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10クラ 第55回 森の奥の鳥
10分間のインターネット・ラジオ・クラシック【10クラ】
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第55回 森の奥の鳥
2023年4月14日配信
収録曲
♫ロベルト・シューマン:予言の鳥(『森の情景』より第7曲)
♫モーリス・ラヴェル:悲しき鳥たち(『鏡』より第2曲)
オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」
演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)
プログラムノート
いつかは一緒に合わせて弾きたいと思っていた詩情溢れる2作品をついにピックアップしてみた。太古から日本でも森は「神」の宿るところとされていた。ヨーロッパでは尚のこと「目に見えないもの」の住処であり、深い精神の宿るところとされていた「森の奥」を表すような神秘性と、鳥の歌声を描いた作品である。これらは世俗の諸々に疲れた孤独な人間をどこかで表現するとともに、不思議な吸引力をもって作品のなかに「ひとり」を投影する。
シューマンといえばなんといっても文筆家で、彼の作品は影響を与え得た文学作品なしには追求しえない世界観がある。それは時には長大なホフマン作品であり、時には恋を叫ぶハイネであり、詩人自らを謳い嘆くシュレーゲルでありアイヒェンドルフである。『予言の鳥』は迷子になりそうな浮遊感を生み出す和声と装飾で鳥の声を表現しているが、その真骨頂は中間部に浮かび上がる甘美な歌である。それはおそらく彼が生涯意識し続けた(そして超えることのできない巨大さに葛藤した)ベートーヴェンの歌曲にも通じ、まるで彼岸を渡ろうとするシューベルトの交響曲にも通じるような濃厚さをわずか4小節に見事に封じ込めている。
ラヴェルは森に響く繊細な鳥の音響に、都会の波にもまれ喧噪のなかで孤独に陥る人々を、なんとも優しく綴ってくれた。身震いするほど澄み渡った音響に彼の天才性と敏感さを垣間見る。人は孤独であることに「独りよがりに酔う」ことから離れなくてはいけない。それぞれが孤独であることを、慮っていられるくらいの知性をなくしてはいけない。自らの意識下で現実的な世間から一時的に離れ「酔う」ことができれば、それは詩人である。詩人になれなくとも、その優れた言葉の多くを心に蓄えてさえいたら、人はほんの少し、人の痛みに気付くことができる。もれなく自己中心的である人間が「優しさ」なるものに近づくことができる時、言葉が生まれ、音楽が生まれる。文化は本来、生命の営みの延長線上にあることを今一度思い出したい現代社会である。
2023年4月14日配信
収録曲
♫ロベルト・シューマン:予言の鳥(『森の情景』より第7曲)
♫モーリス・ラヴェル:悲しき鳥たち(『鏡』より第2曲)
オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」
演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)
プログラムノート
いつかは一緒に合わせて弾きたいと思っていた詩情溢れる2作品をついにピックアップしてみた。太古から日本でも森は「神」の宿るところとされていた。ヨーロッパでは尚のこと「目に見えないもの」の住処であり、深い精神の宿るところとされていた「森の奥」を表すような神秘性と、鳥の歌声を描いた作品である。これらは世俗の諸々に疲れた孤独な人間をどこかで表現するとともに、不思議な吸引力をもって作品のなかに「ひとり」を投影する。
シューマンといえばなんといっても文筆家で、彼の作品は影響を与え得た文学作品なしには追求しえない世界観がある。それは時には長大なホフマン作品であり、時には恋を叫ぶハイネであり、詩人自らを謳い嘆くシュレーゲルでありアイヒェンドルフである。『予言の鳥』は迷子になりそうな浮遊感を生み出す和声と装飾で鳥の声を表現しているが、その真骨頂は中間部に浮かび上がる甘美な歌である。それはおそらく彼が生涯意識し続けた(そして超えることのできない巨大さに葛藤した)ベートーヴェンの歌曲にも通じ、まるで彼岸を渡ろうとするシューベルトの交響曲にも通じるような濃厚さをわずか4小節に見事に封じ込めている。
ラヴェルは森に響く繊細な鳥の音響に、都会の波にもまれ喧噪のなかで孤独に陥る人々を、なんとも優しく綴ってくれた。身震いするほど澄み渡った音響に彼の天才性と敏感さを垣間見る。人は孤独であることに「独りよがりに酔う」ことから離れなくてはいけない。それぞれが孤独であることを、慮っていられるくらいの知性をなくしてはいけない。自らの意識下で現実的な世間から一時的に離れ「酔う」ことができれば、それは詩人である。詩人になれなくとも、その優れた言葉の多くを心に蓄えてさえいたら、人はほんの少し、人の痛みに気付くことができる。もれなく自己中心的である人間が「優しさ」なるものに近づくことができる時、言葉が生まれ、音楽が生まれる。文化は本来、生命の営みの延長線上にあることを今一度思い出したい現代社会である。
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