日大に進学したかった話
日大には芸術学部があって、文章の勉強をできる学科があります。そこは敬愛する吉本ばななさんの母校で、当時まだ高校生だったわたしは日大に進学したいと強く思いました。
好きな作家の出身校といえば、東大や早稲田……。東大はもちろん敷居が高すぎますし(まぁ、現役は無理だよね)、早稲田は早稲田向けの勉強を、特に英語はやっておかないといけない。ちなみに早稲田、落ちました(笑)。
実はわたし、こんなことしてますけどバリバリ理系なんです。なんで理系かというと、高校で理系進学クラスに入ってしまったし、親がなぜか理系進学しか認めてくれなかったので。仕方なく妥協できる線で、進められるまま大学を決めました。
しかし、当時から文芸に興味があったわたしは日大の願書を用意してあったんです……。理系だったので文系の勉強はセンター向けのものしかしてなかったのだけど、日大はなんと、小論のみだったんですね!
わたし、学校で褒められるくらいには小論が得意で(ここではぐだぐだなことばかり書いていますが)、小論のみなら一発合格行けるかもしれない!
でも、理系、それも国公立しか進学が許されなかったので私立文系の日大芸術学部は遥か遠くにありました。何度も願書を見ては言い出せない……。願書がうちにあることさえ言い出せない。勇気を持って受けて合格すれば道は拓けたかもしれないのに、言うに言えない……。本当に、願書とにらめっこでした。ベッドの下に隠して。
人生にいくつかの大きな分岐点があるとしたら、そのひとつは確かにそこだったと思います。そこを出たら小説家になれたから、とかではなくて、勇気を持って自分の主張をできたか、できなかったかが大きな分かれ目だったと思うのです。
そうして、それができなかったわたしは今でもベッドの下に隠した願書のことが忘れられずに……。早稲田や理科大は落ちたけれど、親はそれでわたしが悔しい思いをしたと思っているかもしれませんが、実はそこではなかったんですね。
春、子供が芸術系の学校に進学します。「どうしても美大に行きたい」と言った時、「何かをやりたいって自信を持ってはっきり言えたことがすごいんだよ」と言いました。だってわたしは言えなかったから。
春から子供は美大に行きます。
わたしは。
多分、変わらずせっせと書き続けてるでしょう。日大に行けなかった分、自分の進学先で経験したいろんなことが文章の肥やしになっていると信じたいです。人生に無駄なことなどひとつもないと、信じたいです。心の中の出さなかった願書のことも忘れずに。
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