【連載小説】俺と女神と小悪魔と 第1話

プロローグ

「龍ちゃんさ、今年もちゃんと生きてる?」

 俺のことなんて本当はどうでもいいんだろうと思っていたけど、どうやら本気で心配してくれているらしい。今聞こえた声が幻聴じゃないのなら。だけどさ、あなた仕事とプライベートは分けるんじゃなかったのか? これっていわゆる職権濫用ってやつじゃないの?
 ……冗談だよ。照れ隠しってやつだ。こんなことここで言わせるなよ。
 あなたも先生も、世界のすべてを知ってるんだろ? そうだと信じて、俺は小説を書くことに決めた。もしあなた方が本当にこの世界の人間じゃないのなら、特殊能力でもなんでも使って俺を売れっ子作家にしてくれないか?
 ……死神にこんなこと頼むのもおかしいか。
 でもさ、少なくとも読んではほしいかな。あなた方のお陰で今も全力で生きてるって、精いっぱい伝えるからさ。

第1話


 高校時代の中休みなんてのは、大人から見れば青春のバラエティーパックみたいなもんなんだろう。もちろん当時はそんなこと、考えもしなかったが。
「龍一!次の時間移動教室でしょ?早くしないと遅れるよ!」
「まだ時間あるって!俺まだトイレも終わってねーんだよ。ヤバいんなら先行けば?」 「龍一と一緒に行きたいの!だから早くしてよね!」
 特にこんな付き合いたてのカップルみたいなやり取りはこの時期だからできることだと思う。大人になっても付き合いたてのカップルはいるが、授業に遅れるなんてフレッシュなやり取りはこの時期しかできないからな。
 ちなみに、龍一ってのは俺のことだ。佐倉龍一。シュッとしてるんだか勇ましいんだかいまいちよく分からない名前だろ?
 それともうひとつ、訂正がある。相手の女は橋本美月といって、みたいではなく確かに俺の彼女だ。しかし俺たちは決して「付き合いたてのカップル」ではない。いや、ある意味ではそれも間違っちゃいないが、俺たちはむしろ別れる直前である。
 そう。俺たち2人に幸せな未来がないことは最初から確定してた。
 じゃあなんで付き合ってんのかって? それはこれから順を追って説明するさ。
 まずは美月との出会いから話そうか。10年経っても1日だって忘れたことのない、出会いの話だ。

高3初日

「佐倉くん、あと1年だね。今年も一緒だって!最後の1年もよろしくね」
 声をかけてきたのは田口綾子先生だった。高校入学時からずっと俺の担任をしてくれている。俺が心を許せる数少ない人間の1人だった。
「あ、あの、また1年間よろしくお願いします。や、やっと慣れてきたので、今年度は俺の方から、あの、話しかけられるようになれればと……」
 これが当時の俺の欠点だ。女性とうまく話せないこと。単に緊張してしまうだけなので、日常生活に支障はない。大人になった今はどうなんだって? ご想像にお任せするが、アラサーになった今でも独身だよ。
 話を戻そう。田口先生とは、必然的に2人きりで話すタイミングが多い。おまけに彼女は相当な美人で、こんな俺にも仕事とはいえ笑顔で話しかけてくれる。この状況で恋に落ちない男子がいるなら、俺の前に連れてきてほしいもんだ。
「佐倉くんは相変わらずだね。私なんて二回りくらい年上なのに、それでもダメなんだ?」
「あ、いや、だって先生、綺麗だから……」
 俺は言い切る前に、過ちに気付いた。また思ったことを勢いで口走ってしまった。悪い癖だ。
「いい加減、その女性嫌い治さないとね」
「先生、俺別に女子嫌いなわけじゃないですよ?」
「知ってる」先生は悪戯っぽく微笑んで、教室の出口を指さした。
「廊下で佐倉くんの同級生が待ってるから、呼んできてあげて」
「先生も冗談上手くなりましたね。どうしてこの学校に転校生なんか来るんですか?あと1年で無くなるんでしょ、ここ」

 読者諸君もおおよそ見当がついてるんじゃないかと思うが、この学校には俺以外の生徒は存在しない。
 いや、もちろん過去にはたくさんの生徒がいたらしいが、俺が入学した頃にはもう全校生徒でやっと1クラス分くらいの人数しか在籍していなかった。
 そこで当然、廃校の話が持ち上がった。そこからの流れは具体的には知らない。しかし、俺を最後の卒業生とすることで話は決着した。

