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【10クラ】第36回 暗号は待ち望む全ての心に

10分間のインターネット・ラジオ・クラシック【10クラ】
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第36回 暗号は待ち望む全ての心に

2022年6月24日配信

収録曲
♫ロベルト・シューマン:『若い人のためのアルバム』作品68より
 ・コラール
 ・小さな曲
 ・楽しき農夫
 ・収穫人の歌
 ・田舎風の歌
 ・*(暗号か?…無題:ベートーヴェン『フィデリオ』の「あなたがより良い世界で報われますように」冒頭の"愛の旋律"に基づく小品)
 ・思い出

オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」

演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)


プログラムノート

謎解きの喜びはクラシック音楽の愉しみのひとつであり、それは豊かな潤いを持って心を満たしてくれる。
シューマンが多用した音型にはC-La-La(ド-ラ-ラ)=恋人のちに妻のクララを表したものがある。なかでも混沌とした展開ののちに現れるC(ド)への到達は言葉にし難い感動を与えてくれる。

色とりどりの夢のなかで
ひとつのかすかな音が聴こえてくる
密かに耳を澄まし待ち望む者たちに

これはシューマンの美しき大曲『幻想曲』の冒頭に掲げられた詩人シュレーゲルの一節である。今日はここから始まる儚くも永く流れ続ける「物語」を綴ってみたい。

『幻想曲』はC-Dur(ハ長調)の曲だが、第1楽章の最後まで主和音が現れない。その間に登場するのは主和音を「待ち望む」属和音、C-La-La(クララ)への叫び、嘆きの歌、そして根底にあるベートーヴェンの歌曲『遥かなる恋人に寄す』と、オペラ『フィデリオ』の「あなたがより良い世界で報われますように」の冒頭旋律からの引用である。クララの父ヴィ-ク 氏からの、結婚の猛反対と加速する名誉棄損に苛まれ、クララとも会うことの許されなかった厳しい時期の作品はこんなにも愛に溢れ、苦しみ抜き、ベートーヴェンという偉大な芸術家の基に希望を忘れず、聖書にあるように「待ち望み」、最後の主和音「クララ」という「ひとつのかすかな音」を追い求めている。

この下敷きから、今回取り上げる無題の作品を見ると、これまた主和音が現れるのは最後の1小節である。60分ほどの小品集の真ん中あたりに位置する「無題」は、暗号のようにクララへの想いと子供たちへの愛に満ちている。

シューマンは『若い人のためのアルバム』を描いた時期、既に精神的不調が深刻な域に達していた。その最期は壮絶だったという。この作品は、そのようなシューマンが書き残したかった呟きなのではないだろうか。現存する自筆譜は、何度も何度も書き直され、一音一音を選び抜いていることが窺える。この曲集のシンプルさは、シンプルであるほどに深く、美しくあるほどに哀しい。

ベートーヴェンの『フィデリオ』は政治犯としての囚われの身という極めて困難な状況下で、「愛」が勝利する物語である。シューマンはベートーヴェンを前に希望を持ち、ベートーヴェンの偉大さを前に苦しみを得続けた。

シューマン作品に近付くとき、シューマンの愛読書もまた読むべきと思う。こういった文章や世界観が、この人のファンタジーを形成したと思うと、ますますその森の奥深くへ入りたくなる。
この人の心の葛藤は、等身大の人間を感じさせるほどに情緒不安定で、泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり、絶望したり祈ってみたりする。ひとつ言えることは、いついかなる時も、愛を捨てなかったことである。それゆえに心を病み、これだけ人間味溢れる作品の数々を残してくれたのだとしたらー
ただひたむきに残された音に対峙するほかないように思う。

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musiquartierーピアニスト深貝理紗子のミュジカルティエ
クラシック音楽を届け、伝え続けていくことが夢です。これまで頂いたものは人道支援寄付金(ADRA、UNICEF、日本赤十字社)に充てさせて頂きました。今後とも宜しくお願いします。 深貝理紗子 https://risakofukagai-official.jimdofree.com/