エッセイ 夢の話④
Nさんがガッツリ体調を崩しているという連絡を受けてから1週間以上が経つ。おそらく寝込んでいるんだろうと思ってこちらからは連絡していないが、ずっと心配している。こうなると次会う時は快気祝いだな(そんなことを書いていたらしばらくぶりに彼女から連絡が。少し元気になりつつあるらしい。本当によかった)。
Nさんに会いたいという想いが溢れ出して始まったこの連載が完結する頃には、2人で笑い合えていることを強く願う。
前回までのあらすじ
俺はある日、連続ドラマのように数日にわたって話が繋がった夢を見たことがある。その夢の内容だけはずっと覚えているのである。
親友のNさんとユニットを組んで、アルバム制作からライブツアーまでやってしまうという、俺の妄想が具現化された夢である。
前回まででアルバムの打ち合わせからレコーディング、特典映像の撮影までが完了し、今回はライブの演出打ち合わせからである。
本編 ライブ演出会議
当初から「アルバムのジャケット写真、特典映像とライブ以外は一切顔出しをしない」という制限を設けてやってきた。その方が商品価値が高まるんじゃないかとNさんが言い出したのである。俺は彼女が恥ずかしがっているだけだということを見抜いていたが、芸能人になりたいわけではなかったし間違った理屈じゃないと思ったので二つ返事で了解したのだ。
そうなるとライブの演出はとても重要になる。アルバムの特典にしたのは対談と演技、それにシンプルな歌唱の映像だけ。ステージ上でどんなふうに化けるか、予想できない形にしたかったからだ。しかしそのおかげで俺たち自身も、ステージパフォーマンスがイメージできずにいた。
打ち合わせ初日。車を降りた瞬間からライブ特典映像用のメイキングカメラが回っている。俺はたくさんのDVDを持って、Nさんはサングラスに帽子にマスクという不審者のような出で立ちで登場した。一方の俺は一切の変装なし。Nさんがプライベートでそんな格好をしてきたことはもちろんない。夢とはいえなぜこんなイメージになったのか(笑)。
演出打ち合わせ初日は、さながら勉強会という雰囲気だった。2人組ユニットの初ライブツアーの会議ということで、俺がたくさんのデュオアイドルのDVDを持っていったからだ。KinKi Kidsにタッキー&翼、テゴマスに現体制になったKing & Princeのライブをいくつかと、SMAPやKis-My-Ft2など、グループから2人だけがユニットを組んだパターンのパフォーマンスもいくつか抜粋してみた。キンプリとテゴマス、タキツバは全く持っていないのに、ジャケ写の記憶だけで夢に登場してきた。俺のオタク的執念に起きてから自分で笑ってしまった。
Nさんはライブというものを体感したことがないらしい。演出は俺に任せると言った。でもせっかくならキンキのDVDは見てほしくて(彼女は長年堂本剛くんのファンである)、すべて彼女にプレゼントした。
夢ならではの超展開
ここで俺は大胆な行動に出る。打ち合わせという名のDVD鑑賞会を終えNさんを返した後、スタッフさんと数時間にわたって本気の議論をしたのだ。セトリはもうあらかた決めてあったからあとは演出だけなのだが、ここが一番時間も労力も使う。午前中から始まって、昼過ぎにはNさんを帰したのにそこからの議論が夜中まで続いた。俺がその日の最後にカメラに向かって言った台詞は今でも覚えている。
「ここ、あんまり長くしないでくださいね」
ツアー会場発表
夢だから、通常と違う順序で進んでいくことも結構ある。
普通ならツアーが決まった時点で、どこでライブするかとその順番は全メンバーとスタッフに共有されるものである(はず)。しかし今回はあえてNさんにだけは秘密にしておこうということになっていた。次のシーンはその発表の時になっている。都合のいい夢でしょう?