「廃校になること、もう決まったんですよね?」
「うん。来年の3月かな。でもそれとこれとは話が違うんだよ」
 おかしな理屈だ。生徒数1の高校に転校したいと言い出す方も、それを受け入れる方もどうかしてる。ただ、これ以上先生に何か訊いても無駄らしい。俺はわざと、先生が示した方とは反対側から出てやった。転校生とやらを驚かせてやろうと思ったからだ。
 しかし俺の思惑は綺麗に外れた。廊下に立っていたのが、小柄な女子だったからだ。
 俺は焦った。先生の指示通り正面から迎えていれば、まだ会話の繋ぎようもあっただろう。しかしドッキリを仕掛けようとした手前、後ろからいきなり声をかけたら嫌われそうな気がした。なので一旦中に戻り、改めて正面から迎えようとしたんだが……。
「佐倉龍一くんって、あなたですか?」
 と、先に声をかけられてしまった。
 こうなると俺はさらに焦る。女子との会話ってどうすればいいんだっけ?思考回路が変になった結果、俺がやっとの思いで絞り出した言葉はこうだ。
「転校生というのは、あなたで間違いございませんでしょうか?」
 読者諸君、笑わないでもらいたい。だって俺はすでに、転校生と田口先生、2人から大爆笑されている。俗にいう公開処刑ってやつだ。

「改めて紹介します。今日からこのクラスの一員になる、橋本美月さんです。佐倉くん、やっとクラスメイトができたね。おめでとう」
 橋本さんと呼ばれた女子はぺこりと頭を下げた。緊張しているのかあまり顔を上げてくれないが、一目見て綺麗な人だということははっきり分かった。これは大緊張案件である。
 だが、とりあえず緊張は脇に置いて、気になることがあった。
「いや、それは嬉しいんですけど……。なんでいきなり?」
「まあ、それはおいおい説明するから」口を開いたのは転校生の橋本さんだった。そう、のちな俺の彼女となる橋本美月である。どうやら田口先生と美月は通じ合っているらしい。俺だけがのけ者だ。
「美月ちゃん、私がやりづらいんだけど」
「放っておいてよ。これは龍一くんと私の問題でしょ?」
 まるで姉妹のようなやり取りだった。
「あの、お2人のご関係は?」
 俺が耐えきれずに質問すると、田口先生は少し困ったような表情を浮かべた。しかし橋本さんに睨まれると、観念したように言った。
「とりあえず今日は始業式だけで終わりだし、これで解散とします。明日はちゃんと説明するから、橋本さんも今日だけは余計なことを言わないで。純粋に佐倉くんと仲良くなったらいいじゃない」
 田口先生に教えてやりたい。今さら先生ヅラしても彼女との関係は隠せませんよ、と。当時の俺はそれにさえ気づけないほどに大緊張していたわけだが。
 しかしなんだか巨大組織の陰謀みたいな話になってきた。だがこんな俺のために、何かしらの組織が動くとはどうしても思えなかったのも事実だ。この時はあんなことに巻き込まれるなんて夢にも思ってなかったからな。

放課後

 先生は去ってしまい、俺たちはだだっ広い教室に2人きりになった。もちろん空気は最悪だ。だって一切話せないし。美月の方も先生には強気な態度をとっていたが、俺相手となると勝手が違うらしい。
「あの、私、橋本です。橋本美月。これから1年間よろしくお願いします」
 2人きりになって小1時間経過しているが、彼女がまともに発した言葉はこれだけだった。俺は俺で、美月があまりにも美人すぎて、ど緊張していた。
 何だかとても地味な眼鏡をかけていたが、それでも彼女の目が人形のように大きくてつぶらだということはよく分かった。彼女の方も緊張しているのか、少し潤んでいるようにも見えた。さらに唇や頬もツヤツヤしていて、大人の女性にはない可愛さがあった。それなのに顔を伏せがちなのがまた、「この人を守りたい」という気持ちを想起させる。
 彼女には不思議な魅力があった。俺が緊張して地蔵のように固まってしまったことを責められる人間は誰もいない。だがこれでは親睦を深めるなんて夢のまた夢だ。そこで俺は思い切って、攻めてみることにした。
「橋本さんはさ、どうしてこの学校選んだの?この学校俺しか生徒いないって知ってたでしょ?」
「……詳しくは明日って言ったのに」答えてはくれたが目線は合わない。純粋な興味で聞いたんだがこの質問は地雷だったようだ。やっぱり先生と彼女はなんらかの関係があるらしい。
「今の感じだと、俺だけ蚊帳の外っていうか。まさかとは思うけど、俺に会いたくて転校してきたわけじゃないよね?」
 俺としては冗談のつもりだったが、美月は少し驚いたようだった。そして「半分正解」と呟いた。
「龍一くんって、勘が鋭いんだね」
 そう言われても、俺には発言の真意が分からない。もしかして俺はからかわれているのか?いや、それにしては彼女の表情は真剣すぎた。どことなく、適当にあしらってはいけない気がした。
「龍一くんさ、意外と明るいんじゃん。ちょっと想像と違った」
 彼女は俺のことをスーパー根暗だと思っていたようだ。俺的には肯定も否定もできないので、黙って顔を背ける。
 結局その日の会話はそれで終わってしまった。これで親睦を深めたと言えるかどうかは、俺には分からない。ただ、「また明日ね」と言った美月の頬は、心なしか緩んでいた気がする。

