映画「PERFECT DAYS」と私の岡山PERFECT DAY
年度末で心と自由時間が死ぬ前に遊んでおこうと思い、木曜日に有休をねじ込んで、気になっていた映画「PERFECT DAYS」を観に行くことにした。
古い建物が好きで、建物鑑賞を目的に街歩きをすることがある。
屋上の物干し、軒先の園芸、錆びた面格子や階段。そんな景観を見ながら、自分の人生と交わることのないであろう人の暮らしを想像してみるのが好き。
主人公・平山は、私が好きな建物の内側に住んでいる人だと感じた。
だからずっとこの映画を観たかったのだけど、腰が重い私はぐずぐずと機会を逃し続けていた。
木曜の有休。
街歩きをしていて今一番お気に入りの水色タイルの外壁の空き家……の横の洋食屋でサンドイッチをテイクアウトして、石山公園のベンチで岡山城を眺めながら昼食をとった。快晴ではなかったけどそれほど寒くもなく、大人のピクニックを楽しむことが出来た。
岡山が誇るミニシアター、シネマ・クレールでの鑑賞。久々に利用したけれど、平日の昼間なのにその辺のシネコンよりもよほど盛況だった。常連らしい年配のお客さんが多く、鑑賞環境はノンストレスだった。さすが映画好きが集うシアター。よくぞコロナ禍を乗り越えて存続してくれたと思う。
驚くほどセリフが少ない、静かな映画だった。
あらすじやレビューはたくさん書かれているので、自分の気になったことだけを記していく。
アパートの鍵
鍵を閉めないのは盗まれるものがないからかな、姪が泊まった時は姪の荷物のためにかけたのかなと思っていたら、どこかの解説でプッシュ式の鍵だと書いてあったので納得。
育てている植物へ向ける感情
古いアパートの一室を植物に明け渡し、育成用の照明まで灯している平山にとって、あの若木達はどんな存在なんだろう。
葉水をやる時の表情や、新芽を見つけていつも携帯しているであろう採取用の新聞紙で折った袋に取り分ける仕草が鬼気迫る表情だったように記憶している。
ちょっと上を向いて微笑んだり、人に対してささやかながらも柔和な笑みを見せる人物だから不思議だった。
今は、平山は木漏れ日を生む樹になりたいんじゃないかと思っている。あの植物たちは、平山の墓標なんじゃないか。あの新芽たちがにょきにょきと育って大樹となって、木漏れ日をつくるのを夢見ているのではないか。
植物を愛でると言うよりは、自分の墓石を磨く顔と言われた方がしっくりくる。
オサレトイレ
東京のトイレのプロジェクトに関連してつくられた映画なんだって、後で知った。
劇中のトイレは綺麗すぎてリアリティがないなんて感想も見たけど、あまりにリアルに汚いと映画鑑賞のテンションが下がる可能性もあるので、あれくらいで良かったと思っている。
鏡の周りに丸太の輪切りを散りばめたデザインのトイレが出てきたけど、あの丸太の間にゴミをはさみ込まれている感じがとてもリアルだと感じた。
トイレを使って当たり前に汚れる便器の描写よりも、あのオシャレなデザインの隙間にねじ込まれたゴミの方が、人間の汚さやしょうもなさを表現できているように思えた。あの場面はとても「あー」って感じだった。
平山はたぶん、信頼できる人
仕事に真摯に取り組んでいるところ、子どもに優しいところ、神社の境内でペコリと頭を下げるところ。後輩の恋愛が上手くいっている様子に「やればできるじゃん」的なことを言ってあげれるところ。口下手だけど語尾が円やかなところ。見知らぬトイレ利用者と紙面でオセロゲームをしちゃうユーモア。整理された押し入れから感じる几帳面さ。モテればニヤける様。
平山はたぶん、良い人だ。だから姪のニコも幼い頃に会ったきりの伯父さんを頼ってみようと思えたのだろう。
平山の後輩のタカシも、うっかり信頼しちゃうかもしれないキャラクターだ。いい加減で、ダルそうで、人の物を勝手に換金しようとするし、仕事をブッチする。でも10段階で自分の心や相手との距離を測って伝えようとして、それはきっと物事を円滑に運びたいからで、突如として現れて自分の耳に執着する幼馴染を邪険にすることはない。
タカシが狙っているアヤもまた、信頼できそう。
タカシがこっそりアヤのバッグに忍ばせた平山のカセットテープをちゃんと返しに来る。古めかしいカセット音源を笑い飛ばさず、耳を傾けてみる。好きかもと自問してみる。そして悪いヤツじゃないタカシを好きになれない自分に自己嫌悪しちゃったりするタイプじゃないかな。
平山の妹のケイコも、ニコには厳しい印象の声をかけていたけれど、疎遠になった兄がかつて好きだったお菓子を覚えている人だ。兄との世界がもう二度と交わらないことを悲しみながら、自分の世界で生きる人だ。
平山が目を合わせる人。
宮司、酒場の主人や客、銭湯の主人、写真屋の主人、古本屋の主人。
ママの店では言葉を交わす。
やがて、よく見かけるホームレスに目礼をするようになる。
交わるまでもいかない、すれ違う人との間に、うっすらとした信頼が生まれる。日々を重ねることでそこに微笑みが乗る
人と人は、そうやって邂逅する。
人を信頼すること、敬うこと。無口で人付き合いが得意ではないだろう平山が築いてきた人間関係が心地よく映った。
変わること・変わらないこと
私は変化が苦手だ。変わらないことに安心する。
たぶん、平山も変わることが苦手なタイプじゃなかろうか。
そんな彼が終盤に他人のために「変わらないなんて馬鹿なことはないですよ」と言う。
そうなんだよなー、変わらないなんてことはないんよ。
人は出会うし別れるし、いつかカメラのフィルムは製造されなくなるかもしれないし、子どもは大きくなるし、親は老いる。
わかってる。諦めてるの。
でも変わりたくなくて、同じ時間に起きて同じ缶コーヒー飲むの。
そうやって、心地よさを保ってるんだ。
好きな映画だった。
私の好きな古い建物の、内側の人の、物語。
もちろん理想化されてる。映画だしね。でも観たかった日常だった。
よかった~としみじみしながらミニシアターを出ると14時だった。
すぐ近くの岡山禁酒会館が目に入る。古い建物が好きと言いながら、まだ訪れたことのなかった場所だったので、思い切って足を運ぶ。
編み物をしていた高齢の女性は店主のお母様のご様子。
客は私一人。一番奥の席で、岡山城の一部である櫓を見上げながらコーヒーを飲んだ。店内にBGMはないけれど、時々路面電車の独特の走行音が聞こえてきた。映画の余韻を味わう。自分に酔うための時間。
サンドイッチを食べた石山公園のベンチに携帯用座布団を忘れていたので回収に行くとまだちゃんと残っていた。
丸善で友達の子どもに贈る本を購入し、自宅のある山奥へと愛車を走らせる。
まだ明るい空を見上げながらニヤニヤしてた。
なんだか今日って岡山PERFECT DAYじゃね?
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