詳しい日程はさすがに覚えていないが、訳の分からない会場選びだったことはよく覚えている。
初日 北海道栗総合体育センター
2、3日目 大阪城ホール
4日目 マリンメッセ福岡
5、6日目 さいたまスーパーアリーナ
7、8、9日目 横浜アリーナ
最終日 東京ドーム
とこんな具合である。アイドルやアーティストのファンの方なら分かると思うが、こんなツアーはあり得ない。特にさいたまスーパーアリーナと横浜アリーナが連続しているのは本当にあり得ない。それもそのはず、俺が名前まで記憶しているアリーナクラスの会場を並べただけなのだ。まあ、夢なのでご愛嬌ということで。
ところで、Nさんへのサプライズは2つあった。アリーナツアーのはずなのに東京ドームが入っていることと、そのドームで映像収録があること。つまりはライブ映像もリリースされるということ。今まではそれも内緒だったので、メイキングカメラはツアー中に更新するYouTube用と説明していた。
Nさんは予想通り驚いていたが、俺とユニットを組んでツアーすると聞かされた時点でこうなると予想していたようである。東京ドームについて話した時も「茨城はツアーに入らないんだね」と若干的外れなことを言っていた。
「地元入れてどうすんのよ。若干旅行的な要素も入れたくてアリーナツアー企画したのに」
「え、これって旅行だったの?」
「いや、さすがに旅行がメインじゃないけど、俺の夢に快く付き合ってくれたお礼の意味もあるんだよ。俺と一緒に、いろんな土地を楽しんでくれない?」
「マジで? プライベート旅行もできんの?」
「おそらくホテルまでカメラは回るけど、旅行には違いなくね? もちろんホテルの部屋は別々だし」
「当たり前じゃん!」
こんな会話をして笑い合ったシーンは写真のようにはっきりと記憶している。
リハーサル開始
会場発表サプライズを決行したのはライブリハーサルの初日だった。リハーサルといっても初日にやるのは振り入れだ。俺も車いすではあるがダンスをしたいという願望があって、ダンスの先生に上半身だけでもカッコよく見える振りを考案してもらった。結果的にこれが、ダンスを覚えるのがちょっとだけ苦手なNさんを助けることにもなる。
ダンスよりも苦労したのがMCである。通常運転のまったりトークをするのか、ガッツリ決めて曲振りのようなMCをするか。アーティスティックなのは俺たちには似合わないということで、雑談しようという結論になる。そこまではいいのだが、ライブのステージ上では俺はめちゃくちゃ緊張してしまうのが目に見えている。うまく喋れるかどうかがとても不安だった。
ダンスやボーカル面の練習についてはダイジェストのように過ぎ去っていたのに、トークだけが不安だというのが俺らしい。いくら夢だといっても見ているのが俺だからきっちり俺の性格が反映されているんだと思う。ちなみに俺はダンスはともかくボーカル面では多少のこだわりを持っている。そのこだわりを持ったままNさんに「ドラゴン君は歌が上手い」と言ってもらえたので余計に癖を是正しようとは思わなくなった。
決起集会
いよいよツアー初日の会場、北海道に移動する前日になった。いわゆる前乗りというやつで、前日に会場入りして軽めのリハーサルと若干の観光(ドキュメンタリー撮影も兼ねている)、当日は本リハーサルと本番というスケジュールだ。
そこで俺が決起集会を提案した。大体の演出が決まった時、スタッフ全員も含めての飲み会は行ったが、2人きりというのはなかった。そしておそらく、2人きりでゆっくり話せるのはこれが最後だと思ったのだ。現実の俺なら全く受け付けないはずの酒を飲み、酔ったのか普段より本音で話すようになっていく。Nさんも俺の様子が違うことを察したのか、質問攻めにしてきた。いつもとは立場が逆だ。
いろんな話をしたのだと思うが、夢だから断片的にしか覚えていない。少し悔しい気もするが、はっきりと記憶しているやり取りがひとつだけある。
「なんで東京ドームなんて急に入れたの? 新人がいきなりドームなんて無茶苦茶でしょう」
芸能界に疎いNさんですら気づくような大それた挑戦だった。しかし俺はドームライブを、しかも東京ドームを熱望した。理由はちゃんとあって、Nさんには初日まで話さないつもりだったが反射的に口が動いていた。
「東京ドームは俺の憧れなんだよ。毎年大晦日にはジャニーズが集合するじゃん? それも憧れている理由のひとつ。だけどもうひとつあってさ」
彼女は怪訝な顔をしているが俺はどんどん熱っぽくなっていく。
「たとえば6人体制になったNEWSの再始動、SexyZoneがメンバー5人だけでたった最後のステージ、KAT-TUNの充電期間終了宣言、タッキー&翼の解散ステージ、全部東京ドームだったんだよ。最初だったり最後だったり、ジャニーズの節目はかなりの確率で東京ドームで迎えられる。俺たちもそうありたかったんだよね。だからこのD &Dっていうユニットは、東京ドームで解散してもいいかなと思ってる。もちろんあなたの気持ち次第ではあるけど」
Nさんも後半は真剣に聞いてくれて、彼女なりの決断をしてくれた。
「期限を設けてそれを全力で駆け抜ける方が私もいいと思う」
こうして、スペシャルユニットD &Dの最初で最後のライブツアーが開幕するのである。
続く。