月面環境学(その1)
はじめに
少し前のことですが、報道されているようにNASAのアルテミス計画に日本も参加することが決まりました。筆者はこれまでの約15年間にわたって月の環境(特に月面の電磁気環境)を研究してきており、地上観測や月周回軌道での探査によって得られた月環境の知見を一度よく整理したうえで今後の展望を見渡す必要性を感じていました。そして少し堅苦しい言い方になってしまうのですが、新たな学際的学術分野として「月面環境学」の創成を提案したいと考えています。とにかく、月の環境について既知のことと不明なことを自分なりに整理しながら述べてみます。記事は数回に分ける予定ですので、少しの間だけお付き合いいただければ幸いです。
地球のこと
月について考える前に、私たちの住む地球について復習しておきましょう。地球の「環境」といえば、何を思い浮かべるでしょうか。
自然環境、都市環境(→転じて学習環境、練習環境なども)
大気、山、川、海(→大気汚染、水質汚濁)
天気
多様な野生生物
産業・都市生活
プラズマ、宇宙線、放射性同位体
私の仕事場の環境は抜群です
さて、地球には固有磁場があり、この磁場が支配的な領域のことを磁気圏と呼びます。宇宙からやってくる高エネルギーの荷電粒子は磁気圏によって阻まれ、地表まで到達することはまずありません。また、濃密な大気があることも重要です。地球の大気は海洋と切り離すことができない存在であり、磁気圏とともに高エネルギー粒子から生物を護る役割も果たしています。
(さらに学ぶために:「もういちど読む数研の高校地学」数研出版)
月の環境とは
ところが、月は地球のような固有磁場を持っておらず、濃密な大気も持ちません。そのため、月面はいつも周囲の宇宙環境にさらされています。月の環境はこの点において地球環境(特に地上の環境)とは本質的に異なるものと言えます。(この段落で宇宙環境という新しい単語が出てきました!)
月面の環境を決定する要因としては次のようなものが挙げられます。
周囲の太陽風・磁気圏プラズマ
外圏(希薄中性大気)
表面帯電
磁気異常
高エネルギー粒子
ダスト(中性および帯電ダスト)
微小隕石
これらに加えて、その場の固有の表面組成、地形、緯度・緯度、および日照・日陰も表面の温度や帯電を通じて月面環境に大きな影響を与えるものと思われます。このような月の「環境」に関することは地上や月周回軌道での観測、および計算機実験によって米国のアポロ計画やソ連のルナ計画の時代から調べられてきました。近年では2007年に打ち上げた日本の月周回衛星Kaguya (SELENE)が果たした役割が大きいということは声を大にして宣伝させてください。とはいえ、特に筆者の関わっている月のプラズマ・電磁気環境などはいまいち不明な点が多いことも事実です。(Kaguyaによる観測・研究は、将来の月探査で調べるべきことを明らかにしたという意味でも非常に大きな科学的意義があったと言えます。)今後のさらなる観測などが必要とされる分野であると言えます。
理工連携から理工医連携へ
近い将来におこなわれる月面探査はその場の資源の有無・およびそれらの利用可否を調べることが目的です。しかし、NASAの声明をよく読むと理学研究も大事にされていることがわかります。平たく言えばいわゆる「理工連携」というわけですが、今後はヒトが月面に行くということから放射線環境・ダスト環境を評価するにあたって医学も加えた「理工医連携」が欠かせないものとなるでしょう。
今回のまとめ
月の環境はちょっと変わったものだということが雰囲気だけでも理解していただけたら筆者としてはたいへん嬉しく思います。次回から月の環境について少し具体的に見ていきましょう。