【10クラ】第23回 音と色_音楽と五感
10分間のインターネット・ラジオ・クラシック【10クラ】
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第23回 音と色、音楽と五感
2021年11月12日配信
収録曲
♫アレクサンドル・スクリャービン:ふたつの左手のための小品 作品9より 第2曲《ノクターン》
オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」
演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)
プログラムノート
色はもちろんのこと、香りや味を音色から感じ取りたいと常々思っている。
聴覚という唯一の情報から発せられる世界の広がりは、極めて自由な空間を飛躍することができ、極めてデリケートなひとりだけの空間に守られることもできる。
私は色彩のタッチにしても、触感のニュアンスにしても、なにか少しでも違和感があると大きく気になる。
たとえば商品であったら、どんなにわずかなわだかまりでも、なにか感じたら購入しない。
逆にビビビと来たら一瞬で魅力に囚われてしまう。このふたつの間に、傍から見たら大差ない程度の違いしかなくても、だ。
陰影を繊細に描いたものが好きだ。
風情ある言葉を巧みに連ねた文章も好きだ。
心を静めなくては気がつかないような楚々としたものが好きだ。
わずかな心の機微も手に取るように逃さず表現したものは、限りなく優しく、限りなく独りで、限りなく心地良い。
五感を駆使した音楽劇を創ろうと意気込んだ作曲家がいた。
その作曲家は、音を弾けば光や色が現れてくるピアノも作りたがった。
この人のことを、頭のおかしい人と捉えるか、先駆的なアーティストと捉えるかは人それぞれの感覚に任せたい。
アレクサンドル・スクリャービン。
ロシアを代表する音楽家のひとりで、その音楽や発想はフランス近現代やウィーン、ドイツの作曲家にまで影響を与えた。
ドビュッシーの淡さと危うげな妖艶さはスクリャービンと共通する。
メシアンの色彩、光彩と黒々とした悪魔的表現も、面白い比較であると思う。
ウィーンのアルバン・ベルクなどの和声感にも通ずるものがあるだろう。
どこか不健康、不健全な美しさが人を魅了する。
スクリャービンの初期の作品といえばショパンの流れが濃厚ではあるが、ふたりはそれぞれ「特有の不健康な美」を持っている。
私は一時期、スクリャービンの音の重なりを弾くと精神的に来るような感覚を持っていた。
それほどまでに強烈に放つものがあった、ということでもある。
意識的に弾かない、聴かない、をした珍しい作曲家だ。
しばらくして距離感が図れるようになったのか、いまはさほど「危険視」してはいないが、感受性の強めの人であれば「気をつけたほうが良い作曲家」上位に名前を連ねるのではないだろうか。
今回の演奏曲目は幅広い支持層を持つため、安心して聴けるスクリャービンである。
大人びた非常に美しいノクターンは、じんわりと心を溶かしてくれるような「音の波」に満たされている。
2021年11月12日配信
収録曲
♫アレクサンドル・スクリャービン:ふたつの左手のための小品 作品9より 第2曲《ノクターン》
オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」
演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)
プログラムノート
色はもちろんのこと、香りや味を音色から感じ取りたいと常々思っている。
聴覚という唯一の情報から発せられる世界の広がりは、極めて自由な空間を飛躍することができ、極めてデリケートなひとりだけの空間に守られることもできる。
私は色彩のタッチにしても、触感のニュアンスにしても、なにか少しでも違和感があると大きく気になる。
たとえば商品であったら、どんなにわずかなわだかまりでも、なにか感じたら購入しない。
逆にビビビと来たら一瞬で魅力に囚われてしまう。このふたつの間に、傍から見たら大差ない程度の違いしかなくても、だ。
陰影を繊細に描いたものが好きだ。
風情ある言葉を巧みに連ねた文章も好きだ。
心を静めなくては気がつかないような楚々としたものが好きだ。
わずかな心の機微も手に取るように逃さず表現したものは、限りなく優しく、限りなく独りで、限りなく心地良い。
五感を駆使した音楽劇を創ろうと意気込んだ作曲家がいた。
その作曲家は、音を弾けば光や色が現れてくるピアノも作りたがった。
この人のことを、頭のおかしい人と捉えるか、先駆的なアーティストと捉えるかは人それぞれの感覚に任せたい。
アレクサンドル・スクリャービン。
ロシアを代表する音楽家のひとりで、その音楽や発想はフランス近現代やウィーン、ドイツの作曲家にまで影響を与えた。
ドビュッシーの淡さと危うげな妖艶さはスクリャービンと共通する。
メシアンの色彩、光彩と黒々とした悪魔的表現も、面白い比較であると思う。
ウィーンのアルバン・ベルクなどの和声感にも通ずるものがあるだろう。
どこか不健康、不健全な美しさが人を魅了する。
スクリャービンの初期の作品といえばショパンの流れが濃厚ではあるが、ふたりはそれぞれ「特有の不健康な美」を持っている。
私は一時期、スクリャービンの音の重なりを弾くと精神的に来るような感覚を持っていた。
それほどまでに強烈に放つものがあった、ということでもある。
意識的に弾かない、聴かない、をした珍しい作曲家だ。
しばらくして距離感が図れるようになったのか、いまはさほど「危険視」してはいないが、感受性の強めの人であれば「気をつけたほうが良い作曲家」上位に名前を連ねるのではないだろうか。
今回の演奏曲目は幅広い支持層を持つため、安心して聴けるスクリャービンである。
大人びた非常に美しいノクターンは、じんわりと心を溶かしてくれるような「音の波」に満たされている。
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クラシック音楽を届け、伝え続けていくことが夢です。これまで頂いたものは人道支援寄付金(ADRA、UNICEF、日本赤十字社)に充てさせて頂きました。今後とも宜しくお願いします。
深貝理紗子
https://risakofukagai-official.jimdofree.com/