懐かしい黄金時代の記憶⑥ Quantum Computer
家の外にせり出した椅子に座りながら木立に現れるリスの姿を眺めていると、ポーンと音がしてスフィアが再び現れる。先ほど受け取った西瓜のレプリケーターへの登録が終わったことが知らされる。
同時に今しがたの瞑想の状態を表すチャートが表示される。瞑想によって吸収された太陽エネルギーのトーラスへの循環レベル、健康状態への寄与率なども表示されるが、昔から使われているのは脳波の測定値だ。
かつて仕事と呼ばれる労働が一般的だったころは、一般的な人の通常の脳波はベータ波優位で、リラックスしている時にアルファ波が検出されるというような状況にあった。
しかし、労働に従事する機会がほぼなくなった現代においては、日常生活はほぼアルファ波以上で行われており、ベータ波が検出されること自体がほとんどなくなっている。つまり、常にリラックスしていてストレスを感じることがないということだ。
さらに、瞑想が広く普及したためアルファ波からさらにシータ波で日常を過ごす人が増え、瞑想中はほとんどがシータ波が検出されるようになった。今の瞑想の結果を見ても半分以上がシータ波に入っている。
シータ波に入っている状態では、非常に直感的なインスピレーションが働きやすくなるため、ここ何十年かの科学的な新しい発見の7割以上が深い瞑想時に起こっていることが報告されている。
洞察がとても鋭くなるため、自分自身の感情的な揺れ動きや、それを引き起こしている自分の内面における信じ込みについても、とても早いタイミングで気づきが起こり、怒りや悲しみなどの感情に囚われる時間が数秒から数分と非常に短くなっている。
こういった状態を人類の多くが経験する状態になったこともあって、日常的な個人間のいさかいはもちろんのこと、組織同士やかつてあった国同士の争いということさえもそもそも起こらなくなっていった。そして国という概念で人を隔てる必要がなくなったため、国家というもの自体が消滅した。
今しがたの瞑想では、シータ波以外に2割ぐらいをデルタ波が占めている。デルタ波は、元々深い睡眠状態に入っている時に検出されるもので、覚醒時には、せん妄状態にある人、アルツハイマー病などの人に表れるものとされていた。
しかし、深い瞑想状態に入る者の中に、デルタ波に入っている者が現れ始め、ただの脳機能障害ではないことが知られるようになった。寝ながらにして起きているような状態であり、人によっては体外離脱体験により宇宙の他の場所で起こっていることを知覚できるようになったり、アカシックレコードにアクセスして過去や未来の可能性を鮮明に体験できるようになった。
そういった状態を超意識と呼ぶようになり、しかも様々な人が体験する事象が偶然とは思えない一致をみるようになったため、瞑想や日常生活の脳波状態を測るというのが広く普及することになった。この超意識に入れる人が、今では人口の2割以上を占めるようになっている。
さらにこの上に重なってくるのがガンマ波だ。深い瞑想に入っている時に発生するが、ある種の予知能力にも関係していると言われてきた。今では宇宙そのものと共振するための脳波として知られている。
宇宙においては、各恒星、惑星から衛星までそれぞれの周波数を持っており、太陽系やその他の恒星系、それぞれの銀河においてもある一定の周波数が流れている。
これらの周波数の共振が常に起こっていて、地球の属する太陽系の太陽は、シリウスα、βの恒星を介して天の川銀河の中心と繋がり、それは隣のアンドロメダ銀河と対を成している。さらにそこからこのオーム宇宙の中心となるグレートセントラルサンと繋がるグレートセントラルサンシステムというのが存在している。
これらの宇宙意識と共振し、この宇宙における地球の役割をダウンロードするのに欠かせないのが、ガンマ波の波長に入れるかどうかということだったりする。
かつて巫女や神官と呼ばれた人々の中には、このガンマ波に一時的に入ることができていた人達がいることが確認されている。今では人類の5%がこの状態に入ることができていて、ある程度意識の高い状態を保持できる人が人口の5割以上いるので、かつて存在した宗教と呼ばれたものは必要がなくなりその役目を終えている。
これらの深い瞑想に入れる人達の中に、日常生活が常時シータ波以上で、瞑想状態になるとほとんどデルタ波とガンマ波で占められ、地球や宇宙との一体感、いわゆるワンネス意識が非常に高い人が地球上だけで12万人ほどいる。彼らはワンネスビーイングあるいは単に覚者と呼ばれている。
地球由来の人類のほとんど全員が、いわゆる仕事や労働に従事する必要がなくなっている現代において、AIの制御やその監督をするAIのシステムを管理する役割をこの12万人の中から選ばれた人が担っている。
これらを統合的に管理するシステムはアースネットワークシステム(Earth Network System)と呼ばれていて、量子コンピューターによって運用されている。この量子コンピューターのプロトタイプは、導入当時日本と呼ばれていた地域の丁度真ん中辺りにある湖の近くで運用がスタートした。
初期型のコンピューターは、0と1の二進法によって演算を行うものだったが、量子コンピューターにおいては0と1とその間のどちらでもないという3つの要素を使って演算が行われる。