違和感

 さて、問題が起こったのはその翌日である。
 現在の時刻は朝8時半。俺は登校して、またも美月と2人きりで田口先生が来るのを待っている。机に出してあるのは一限で使う国語の教科書と筆記用具、そしてノートである。そこまではいい。問題はその前だ。
 昨日教室を出て以降、現在まで一切の記憶がない。
 確かに俺は家に帰ったはずだし、身体から臭いもしないので風呂には入ったはずだ。昨晩だって今朝だって飯を食ったし、何よりちゃんと寝たはずだ。なのにその記憶がない。一切合切すべて。
 訳の分からない現実に戸惑っていると、驚くべきことに美月から話しかけてきた。
「龍一くん、おはよう。昨日はよく眠れた?」
「橋本さん、とりあえずおはよう。ところで、あなたは何か知ってるんだよね?」
 相手が女子だからとか、国宝級に可愛いからとか、昨日と態度が全然違うとか、そんな理由で緊張している余裕がなかった。俺は詰まることもなく、彼女に質問を投げていた。
 美月の方はというと、答えに窮しているようだった。もしくは急に俺が普通に話したので、面くらったのかもしれない。
「別に問い詰めたいわけじゃないんだ。怒ってもいないよ。ただ、この奇妙な現象の原因を知りたかっただけ。橋本さんを怖がらせたのなら謝る」
「違うの。怖かったわけじゃなくて」美月も美月でやはり昨日とは別人のようだった。「龍一くんって、『お前』とか言わないんだなぁって」
 17年生きてきて初めての指摘だった。
 俺は女子に対して、『お前』と呼びかけることは絶対にしないと決めている。不要な威圧感を感じさせるからだ。かといって『君』というのもあまり好きではなかった。上から目線で話しているような気がするからだ。そういうわけで結局誰に対しても『あなた』と呼びかけるようになった。
 俺のそんな説明を美月は心底興味深そうに聞いていた。大抵の人間はこういう話をすると「考えすぎじゃない?」と馬鹿にして笑うのに。
 ……これはちょっとずつでも仲良くなれそうな気がするな。
 そんな予感がした時、ちょうど田口先生が入ってきた。
「佐倉くん、橋本さん、おはよう。打ち解けてくれたみたいでよかった。第一段階はクリアだね」
 また俺だけ蚊帳の外だ。第一段階?
「昨日から気になってんですけど、俺って何かの実験台にされてます?」
「綾ちゃん、龍一くんって、なかなかの切れ者じゃん。もうある程度は勘づいてると思うよ。ねえ?」
 同意を求められても困る。確かに「何か」があることは想像がつくが、俺の平凡な脳みそではそこまでが限界だった。しかし女子に褒められた手前、俺としても引っ込みがつかなくなった。カッコつけたくなってしまった。
「何かに巻き込まれてるのは分かります。橋本さんは俺の監視役ってところでしょう。もしかしたら。田口先生も」
「推理小説の読みすぎでしょ」普段なら、そう笑い飛ばされるところだ。だが今回はそうはならず、代わりに「ご明察」という言葉が笑顔と共に投げられた。
「さすがは推理小説大好きなだけはあるね。じゃあ、順を追って説明しましょうか」

