【ドラゴンのエッセイ】ハロウィン
今日はハロウィンである。このイベントの正式名称はハロウィンなのかハロウィーンなのか? 一緒に過ごせる友人もいなければ仮装を見られる機会もない俺としては、他のイベントと同じく「若者やカップルが騒ぐためのイベント」というイメージが拭えない。こういう時、自分はいわゆる陰キャなんだと実感する。
しかし数あるイベントの中でもハロウィンは、ちょっとだけ肯定できるようになった。そのきっかけは親友のNさんである。もしかしたら昨年も書いているエピソードかもしれないが、淡い青春の思い出にお付き合いください。
俺とNさんがまだ施設の利用者とスタッフだった頃の話だ。
当時の施設長はとにかく「利用者を毎日施設に来させる」ということに重きを置いていた。平日だけではなく、土日も遊びを提供するから来い、というわけだ。
俺はというと、絶対に週末は行きたくなかった。仕事がある平日に気合を入れているわけだから、リフレッシュしたいのだ。土曜は推しのDVDを見てストレス発散し、日曜は本当に何もせず体力の回復を図る。これがいつものルーティーンだった。土曜にDVDというのは、働かなくなった今でもそうだ。いきなり働くことになっても推しをルーティーンに組み込めるように。
ところが施設長は俺に土日も来てほしがった。下世話極まりない話だが、身体障がい者が施設に来ると国だか県だかから出る補助金が多くなるらしい。土日に来させるとさらにアップだ。「施設の経営も苦しいのよ」と泣きつかれたこともある。
しかしそんなことは施設側の都合でしかない。平日はずっと気を張っている訳で、週末くらいゆっくりしたいというのは当然ではないだろうか? というわけで、どんなに魅力的なイベントが週末に企画されても俺は一度も行かなかった。
そんな俺の心が一度だけ揺らいだのがハロウィンの仮装イベントであった。
その施設のハロウィンイベントは、利用者もスタッフも仮装する。その当時のスタッフにはNさんがいて、彼女のコスチュームはめちゃくちゃ本格的だという噂は俺も聞いていた。
当時から俺がNさんに好意を持っていることはみんなにバレていた。そうなるとタダでは済ませてくれないのが施設長である。
「ドラちゃん、Nさんも仮装するよ。めちゃくちゃ可愛いと思うよ! 来てみない?」とこんなふうに言うのである。ちなみに施設長は俺の名前をちゃん付けで呼ぶ。
Nさんとしても「ドラゴンくんに私の仮装を見てほしいな」とは言っていた。俺としても見てみたいと思った。めちゃくちゃ可愛いという確信があったから。
しかしここで、はたと気づくのである。
ここで俺がNさんの仮装姿見たさに「行きます!」と返事してしまったら、彼女はこれからも「ドラゴンを週末も来させる」という名目の元利用されてしまうのではないか、本人の意思に反することもやれと言われてしまうのではないか、と。
この考えに至った直後、俺は断固拒否の姿勢に切り替えた。絶対に、何があっても週末は出ないと宣言する姿はNさんにも見られていた。だから彼女には「あなたの仮装はめちゃくちゃ見たいんだけど……」とちゃんと説明した。というわけで俺は施設のハロウィンイベントには参加しなかったのである。
この話には後日談が2種類ある。いい話と悪い話だ。まずは悪い話から。
このハロウィンの翌夏だったと思うが、週末にみんなで海に行って泳いだり遊んだりしようという企画が持ち上がった。もちろん俺に行く気はないのだが、例の施設長がこんなふうに言ってきた。
「ドラちゃんも一緒に来ればNさんの水着姿が見られるよ?」
吐き気がした。俺とNさんとの純情(自分で言うのも恥ずかしいが)をここまで利用するのか、とショックを受けた。こればかりは本人に「海に行ったら水着姿になるの?」と問うわけにもいかなかったから真相は定かではない。しかし本人が承諾したわけはないだろうと俺は考えている。
もしも「ドラゴンくんがいるなら水着姿になってもいいですよ」と答えるような人なら、俺はNさんと仲良くなっていないだろう。
最後は、いい話。
あのハロウィンイベントの数日後、俺は普通に出勤した。するとみんながこぞって「ハロウィンのNさんはめちゃくちゃ可愛かった」と言うのである。そうなれば俺だって興味がないわけじゃない。
けれどもこっちから「仮装の写真を見せてくれ」と言うのも何か違う気がしていた。俺の恋心なんて彼女にとっては迷惑でしかないだろうと思っていたからだ。
しかしNさんは自ら写真を見せてくれた。その時の仮装はアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」に登場する、ペンペンというペンギンのキャラクターだった。あの時の可愛さは今でも忘れられない。ハロウィンで仮装するという行為を少しだけ肯定できるようになった瞬間であった。
というわけで、ハッピーハロウィン🎃👻