ほんのちょっとの時間でも
妊娠中に買っていた妊婦向け雑誌に『コーヒーを飲む時間を持とう』というようなCMが載っていた。妊婦にはデカフェ。妊娠、育児と忙しい中でもせめてコーヒー1杯分、夫婦で時間を持とうというのがコンセプトで、まだ夢見る妊婦だったわたしはその光景に憧れを感じた。
それくらい、第一子妊娠中は時間がゆったり流れていたということだ。
ところが子供が生まれてきたらそれどころではない! 産後、わたしが思ったのは「昨日まで妊婦でお腹を大きくして大変な思いをしていたのに産んだ瞬間からお母さん業するわけ?」だった。
『お母さん』になるというのはものすごく大変で、泣く→オムツ→授乳→オムツ→寝る→泣く、みたいなエンドレスの世界を24時間関係なく続けなくてはならない。まさにサーキットトレーニングだ。できることなら赤ちゃんの寝ている時間は少しでも寝たい、特に産褥期、コーヒーを飲む暇がどこにあるのか?
答えは「ない」。
まれにおとなしい赤ちゃんもいるけれど、それはそれでやたらに泣かないからこそ放っておけない。赤ちゃんは突然死もする。目が離せない。
夫婦の時間? そんな甘いものはどこに消えていったんだろう。水彩色鉛筆で丁寧に描きあげた絵は、端の方から少しずつ消しゴムで色を失っていく。毎日が同じ色で塗りつぶされていく。そうこうしているうちに夫婦は『パパ』と『ママ』になるんだ。
そんなわたしたちが子育てを始めて早二十年足らず、翌日に予定のない週末は少しのアルコールを摂ることにしている。
わたしは若い頃、お酒が大好きだったのだけども歳と共に飲めなくなってきて、今では飲む時でも350ミリ。正直、そんなに飲みたくない日がほとんどになった。若い頃、飲みすぎたせいかもしれない。
それでも飲む。特に夫と熱心に喋ったりしない。おつまみを食べながら、お互い別々のアプリをしたりしながら、缶1、2本分の時間を過ごす。
たったそれだけなんだけど。子供も成長した今、夜中に発熱して救急に車で送らなければいけないこともなくなって。ふたりでゆっくりした時間を過ごす。飲み終われば即解散。
それでもひとつのしあわせの形だと、わたしは思っている。