「瞬けばアルファユニバース」「ブレス〜Another〜」楽曲解説
お久しぶりです、mustie=DCです
合成音声の進化ってヤバいですよね。
これまでも「リアルな歌唱」というのは合成音声界隈で目指されてきた空気はあったのですが、2020年代に入ってからAIを用いた技術が各所に取り入れられ、
(sunoやudioといったグレーなものではなく、ソフトウェアとしてクリーンに開発されているもの)
ポップスのみならず、遂には最も音の美麗さが求められるオーケストラと並んで歌えるまでになってしまいました。
しかし、AIによる歌唱が普及し始めたからこそ、ボカロPは自分の調声の理屈を人に説明できるようにしておくべき時代になったなと思うこともよくあります。
ツールの使い方ではなく「歌唱」そのものをしっかり研究し、根拠を持って調声をすることが、説得力のある歌作りに繋がってくるのかなと思います。
(歌唱のみならずAIの時代は割となんでもそう)
なのでこういう記事は本来いっぱい書くべきなのですが、多忙すぎてお久しぶりになってしまいました。
ということで2024/9/15に京都の精華町で行われたオーケストラコンサート「歌は時空を超えてⅡ」に書き下ろさせて頂いた楽曲
「瞬けばアルファユニバース」と「ブレス〜Another〜」についての解説です。
本編をまだご覧になっていない方は下記リンクからアーカイブが10/15まで視聴出来ますので急いでご視聴ください。
(別途視聴チケットが必要です)
瞬けばアルファユニバース
ジャンルどうしよう問題
正直どんな曲を作ればいいのかかなり迷いました。
オーケストラに合わせるならしっとり歌い上げる曲がまず思い浮かび、
私はSynthVでセリフを喋らせるのが得意なのでミュージカルチックにしても良さそう……とも思いましたが、
それでどうやってレ・ミゼラブルと並べばええねんという問題が浮上しこの案は無くなりました。
↑Dharma先生によるカバー。昨年の第一回で披露された楽曲でもある。
(これは曲提出後に判明した情報ではあるのですが)加えてたかぴぃ先生とだいすけp先生が普通にレ・ミゼラブルに並ぶ素晴らしい曲を作られてきたので、
それらとも印象が被らないものにする必要があったわけですね。
↑ ↑↑ ええ曲すぎて怖い。
次の案としてジャズという線がありました。
私は中塚武さんや上原ひろみさんがめっちゃ好きなのですが、
↑東京オリンピック開会式で使用された曲
↑東京オリンピック開会式に出ていたりBLUE GIANTの音楽を作っていたりする方
この手の曲をやってみたいという理由が(後述しますが)あったので、実は作り始めるギリギリまでこの路線でいこうと思っていました。
……が、編成を調べた所サックスとドラムセットが無い。
ジャズをジャズたらしめる二大楽器(?)が存在せず、あくまでクラシックの編成でやらなければいけない。
ということでこちらも没になりました。
↑余談ですがStyleKYOTO管弦楽団さんとjizue orchestraさんのコラボの曲がとてもかっこいい
そうしてじゃあ何作ろうと悩んでリファレンスを探しているうちに、私は"あるジャンル"があった事に気付きました。
アートコアだ
↑こんな感じの曲。かっこいい。
ドラムセット無ェっつってんだろォ!!!!!!!!というツッコミはあれど、ジャズよりはなくてもなんとかなりそう。
そしてオーケストラを聴かない人にも原曲を聴いてもらえる可能性がある。
また意味合い的にも、早くてテクニカルなオーケストラの演奏に機械音声のセイカさんの歌唱が合わされば、
「人(オーケストラ)」と「テクノロジー(セイカさん)」の調和がテーマとして表せて面白いのでは?という狙いもありました。
(最初にジャズをやろうとしていたのもこのためでした)
という訳でこの路線でチャレンジしてみることに。
上記のWikipediaではドラムンベースの系譜のジャンルとありますが、クラシックでドラムン独特のリズムを再現するのは難しそうなので、
四つ打ちキックをベースにしつつ、変拍子をふんだんに取り入れることでテクニカルさを演出する作戦でいきました。
また感傷的な路線も外したため最終的に全くアートコアではなくなりました。
……しかし、ここで大誤算が。
なんと当日ペンライトが配布されました。
曰くリズムに合わせて振ってセイカさんとのコンサートを楽しんでね、とのこと。
無理や。
プロの指揮者が振って初めて成立するレベルの変拍子がお客さんのリズム感を襲う。
第一部まではあんなにもやさしさに包まれていたというのに。
オーケストラの皆さんも半ギレで演奏していたかもしれない。大変申し訳ないことをしてしまった。
※演奏と編曲は心から素晴らしかったです、関係者の皆様ありがとうございました。
これまで作戦だの何だの言っていましたが、
冷静になるとこれは大前提として"京町セイカのコンサート"。
難しい持論なんかは一切いらない、セイカさんの曲で盛り上がることができればオールオッケーな場だったのです。
ということで、私は「もしかしていろんな人をスベらせてしまったのでは……?」という強烈な不安に襲われることになります。
(実際には「良かったよ」というお声も頂いているのでありがたい限りですが)
幸いにもこの楽曲の直後に「このガキィ……プロの仕事ってのは"こう"やるんだよォ……」と言わんばかりに(※言ってません)たかぴぃ先生が素晴らしい楽曲で空気を正常にして下さったのですが、
そんな事もあってコンサート終了後「たかぴぃ先生に合わせる顔がない…」と思いながら(これも自意識過剰)静かに場から消えたら、
なんか集合写真を撮られ損ねてしまいました。
ちなみに仲間はずれにされた訳ではなく、前日ちゃんと集合写真の話があったのに当時の自分は情緒不安定すぎて完全に吹き飛んでいました。
来年……来年また呼んでください……(?)
