったので両岸の取付部は2段のらせん形状が採用されています。その形状から別名"めがね橋"の愛称で呼ばれているらしいです。

まずは徒歩で
螺旋の坂を上ります

 傾斜もない街中でこんなに坂を歩くことになるとは思いませんでしたね。なかなかいい運動になりました。

千本松大橋からの眺め

 なかなかこんな風に海を見下ろすなんてことないですよね。大阪の中心部を見渡せるいい場所だと思います。

今度は③千本松渡船場から渡船に乗ります
橋の下をくぐり、
川を渡ります

 今度は木津川沿いをしばらく歩きます。この時歩いた木津川南部は第一次大戦の造船ブームや付近の工場の進出で活気があったそうで、戦後もしばらく造船業が盛んだったようです。

造船所があった場所

 造船所があっただろう場所をしばらく歩くと、

④木津川渡船場に着きました

 ただ私がこのとき渡船が行ったばかりで船は対岸に出てしまっていました。あと45分待たないと船は出ないようなので、

渡船場の待ち合い

 待合室でしばらく足を休めます。この日は10月はじめでまだまだ暑かったのですが、秋にさしかかってきていたのか日陰に入るとだいぶ涼しくなってきていました。

 十分足が休まったあと、船の時刻になったので、

橋を仰ぎます

 これで今日乗る7つの渡船のうち4艘、半分は乗りましたね。

ずっと工場地帯を歩き、
⑤船町渡船場

 ここは木津川運河唯一の渡場で、ちょうど30秒間ほどで渡りきってしまいます。

 朝から歩いてお腹が空いてきましたが、この地域は工業地帯であまり飲食店がなく、

IKEAで食べました

 疲れたので少しレストランフロアで休憩させてもらってから再び歩きます。

なみはや大橋です

港区大正区を結ぶ、尻無川架かる全長1,740m、高さ47mの橋です。ここからの風景もまた格別なんですよね〜(´∀`)

 さて、またこちらは千歳橋、

歩道がすごく高い場所まで上りますね〜、自転車で渡ると大変(^◇^;)


⑥千歳渡船場になります
ここの渡船場は渡るのに2分ほどかかりました

 ここが今までの渡船場で1番長かったかもしれません。

 さて、そろそろ最後、

⑦甚兵衛渡船場

 ここ尻無川の堤は昔は紅葉の名所だったそうです。「甚兵衛」は、江戸時代にこのあたりで渡船と茶屋を営んでいた店主の名前だそうです。

 この日は全部で7ヶ所の渡船場から船に乗り、ほんの短い時間ですが、この日たくさん船に乗っていろいろな景色を見られて、ちょっとした旅になりました。知らなかった大阪の景色がたくさん見れたと思います。

 つづく

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