【ドラゴンのエッセイ】 「なれのはて」を読んで感情のデトックスができた日

 加藤シゲアキくんの最新長編小説「なれのはて」を読了した。本来はもう少し早い段階で読み終わっていたが、この小説に関して加藤くんが応えた雑誌のインタビューもいくつか読んだので記事が今になった。

 まず大前提として、俺は事前情報をほぼ入れずに作品に触れたいタイプだ。「なれのはて」の時もいくつかのテレビ番組でインタビューを聞いただけで、雑誌は読了後に読もうと決めていた。
 結果的にはこれが大正解だった。俺が持っていた本作に対する事前情報といえば「加藤シゲアキ初のミステリー小説」ということくらいだったのだが、蓋を開けてみると単純なミステリーではなかった。物語の舞台は東京、秋田、新潟の3か所が巧妙に絡み合っているし、時代設定も現代の令和から昭和、大正にまで及ぶ。俺は加藤作品を全部読んでいるが、ここまで舞台が広かったことも、扱う時代の幅が大きかったこともない。さらにミステリーを軸にしながらも、戦争という社会問題にまで切り込んでいる。

 正直、加藤くんだったらいつかは戦争問題に切り込むだろうとは思っていた。広島県出身の加藤くんにとって、戦争は(経験者ではなくても)重大な出来事として映っていただろうことは想像に難くない。アイドルでもある加藤くんが戦争について書くことには、もしかしたら非難の声が集まる可能性もあった。それでも彼は真剣に向き合い、書いた。そこにはしっかりとした覚悟が感じられた。少なくとも原稿に向かう瞬間、加藤くんはアイドルではない。作家だ。アイドルとしてではなく、純粋に作家として作品に向き合わなければ、こんなに重厚感のある小説にはならなかっただろう。今までの加藤作品の中では、一番読むのに時間がかかった。構想から完成まで3年を費やしただけの重みは、きちんと文章に現れている。

 もうひとつ、驚いたことがある。自閉症のキャラクターを登場させたことだ。物語の中で、最重要とも言えるキーパーソンである。
 自分の話になってしまい申し訳ないが、俺は小説家を目指す身体障がい者である。学生の頃に、自分と同じ障がいを持つキャラクターを主人公にした作品を一度だけ書いたことがある(タブレットに原稿はあるが5年くらいの間公開していない)。自分が障がい者であるため、リアリティのある作品になるのではないかという安直な発想だった。
 しかしそれ以来、障がい者を主人公にした作品を書くことはやめた。主人公はおろか、脇役キャラクターにも障がい者設定は使わないようにした。難しいと感じたからだった。無責任なことを書いていないか、フィクションの中に自分のエゴが含まれていないかということを考えた時、自信を持ってイエスと言えない気がした。そんな状態で書くべきではないと思った。
 当事者の俺でも、障がい者を小説に登場させるのにこれだけの苦悩がある。健常者で、作家兼アイドルという特に注目されやすい立場の加藤くんの苦悩や苦労は計り知れない。しかもキーパーソンなわけだから、中途半端な描写では許されない。俺も実際、自閉症の方と何度も一緒に働いたり勉強したりした経験があるので分かる。「なれのはて」に書かれている自閉症の方の描写は、自閉症患者についてたくさんの知識や接した経験がないと生まれないものだ。俺などは専門知識があるわけではないので、単に「自閉症の方はこういう特徴があるよね」程度の理解だった部分をしっかり医学的に説明してくれている部分もあって勉強になったくらいだ。
 NEWSとして活動をしながらたくさんの取材をし、最後のページにメッセージを掲載してまで障がい者のことを丁寧に描いてくれたことに感謝したい。

 最後に、印象的だった記述について語って、感想の締めとさせていただく。

 この作品には、「有名な石油会社の社長の息子」というキャラクターが出てくる。俺が感銘を受けたのは、その社長の息子が学校で置かれている境遇について書かれた部分だ。

イジメとは違う。あの日笑ってしまったことで目をつけられたくない、目立ちたくない。そんな理由からだった。
 拒絶されている側の立場が上にある状態は、むしろイジメよりも厄介で、寅一郎は孤立するほかなかった。

加藤シゲアキ著「なれのはて」より

 この状況は、俺が学生時代に経験したものに似ている。
 学生時代、俺のクラスは2人きりだった。知的障がいを持っていない(フォロワーさんの言葉を借りるなら「頭がクリアーで賢い」)人が2人しかいなかったからだ。なので担任の先生も、俺たちのことをまるで神童かのようにもてはやした。他のクラスの人たちには「ドラゴンくんのいうことは絶対に聞くように」と言い聞かせていた。思い込みであってっほしかったが、実際にこの耳で聞いてしまった言葉だから疑いようがなかった。
 そんな状態だから、同級生たちから疎まれないわけがなかった。誰もが「自分の意見なんて通してもらえない」と思っているし、事実そうだった。俺が他のクラスの人の意見を通そうとすると「彼らを調子に乗らせるな」と注意されてしまう。それも学年全員で話し合っているその場で、である。
 俺の学生生活が寅一郎のようになるのにそう時間はかからなかった。幸い俺には境遇の同じクラスメイトがいたが、彼も同じ痛みを味わっているためお互いに相談はできなかった。
 この奇妙な現象と悶々とした気持ち表現する言葉を知らなかった。どう表現していいか分からず、ずっと心に引っかかりを持ったまま生きてきた。期間にすると、約10年くらい。
 しかし今回「なれのはて」に出会えたことで、やっとあの感情に整理をつけることができた。加藤くんの文章が、俺のネガティブな感情を成仏させてくれたと言ってもいい。俺は間違いなくこの作品に救われた。1人でも多くの方に届いてほしい作品だと思うし、微力ながらそのお手伝いができればとこんな長文の感想を書いてしまった次第である。文庫化を待たず、単行本で購入してよかった。いつもより高いお金を払った価値は十分にあった。

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