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PERFECT DAYS
珍しく映画の感想を。
どうしても感想を残しておきたいと思うくらい、いい映画だったから。
ヴィム・ヴェンダース監督・役所広司主演「PERFECT DAYS」です。
2023年、日独合作のドラマ映画だそうで結構話題になったらしいけど、私は知らなかった。
昨日、友人のポストで初めて知って早速夜観てみました。
本当~~~~~に良かった!
お得意のダラダラ書きを避けるため、いくつかのポイントに分けて書きます。
ストーリー
(ネタバレNGの方は飛ばしてください。)
とても地味なお話で、トイレの清掃員をしている主人公の日常が淡々と描かれる。
しかも、主人公は毎日規則正しくきちんとルーティンをこなすタイプなので、一見同じような一日が繰り返される。
それって、私たちの生活では当たり前のことだけど、映画にするとあまりにも単調になり過ぎて何度も繰り返さないのが普通だと思う。
でもこの映画は、同じような日々の営みを淡々と映していくのですね。
それなのになぜか全然飽きないんです。
違うのはほんのちょっと。
たとえば出勤の時に車でかけるカセットテープの音楽が毎日違うとか、話す相手がいたりいなかったりとか、それくらいのことなんだけど。
でもなぜ惹き込まれるのか?
一つには、役所さんの表情の演技がそれは素晴らしいからだと思います。
毎朝、仕事に出かけるときに玄関のドアを開け、まだ暗い空を見上げる。
その時になんとも幸せそうに、静かに微笑むのです。
今日もいつも通り朝を迎えられたことへの喜びとか、仕事に行けることへの感謝とか、そんな気持ちなのではないかな。
彼はとても真面目に丁寧に日々を生きている。
仕事は手を抜かず黙々とこなす。
1日の終わりには銭湯でサッパリし、駅の近くの雑然とした大衆的な飲み屋で1人夕食をとる。
家に帰れば布団の中で好きな本を読みながら眠りにつく。
朝は通りを掃く後で目覚め、歯を磨き、大切にしている植物(沢山の小さな植木鉢)に霧吹きで水をやり、着替えて出かける。
週末はコインランドリーで洗濯をし、写真を現像に出し新しいフィルムを買い、夜は少しだけ贅沢をして素敵な女将さんのいる小料理屋で飲む。
その繰り返し。
もちろんそんな日常の中にも予期せぬ出来事が起きたりして、淡々と生きている彼の心も小さな起伏が出来たり消えたり。
物語の最後には、感情がかなり大きく揺れることもあるのだけど、その場面はやはり見どころでした。
音楽
車の中で流すカセットテープの音楽がどれもこれも良い!
60〜70年台のロックやブルースやジャズっぽい曲も。
「朝日のあたる家」から始まって、この映画のタイトルでもある「PERFECT DAYS」という歌もある。
ほとんど知らない曲ばっかりだったけど、映画の雰囲気をかなり方向づけていると思う。
なんというか、好みがツーなのですよ。
音楽の趣味からも、この主人公が只者じゃない感じが漂ってくる。
本
彼の「只者じゃない感」は、古本屋で彼が選ぶ本でも分かる。
ウィリアムフォークナー『 野生の棕櫚 』、幸田文『木』、パトリシア・ハイスミス『11の物語』。
……はい、全部知らなかった(笑)
でも、古本屋の店主が売るときにいちいちひとこと言うんですよ。
『11の物語』だったら「パトリシア・ハイスミスは不安を描く天才だと思うわ。恐怖と不安が別のものだって彼女から教わったわ」とか。
寝室にしている殺風景な和室には、カセットと本がズラリだし、この人かなりのインテリじゃないかと想像させるんです。
実際、彼はとても上品なふるまいをする。
たまに言葉を発するけど、誰に対しても丁寧で優しい。
彼の纏う空気が紳士的なんです。
なのに(と言っては語弊があるかもしれないけど)なぜ彼はこんなボロアパートに住んで、トイレの清掃を生業にしているんだ?と疑問が湧いてくるのです。
それを種明かしされるのでは、と思ってついつい観てしまいます。
映像
とにかく美しい!
特に木々や木漏れ日の描写、光と影の描写が印象的で、これ本当に外国人の監督作?と思うくらい繊細です。
時々モノクロで葉影の揺れる様子が映し出されるのだけど、モノクロって素敵。
古い日本の映画のような……と思ったら、ヴェンダース監督は小津安二郎監督の大ファンのようで。
主人公も写真が趣味で、自分の撮った作品を几帳面に分類して保管している。
気に入らないのは容赦なく破る。
その写真もモノクロなんですが、いつも同じ場所で背の高い木を同じアングルで撮る。しかもファインダーを覗かずに。
それでも出来上がりは一枚ずつ違うんでしょうね。
風やその日の温度や、もしかしたら彼の心持ちに影響されているのかもしれない。
気に入ったものだけを手元に残してあとはあっさりと捨てる。
このあたり、彼の日常とオーバーラップさせているように思います。
テーマ
何気なく撮った写真にも出来不出来があるように、日々の生活にも小さいけれど起伏がある。
偶然のラッキー、ちょっとした喜び、思いがけない損失、とばっちり、小さなハプニング……など。
同じように過ごしていても、必ず何かしら違うし、心は日々揺れたり踊ったり沈んだりします。
そういうささやかな日常を、変化も含めて主人公は柔らかく受け入れながら生きている。
他者からの評価とか社会的なポジションとかを彼は気にしていないし、関わる人が全くタイプの違う人だったとしても、合わせようとしたりしない。
自分の幸せとそれらは関係ないと分かっているようです。
生活においては、最小限の自分の好きな物だけをまわりに置いて、贅沢をせずつましく生きている。
見ていて清々しくて、羨ましくさえ思えてきます。
観ている私たちは、そんな彼を見て必ず「幸せとは?」と自問するでしょう。
生きていく意味も問い直すかもしれません。
見どころ
小さな変化だけの日々ですが、そんな彼にも時には少し大きめのショックなことが起こります。
やはりこの映画のクライマックスはそこだと思います。
具体的なことは書きませんが、私もその場面ではすごく揺さぶられました。
特に、もう一人後半に出てくる登場人物との絡み、最高でした。
気づけば声を出さずに静かに泣いていました。
頭が痛くなるくらい泣きながら、この登場人物の身に起こったことをも、どこか受け容れようとしているのです、主人公も観ている自分も。
ラストは役所広司がまた魅せます。
わりと長尺の主人公のアップですが、なんとも言えない表情をしているのです。人間の心の機微を科白なしでたっぷり見せてくれました。
この映画、いくつかの疑問は疑問のまま残っています。
トイレの壁に「〇×ゲーム」の紙が挟まれていて、主人公は毎日ひとつずつ升目を埋めるのだけど、その相手も最後まで明かされません。
そもそも、主人公はなぜこんな生活をしているのか。
おそらく元々は所謂良い家庭で育ったのではないかと思うけれど、自分で選んで今の生活をしているのかどうなのか、結局分からずじまい。
親や妹との関係も分からない。
ただ分かるのは、主人公は「今」の時間とその中に生きる自分を大切にしているし、充足している。
同じように見えて必ず小さく変化している毎日の全てを愛している。
そんな生き方に心を打たれ、いかに自分が多くの物事に振り回されがんじがらめで不自由に生きているのかを感じたからこそ、こんなに感動したのだと思います。
この映画にこの歳で出会えて良かった!
沢山の人にお勧めしたい映画です。