懐かしい黄金時代の記憶② Antigravity
木立に差し込む階段状の光の筋を見ながらお茶を一口飲んでみる。少し苦みのある野味溢れる自然の味わいが口の中に広がる。このあたりの地力も随分と回復してきたようだ。
ピッという音が鳴って、上を見上げると音もなくカプセルのような形をした物体が降りてくる。直径1mぐらいの円筒形の丁度真ん中あたりがパカっと開くと、そこに50㎝ぐらいの箱が収められている。
箱を開けると大きな西瓜が入っていて、一緒に薄い透明のフィルムのようなものもある。どこからともなく空中に現れた黒い球体がそれを読み取って3Dホログラムの映像を再生し始める。
どうやらこの西瓜を収穫している様子が収められているらしい。砂丘の近くに住む友人が、一番出来の良いものを選んでいるのが映っている。先日梅干しをお裾分けしたお礼をすると言っていたのを思い出す。収穫した西瓜をこちらに差し出しながら、「ありがとう!」と言って映像は終わった。
今時3Dホログラムメッセージはリアルタイムでも送ることができるのだが、サプライズ的にしたい場合はこういった「手紙」形式をとる人が今でもいる。西瓜の情報を読み取った黒い球が食べごろは明後日だと伝えてくる。
配達を終えた「カプセル」は再び上に上がっていって、しゅーっと消えて見えなくなる。不可視モードに移行したのだ。一見すると穏やかな朝焼けの空模様に見えるが、この大空には大量の「カプセル」が飛び交っている。
反重力ポッドと呼ばれるそれは、かつてUFOと呼ばれていた外宇宙航行用宇宙船のテクノロジーの一部を用いて造られている。単に「ポッド」とか、見た目そのままに「カプセル」という人が多いが、正式には「反重力推進大気圏内移動用装置」AMDAPという。
大きさも今のように1m程度のものから、人が丁度一人乗れる大きさのもの、数人で乗れるかつての車のようなサイズのもの、数十人~数千人まで運べる輸送機サイズのものまで様々だ。例によって円盤型がほとんどなのは、技術を授けてくれた人々の設計思想を受け継いでいるからと言われる。
昔の航空機のように燃料を入れる必要がなく、外部からのエネルギー供給も不要な「カプセル」は階層型GPSによる自動制御で動いているので、パイロットのような資格は全く必要なく、個人が好きな時にあらゆる場所に移動ができるようになった。
ドローンと呼ばれていた小型飛行機のように、高度も自由に変えてそこで静止することもできるので、この技術が一般化した頃はヒマラヤの山頂やギアナ高地のエンジェルフォール、世界各地の秘境、はたまた深海などに人々が殺到した。
初期のころは「ポッドライダー」と呼ばれるパイロット達がたくさんいたが、無茶な操縦で事故が相次いだこともあって、様々な安全装置が取り付けられ、今ではほぼ全自動制御になった。今でも手動で飛んでいる「ライダー」たちは僅かにいるが、空の交通がかなり過密になった昨今では、自由に飛び回れる場所は交通網にかからない海上や人口がほとんどいない陸上に限られている。
この反重力技術とフリーエネルギーが登場したことによって、人々の生活はそれまでの延長線上ではない極端な変化を体験することになった。第6次産業革命という人もいるが、その変化の大きさから、技術跳躍(Technological Leapfrog)とか技術変異(Technological Mutation)と呼ばれる。
20世紀には空飛ぶ車を夢見る人が多かったが、突如出現した全く考え方の違う技術によって、21世紀初頭に計画されていた極低温超電導(リニアモーター)やハイパーループといった交通手段、燃料電池や自然エネルギー、核融合など既存のエネルギー技術の延長上のものは全て凍結されることになった。というか、そんな非効率なものを使う必要がなくなったという方が正しい。
それまで一般的だった鉄道やバス、乗用車といったものは四半世紀のうちに姿を消し、物流を担っていた船舶も必要なくなった。そして、移動するために何万年も前から長きにわたり使われていた道というもの自体が、すごいスピードでなくなっていった。
この家の周りにもいわゆる道路というものはなく、住んでいる人が散歩するためのトレイルか、獣道ぐらいしか残っていない。今ではポイントとポイントを空で結ぶので、陸上を歩いて移動するとか、船に乗って海上を移動すること自体がほとんどなくなってしまっている。
移動に対する制約がほとんどなくなってしまった現代では奇異に映ることだが、この技術が出てきた当初は、当時世界中にあった「国」がその対応に追われることになった。
それまで特定の港や空港、国境といった決まった場所を通過して国家間の行き来を行っていたのが、突然好きなように移動できるようになってしまったのだ。とはいえ最初はごく限られた人数がその恩恵に預かったので、プライベートジェットと同じように、降りる場所を指定してそこで入国手続きをすることで対応していた。
それが瞬く間に全世界の人口数を凌ぐ数が生産されるようになると、とても一般的な方法では対応がしきれなくなってきた。そのため、「カプセル」にパスポートを入れ、その情報を各国の航空管制がGPSの位置情報と一緒に受け取る形で出入国を管理する時代となった。
その後、国境という概念が意味をなさなくなるにつれて、移動の制限はどんどん自由化される方向となり、今では全人類が地球上で行けない場所はなくなっている。
重力の影響を受けないで移動ができるため、世に出た当初は時速1000㎞程度だったものが、どんどん加速されていき、高高度を移動する大陸間ポッドになると、現在の最高時速は5000㎞/hにもなる。これに乗ると僅か4時間で地球を1周できてしまう。
本当はもっと高速で移動させることもできるのだが、そこまでいくと別の技術を使って移動した方が良いので、制御のしやすさも考慮してこれぐらいのスピードに抑えられている。地域内を移動するポッドになると、500~1000km/hぐらいが一般的だ。
移動は文字通り自由になったが、一時的なブームで世界中の人が世界中を旅する時期があったものの、今となっては移動しまくろうという人は多くはない。仮想空間技術の進展で、現地に行かなくてもほぼ同じものが家にいて体験できるようになってしまったというのもあるし、3Dホログラムによって世界の反対側にいてもリアルタイムで通信できるようになったというのもある。
更には、必要なものは全部持ってきてもらえるようになったという面もある。今でも、一部の人々は森の手入れの過程で出た木材を使った木の家に住んでいるが、その家すらも完成したものが巨大な「カプセル」で運ばれてくる。なんなら家ごと世界中好きなところへ移動ができる時代だ。
なので、大体行ける所には皆行きつくして、飽きてしまったのだ。今の若い人達の興味は、既に恒星間航行に移っていていっている。高高度用のポッドの一部には、成層圏を出て衛星軌道上にあるスペースコロニーと行き来ができるものもあり、一時期は日帰り宇宙旅行ともてはやされた。
今では、既に他の惑星系に数多くのスペースコロニーが造られていて、そこに住む人も多い。そして、そこから先を目指そうということで、惑星間航行から、恒星間航行へとシフトしていっているタイミングなのだ。
そんなこんなで、いつの間にか地球上に住む人口よりも太陽系内のスペースコロニーに住む人の方が多くなってしまった。今では、地球上に100億人、太陽系内の他の惑星系に120億人が住んでいる。
そんな中、太陽系外の恒星系に移住した地球人が、今年になって2億人を突破した。
つづく
想像できるものは、既に存在している