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10クラ 第50回 旅路の憩い

10分間のインターネット・ラジオ・クラシック【10クラ】
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第50回 旅路の憩い

2023年1月27日配信

収録曲
♫エドヴァルド・グリーグ:故郷にて(『抒情小曲集』第3集 作品43より 第3曲)
♫ロベルト・シューマン:宿(『森の情景』作品82より 第6曲)

オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」

演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)


プログラムノート

 ほっと一息ゆっくりできる場所-おそらく詩を愛する者は、幻想の世界に自在に逃避できる。その「創作の森」に入りさえすれば、傷つくこともなく、傷つけることもなく、痛みに寄り添う創作物があり、そこで癒されたらまた、ひとまわり大きな強さ-ほんの少しの強さ-をもって現実世界に戻ってくる。もしそれを嗤う人がいるのなら、たぶん痛みさえも感じないくらい粗雑に生きているのだろう。
 苦悩多き人生の旅路を静かに顧みるような装いさえ見受けられる『森の情景』は、不完全な人間に対する慈しみ。自分の無力さも、後悔も、すべてを慈しむように選び抜かれた音の一粒一粒には限りない深みがある。よくシューマン自身の作品にも掲げている詩人シュレーゲルとも交流を持つ、アイヒェンドルフ男爵の詩が下地にある小品集である。9つの繊細かつ内省的な美に溢れた作品は、なにか時代をも超越した重みを感じる。『気味の悪い場所』や『予言の鳥』の持つ不思議な魔力はなんだろう。なにか木や森に宿る存在の気配さえ醸し出している。終曲の『別れ』の美しさは涙なしには向き合えない。今回取り上げるのは、そのなかで温かな「憩い」を示すかのように灯る『宿』-彼のリートの世界を彷彿とさせる歩みに心が温まる。
 ロベルト・シューマンー彼はたしかに情熱の人だった。そしてたしかに、感じやすく敏感だった。苦しいまでの情緒の不安定さは、長年培った一種のコンプレックスが原因か。自身の情けない部分を思い出してしまうくらい輝く才能を妻にしてしまったのだから、彼は最期まである種非常に人間臭かった。彼の描く「幻想」には、まぎれもなく逃避がある。
 一方で穏やかな幸福を全うしたようなグリーグは、シューマンの幻想性-ときに「おとぎ話」のような-に大きな感銘を受けていた。彼は生涯愛妻家として知られ、小さなぬいぐるみと共に日々を過ごした。『抒情小曲集』のみでも10集も書かれていて、全てが愛らしく親しみやすい。今回の第3集は43歳の頃の作品で、ピアノの名手でもあった彼の演奏旅行中に書かれたと言われている。『故郷にて』-日本語にもしっくりきそうなたおやかなメロディは本当に優しい。故郷ノルウェーを愛し、自然と、その海を愛した音楽家の、豊かな歌に心を寄せたい。

クラシック音楽を届け、伝え続けていくことが夢です。これまで頂いたものは人道支援寄付金(ADRA、UNICEF、日本赤十字社)に充てさせて頂きました。今後とも宜しくお願いします。 深貝理紗子 https://risakofukagai-official.jimdofree.com/