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タワマンの前の布団店

2024年12月下旬、仕事おさめまでのカウントダウンをはじめた頃にインフルエンザに罹患した。
38度台が2日ほど続き、なかなかに苦しい闘病だった。
頭痛と関節痛に苛まれながら、楽しいことを考えようと脳みそが選んだ思考が、タワーマンション前の布団店について考えることだった。

そのお店は中心市街地の大通りの先にある。
大きな商店街の道向かいのエリアで、昔からの喫茶店やラーメン屋、古美術店が入ったビル群があり、その一角に布団店がある。
茶色いレンガ積みの外観の三階建て。二階の窓にも積み上げられた布団が見えるから、雑居ではなく丸ごと布団店のビルなのだろう。
ありふれたガラス引き戸には布団リフォームのポスター。店内は土間で、左右の棚には座布団や寝具が僅かに並んでいる。スツールに腰掛けた白髪の店主が新聞を広げているのを見たことがある。
建物としては私のツボにそこまでヒットしなかったので、Googleマップに「推し物件」として保存しなかったけれど、「今どき、布団を打ち直すような家庭ってあるのかあいえ」「あのタワマンの顧客はいなさそうだなぁ」と余計な世話を思ったり、昔は綿入りの重い布団を愛用していたけど最近は格安雑貨量販店の軽い寝具に良さを感じている実体験から、布団業界の景気について思いを巡らせて通り過ぎたのを覚えていた。

この布団店にまつわる記憶はもう一つ。
夜の街歩きであちこち写真を撮った中に、布団店の裏からタワーマンションを見上げるように撮影した一枚があった。
布団店のビルの裏に二階建ての古びた建物があり、そこに明かりが灯っていた。布団店の店主の居所かな? 作業場かな?
一階にはオレンジ色の光、二階は白い光。その光が、タワーマンションの共用部に整然と並ぶ照明や大通りを照らす街灯よりも美しく写り込んでいた。
市街地にタワーマンションがたくさん建っていることを表現したくてシャッターを切ったのだけど、私はその布団店の灯りを撮影できて良かったと思ったのだ。

一つひとつの灯りに物語がある

ビルと家屋の間には一本の木が生えていた。
Googleマップの過去写真で確認すると、10年ほど前までは隣に不動産会社の二階建てビルが建っていた。その土地が後にコインパーキングになったことで、布団店の西側壁面が顕になった。
それまでは太陽光がまったく当たらなかったのではないかと思われる。
西側が開けてから、その樹木はぐんぐんと育っていった。出現した頃は家屋の屋根よりも低かったのに、最新画像を見ると屋根よりも大きく育っていた。
そこに樹があることを、私は知っていた。けれど何の樹かまでは気にしておらず、それを確認する術はもうない。


インフルエンザから回復し、穏やかで充実した年末年始休みを堪能していると、同県の街歩き愛好家がその布団店が現存セズになったという情報をSNSで発信されていた。
市の再開発計画が進む一角ではある。でも、布団店のあるブロックも対象だったっけ。
なにせインフルで魘されながら思いを馳せたばかりである。気になったので2025年の街歩き初めで確認してきた。

見事に更地になっていた。
布団店のビルも、裏にあった家屋も、間に生えていた樹木も、何も残っていなかった。
少し目を話すと推しが更地になる界隈ではあるけれども、高熱に魘されながら思い出していた空間が無くなってしまったと言うのはなんとも……。
なにか縁があったわけでもない。私が一方的に見かけて、私の脳みそにほんの僅かな記憶として残っていた布団店。
こんな感慨を持って更地を眺めている人間がいることを、布団店の店主が知ることはない。永遠に交差しない縁だ。
それでもこの一方的な感慨を記しておこうと思う。都市鑑賞って、きっとそういうことなんじゃないかな。

覚えておこう


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