プログラム

 それから結構長々と(まあ20分くらいだったか)、俺が現在置かれているこの奇妙な状況の説明があった。まだ明かせないこともあるとかで疑問点は残るが、先生の話を要約するとこうである。

 俺はある「プログラム」の被験者に選ばれた。美月と先生はそのプログラムを進行するためのスタッフのような立ち位置で、俺はこれから様々な実験をされるらしい。つまり「実験台」という認識は正しかったわけだ。
 さらにこの教室はいわゆるパラレルワールドで、俺の記憶がふわふわしているのはそれが原因だということだった。なんでも教室を出るたびに、俺にだけ記憶改変とかいう措置が取られているみたいだ。校内での生活の記憶さえあれば、プログラムの進行に支障はない、と。
 その上どうやら俺たち3人の意識は現在、この空間にしか存在できなくなっているらしい。つまり、自分の意思で動けるのはこの空間だけということだ。女子2人は運営側だからいいとして、俺の感情は無視されている。とても気分が悪い。
「で?そのプログラムとやらの目的は?」と一応訊いてはみたが、2人して「現時点では答えられない」の一点張りだった。予想がついていたとはいえ、やはり少しムカついた。SFじゃあるまいし。
 ただ一つだけ、教えてもらえたこともあった。
 このプログラムはある組織によって運営されていて、その組織のリーダーは俺たちをモニタリングしている。先生も美月も、そのリーダーによって俺に当てがわれたらしい。担当職員ってところか。
 とはいえやはり納得はいかない。それでしばらく黙っていると、田口先生が俺の目をまっすぐ見てこう言った。
「でもね佐倉くん、これは君の『心』が望んだことなの。だからご家族の方も承諾した」
 先生の一言はどうやらヒントらしい。しかし今の俺には混乱を招く材料にしかならなかった。
 ただひとつだけはっきりした。俺にはこの奇妙なプログラムへの参加以外、選択肢がないということだ。
 それに、女性にあんな真剣な目をさせておいてその言葉から逃げるというのは、俺のポリシーにも合わなかった。だから俺も腹をくくった。
「とりあえず付き合いますよ、そのプログラムとやらに。リーダーとやらの思い通りは癪だけど、プログラムをこなした上で高校最後の一年をエンジョイしてやります」

「じゃあそういうことで、ホームルームから始めましょうか」
「いやちょっと待った!先生、あれだけ壮大な話しといて、普通に授業はないでしょ。勉強よりプログラムの方が大事なんじゃないんですか?」
「龍一くんは勘がいいんだか悪いんだか」ため息をついたのは美月だ。
「プログラムの説明をして、普通に授業が始まるということは?」
 またこれだ。美月は日常会話が苦手なくせに、プログラムのこととなると途端に饒舌になる。仕事とプライベートは分けてますって感じで少しムカついた。だから俺も女子相手だということを忘れて、つい口調が荒くなる。
「普通に授業を受けることもプログラムの一環だって言うんだな」
「はいはい。喧嘩しないの。これから1年間一緒なんだから」こうやって先生が俺たちをなだめるのも、後々恒例行事になっていく。
 こうして、俺たち3人の奇妙な一年間がスタートした。

生活

 あっという間に4月も中盤に入った。怒涛のような半月だったが、その半月で得た情報も少なからずある。
 例えば、この空間について。
 この教室(と呼べるかどうか怪しい異空間)には3人しか存在しないという話だったが、それは「ずっとこの空間にいる人間」を指していたようだ。その証拠に、各教科担当の先生は普通にここへ入ってきた。ただし美月いわく「綾ちゃん以外の人は、ここを普通の教室だと思ってるから他言無用ってことで」らしい。校内でこの教室だけが異空間ということだ。
 俺たちのクラス担当になったばっかりに、先生方全員この意味不明なプログラムの被害者というわけだ。彼らは毎回、授業内容以外の記憶を失っている。心の底から同情するが、田口先生以外とは雑談もろくに交わせないという意味でもある。そこに気づいた時は少々ウンザリした。