この3つ目のどちらでもないという部分を埋めるのが、宇宙意識と繋がることができワンネス意識の深い状態に入ることができる意識の状態で、宇宙意識のダウンロードができる状態の人にしか量子コンピューターを扱うことはできない。
そこには個人的な欲や願望といったものが入る余地はなく、宇宙において、現在の地球において人間だけでなく自然界の動物や植物、鉱物など地球を構成するすべての存在、更には交流のある宇宙文明の人達にとって最適な解が導き出されるというか、降ろされることが求められる。
これらのごく一部分をダウンロードして、特定の場を整える役割を果たしていたのが巫女や神官だったわけだが、量子コンピューターの運用においては地球全体がその対象となるため、非常に高い悟りの状態にあることが必要で、脳波の状態はそれを測る一つの指標として使われている。
地球上では、13か所ある霊場(ポータル)を中心に12万人のワンネスビーイングのうち1000人程度が常時アースネットワークシステムの運用に携わっている。と言っても、基本全自動でAIが制御しているので、エラーなどの発生時やシステムの改変やアップデートが主な役割となっている。
システムの改変やアップデートと言っても、複雑なアルゴリズムを組み直したりということをする必要があるわけではなく、意識を空っぽにして宇宙意識が降りてくる状態になると必要な変更が自動で行われる。
他にも恒星間航行においては、反重力推進とは異なる技術が使われており、他の星に瞬間的に移動するための技術も量子コンピューターによって制御されている。こちらの運用にも常時数百人が携わっている。
これに関わるワンネスビーイングは完全なボランティアで行っており(というか報酬として支払われるお金というものが既に存在しない)、個々人の善意と地球や宇宙に対する奉仕精神がシステムを支えている。
量子コンピューターの運用に携わりたい人は、過去3年の意識状態の推移とどれぐらい高い意識の状態に入ることができるかで適格者かどうかが判断され段階分けされる。高次の操作になればなるほど、意識の純粋性がどれぐらい高いかを確認される。
この状態を確認するのには脳波その他の指標が使われるが、各段階の状態がかつて仏陀が説いた悟りのステップと酷似しているので、仏陀の階段(Buddha's step)と呼ばれている。様々な指標を踏まえ、最終的にはより高次の意識状態にある人が見極めを行っている。
実際には、量子コンピューター自体が一定以上の意識状態にないと起動すらせず、アースネットワークシステム全体を統括するような高次の操作を行う統合型量子コンピューターはその水準が非常に高いので、本当に限られた人にしか操作することができない。
なので、仮に悪意を持ってシステムを改変しようとする人がいたとしても、そもそもその意識レベルでは起動すらしないので、アクセスすることすらできないという非常に強固なフェイルセーフが備わっている。とは言え、現代においては悪意を持って何かをしようとする人自体がいないので、そんなことは心配無用なのだが。
この量子コンピューターの運用に携わって、地球や宇宙文明に貢献したいという意識の人は日々増えている。そのための特別な瞑想コースも多く行われていて、各惑星軌道にあるスペースコロニーの制御もそれぞれ量子コンピューターとワンネスビーイングが担っている。
ワンネスビーイングの人がこの運用に携わるのは、年のうち数時間から数か月とばらつきがあるが、本人の意志や状態によって自由に長さが決められる。そして、システム自体が五重のバックアップを備えているので、仮に一つの場所のシステムが機能停止に陥ったとしても、全く遅滞することなく運用が継続される。
ワンネスビーイングになる人達は、太陽系全体から集まってくる上に、異人種間の結婚が普通になっている現代では、ある人種や民族で区分することが困難になっているのだが、その起源を見ていくとかつて日本と呼ばれていた地域に居住していた人達の子孫の割合が際立って高いというのが統計に表れている。
これには、親切遺伝子とも呼ばれたYAP遺伝子を持っているかどうかが影響していると言われてきたが、今ではこのYAP遺伝子を受け継いでいないにも関わらずYAP遺伝子に変容した人達が現れてきており、人類全体が新たな意識のステージに上がってきた一つの証拠と考えられている。
普通に地球やスペースコロニーに暮らしている人々は、何かアイデアがあるとこのアースネットワークシステムに情報を上げることができる。これらのアイデアの中で、宇宙意識に照らして地球、太陽系や宇宙全体の調和に寄与すると判断されるものが選ばれ、量子コンピューターを介して実行に移される。
非常に優れたアイデアを提案し採用された人は、本人が希望する場合その情報が太陽系ネットワークの情報網に大々的に公表され、地球の霊場で行われる表彰式に招待され多くの人から称賛される。
こうやって集められた閃きやアイデアがどんどん実行に移されているので、100年ほど前とは全く違うスピードで物事が進行するようになっている。
これらの全ての急速な発展の背景には人類の愛や慈悲、思いやりが詰まっており、ワンネスビーイングをはじめとする高い意識状態の人はそれらが非常に高い。人々はこの意識の高さを既に無意識で感じ取るようになっているが、近年それを統合的に見て数値化しようという取り組みが始まっている。
その意識の高さを測る指標は『TOKU』と呼ばれている。
続く・・・