調声について
さすがにちょっとプロとしてどうなんだという内容になってしまったので、制作面の話をしっかりしておきましょう。
この段での「京町セイカ」はキャラクターではなく音声ライブラリの事を指します。あらかじめご承知おきをば。
京町セイカですが、なんかオペラの声が出せます。
↑京町セイカがオペラを歌えることにおそらく最初に気付いたDharma先生のオペラカバー。ちなみになぜ出せるのかは誰も分かってないらしい。
……ので、楽曲を作るにあたってこれは是非やるしかねぇという事で、
上の「夜の女王のアリア」に着想を得てオペラっぽい部分を入れました。
またSynthVは(というより近年の歌唱ソフトは大体出来ることですが)、
歌の母音と子音、用語で言えば「音素」というものが自由に変更できるようになっています。
SynthVの対応言語は日本語、英語、中国語の3つなのですが、
この音素を無理矢理いじって全然違う言語を歌わせることも出来ます。
ちなみに上のDharma先生の「夜の女王のアリア」はドイツ語です。巻き舌もいけちゃうぜ。
アルファユニバースで言えば、冒頭の言語はラテン語です。
恥ずかしながらラテン語に明るくなかったので、声楽の解説ページや論文などを参考に入力しました。お勉強たのちい。
ちなみにラテン語で有名な楽曲に「アヴェ・マリア(シューベルト)」があります。
(というかアヴェ・マリアがラテン語です)
音素の話をもう少し掘り下げると、私はその辺をめちゃめちゃいじるタイプで、
普段は「shi」から不要になった「i」を回収する活動をしています。
どういう事かというと、まずはこちらの楽曲をお聴き下さい。
いい曲ですね。
この楽曲は冒頭で3回「たしかに」と連呼するのですが、
そのいずれの「し(shi)」も「sh」だけで「i」がメロディとして発音されていない事にお気付きでしょうか。
これはアンジェラ・アキさん特有のものではなく、誰が歌っても自然とこのような発音になります。
試しにしっかりiを入れて「たしかに(ta shi ka ni)」と歌ってみると、かなり「固さ」を感じる歌い方になると思います。
なので(すべての、は過言でしたが)速いメロディの「し」は「sh」のみで発音させた方が大抵の場合綺麗な歌い方になります。
同じ理由でか行の音(僕→bo k、飽きない→a k na i)、た行の音(集まる→a ts ma ru、立川→ta ch ka wa)も母音を省ける場合があります。
ブレス〜Another〜
「音源を公開してほしい」というお声をありがたいことによく頂くのですが、
納期が短くデモ音源レベルのクオリティのやつしかないので今後いいタイミングで公開したいと思います。
(なぜ納期が短かったのかは後述)
昨年のVVV Music Liveに書き下ろさせて頂いた楽曲「ブレス」を新たにデュエットアレンジした楽曲です。
こっちを正式なMVにしてほしい(?)
Another誕生の経緯
実は元々「ブレス」を原曲そのままカバーする予定でAHSさんから打診を頂きました。
数ある楽曲の中からブレスを選んで頂いた事はとても嬉しく、また原曲はバンドサウンドの裏でオーケストラ(弦が無いので正確には吹奏楽)的なものを入れているので、
なるほど確かにオケコンには合うかも……という感じでした。
しかしお話を頂いた際に浮かびあがった懸念が一つ。
「原曲がVVVにすごいハマってしまった」という点です。
元々がライブイベント向けに制作させて頂いたものでございますし、
実際にライブをご覧になった方からは、パフォーマンスもあいまって、
「まさに弦巻マキならではの楽曲」といった評価をして頂いている現状があります(めちゃくちゃありがたい)。
私自身もあのステージを見て「私の曲にこんな凄い演出つけて頂いちゃっていいの……?(?)」と思いましたし、
その体験は多分二回出来るものではないと思っています。
しかし今回はオーケストラコンサート、加えて弦巻マキ一人ではないデュエットカバー。
何もかも前提条件が違うので、それ専用の工夫が必要になってきます。
つまるところそのままではどうあがいてもVVVのステージを超えられない。
これでは弦巻マキファンは納得しないでしょうし、VVVと比較される宮舞モカもかわいそうですし、
何かあればAHSさんにも申し訳が立たない。
ということで「デュエット用に構成と歌詞を一部変えさせてください」と勝手ながら申し出まして許可を頂き、
大急ぎで考えたのがこの「ブレス〜Another〜」になります。
「弦巻マキと宮舞モカという存在がお互いの人生に現れた」事を軸に、元の歌詞を残している箇所にも新たな解釈が出来るようにと思いながら作らせて頂きました。
にしてもこのポーズは一体。
(このコンサート、全体的にモーションのクオリティが高くてすごい)
ちなみにセリフ部分を残すかどうかはわりと最後まで迷い、演劇みたいなセリフ合戦にする案もありました。
↑原語版は11年前の映画
とはいえせっかくオーケストラに合わせるのでしっかりメロディをつける方向での掛け合いの方が良いかな……と思い今の形になったのですが、
結果的には大体うまくいったんじゃないかなぁ、という感じです。
宮舞モカというライブラリについて
本番ではこの楽曲の一つ前に、宮舞モカのソロで「夢やぶれて」(調声:Dharma先生)が披露されました。
↑スーザン・ボイルで有名な曲
これを聴いて皆さん「Voicepeakと全然ちゃうやんけ」と感じたかと思います。私も思いました。
↑Voicepeakではこんな感じ
これがSynthVでは意外にもパワー系なんですよね。ハスキーで力強い歌唱が特徴のライブラリです。
ただこの歌い方は声優を務められている峯田茉優さんの歌い方を継承しているような印象もあります。
↑かっこいい
なので、ブレスにおいてもその魅力を出したいと思ったため、当初ラスサビなどを(後述の方法で)フルパワーで歌って頂いてたのですが、
いざオケアレンジを頂くと歌はもうちょっとミュージカル的なアプローチの方がいいなと思い、パワー感を細かく調節していくことになります。
SynthVには「声の強さ」を調節する方法が(ピッチや音素の編集などの小技を除き)大きく分けて2通りあります。
一つは「テンション」というパラメータを使う方法。
ざっくり言うと声の張りを調節するパラメータで、値を上げれば張り詰めた声に、下げれば弱くかすれた声になります。
上手く使えばとても強力なパラメーターなのですが、私はこれを扱うのがめちゃくちゃ下手で、
張る分には良いのですが、抜くとどうしてもわざとらしくなってしまう。
「カスカスの声で歌わせたいんだな」という事だけ伝わって、それが全く上手く行っていない恥ずかしい調声になりがち……ということでこれは必要以上に使わない方向に。
もう一つは「ボーカルスタイル」を使う方法。
これはそもそもの「声色」を決めるものであり、例えば「Soft」というパラメーターを強めると柔らかい声色に、
「Cute」であればアニメチックな声色に、「Powerful」というパラメーターを強めると力強い声色になったりします。
(使うキャラによって名前が異なります)
余談ですがフリモメンのボーカルスタイルの名前はこうです。
この2つの方法の違いですが、テンションが後処理的な変化(EQやブレスをいじってる感覚に近い)なのに対し、
ボーカルスタイルは元の歌声自体が変化するという点です。
実際の人間の歌唱に近いことが出来るのは後者ですが、用意されたスタイル以上の事をしようと思うと前者を調整した方がいい場合もあり、
どちらが優れているという事はなく、割と使い分けによります。
このような手間を加えて何が良くなるかというと、単純に歌が上手く聞こえるということもありますが、
一番重要なのは「歌詞に感情が乗せられる」こと。
「初めての一言が震えるのは」はちょっぴり不安げに歌って欲しいですし、
「平穏を捨てて 強く」は決意を強めた感じで歌って欲しい。
歌詞の意味合いを咀嚼し、それに適した感情を歌に乗せることで、キャラに命が吹き込まれたような歌になりますし、
音楽的にも狙ってたミュージカル風味が出てとてもいい感じになります。
ミュージカルといえばもう一つ。
調声にあたって「まぁポップスとミュージカルの歌い方って全然違うよな」ということはなんとなく分かっていたので、
とりあえず今一度ミュージカル楽曲を色々聴いてみる事にしました。
↑ウィキッド、いつか観に行きたい。
この動画で気付いたのですが、なんとなく母音、特にあいうえおをはっきり発音する傾向があるように感じました。
調べてみるとあながち間違いではないらしく、上記楽曲を歌っている劇団四季では、
発声トレーニングの一つとして「母音法」というものを取り入れているようです。
なるほど確かに、とても大事な工夫ですね。
ボカロ曲はほとんどの場合、イヤホンやスピーカーで聴くものかと思います。
では特に母音の発音を意識しなくてもいいのかというとそんな事はなく、実はちょくちょく調声が必要になる場面が存在します。
わかりやすい例が「人を追い(hi to o o i)」「夜が明ける(yo ga a ke ru)」など同じ母音が連続する場合です。
上記をそのまま出力すると「ひとーーい」や「よがーける」といった発音になるのですが、
ここに「hi to wo sil(短い空白) o yi」「yo ga ha ke ru」など母音を補助する子音や空白を入れることで、より歌詞がはっきり聞こえる場合があります。
今回の楽曲においてもこのような調声を入れ、より明瞭な歌唱になるようにしています。
歌詞
最後に両曲の歌詞を掲載して終わりたいと思います。
ここまでお読み頂きありがとうございました。