 もうひとつ明らかになった点といえば食事だ。弁当を作ろうにも教室から出たら体感的にはもう翌朝なわけで、どうするのだろうと思っていた。
 答えは簡単だった。毎日カバンの中に、しっかりと弁当が詰められているのである。
「こんな得体の知れないもん、食べらんないっすよ」と反抗してはみたが、「それは佐倉くんのご家族が作って下さったものだよ?」と先生が笑うので恐る恐る食べてみた。すると完璧な「我が家の味」というやつだった。
「橋本さんのは? お母さんの手作りとか?」と聞いてみたこともある。彼女の弁当には週3でイカフライが入っていた。正直言って、めっちゃ気になるセレクトだった。
「私、母親いないの。だから弁当は基本手作りだよ」と若干暗い顔で言われた時には世界の終わりを覚悟した。だがイカフライの話になると彼女は途端に表情を変えた。
「私、イカフライが大好きなの! 天ぷらでもイカリングでもダメ。イカフライ最強! 流石に自分じゃ作れないから、たまの贅沢と思ってリーダーに頼んじゃった。龍一くんも食べる? 絶対感動するよ!」
 たまの贅沢が週3ってどういう基準だよ、という言葉はギリギリで飲み込んだ。2日に一回以上のペースだぞ?
 今になって思えば、彼女の前で初めて笑顔を見せられたのはこの時だった気がする。モデルや女優なんかよりよっぽど綺麗な女の子でも、俺と同じように好きな食べ物があって、それが弁当に入ってるとテンションが上がる。違う世界の人間なんかじゃないと、初めて認識できた瞬間でもあった。
 ちなみに美月は魚卵がダメらしい。集合体恐怖症とか言ってた気がする。可愛いだろ? 後々俺の親友、そして彼女になる人だ。

 最後にもうひとつ、これはリーダーと呼ばれる人物と直接話して分かったことだ。
 高3になって初めての、いわゆる学年集会があった時。俺たちは体育館に移動させられた。
「あの、橋本さん? 学年集会って言っても、この学校俺らしかいないよね? それなら教室でやっても……」
「こういうのは気分の問題じゃないかな。いくらプログラムに参加中って言っても、私たちまだ学生でしょ? 少しは普通の高校生気分も味わってほしいっていう、リーダーなりの配慮だと思う」
 断言しよう。俺にはそんな配慮はいらない。早くプログラムから解放してくれればそれでいい。
「それに体育館まで異空間にするわけにはいかないでしょ」
「あ、それなら大丈夫。私たちが歩く校内は、全部異空間になるから! 制服のボタンが空間転移装置になっているみたい」
 その設定に多少の無理があることは否めないが、ここでそれを突っ込んで聞いても無意味だ。そう思えるくらいには、俺もこのプログラムに慣れていた。
 体育館は文字通り体育館で、当たり前だが教室よりもさらにだだっ広い空間である。ここに生徒2人と教師1人というのは、ちょっとした恐怖体験だ。
「臨時集会を始める」聞こえてきた声は、ボイスチェンジャーを通してあるのか男女の判別が出来ないものだった。
「それでは今回の臨時集会を行います。リーダーから佐倉龍一くんにお話があります」先生からの紹介が終わると、ステージにスポットライトが当たる。
 リーダーは、ダースベイダーのようなマスクで顔を隠し、体育館のステージに立っていた。さっきまでどこにもいなかったはずなのに、だ。そしてそのままマイクを持って話し始める。
「初めまして、佐倉龍一くん。私がこのプログラムの一切を取り仕切るリーダーだ。諸事情により個人情報が一切明かせないのでこのまま話させてもらう。
 得体の知れない奴だと思っただろう。しかし君を被験者に選んだのは私だ。もちろん監視役を選んだのも。彼女たちなら期待する成果を上げてくれるだろう。危害を加えるつもりはないから、安心するといい。何か質問があったら答えるが?」
「休日ってどうなってんですか?」ずっと気になっていたことを訊いた。「いくら体力は回復してるって言っても、体感的には毎日毎日ほぼ休みなく授業を受けている感覚です。週末くらいはちゃんと、休みを実感させて下さい」
「当然の指摘だね」リーダーは答える直前に少し笑った。「確かに今の状況じゃ、君の中には週末なんて存在しないだろう。だから少しヒントをあげよう。この校内では時間は通常のスピードで経過している。外へ出れば時間のスピードは超加速する。君は今、そういう認識だよね?」
「異空間にいる間は通常のスピードで時間が流れるという話はされました。田口先生から」
「うん。間違いじゃない。確かに時間のスピードをいじる力はこの『空間』自体にもある。でもこの空間だけが、時間をいじれるわけじゃない。もうひとつトリガーがある。それを見つけられたら、君は週末や長期休みを楽しむことができるだろう。ヒントは与えた。後は自分で考えるといい」
「ちょっと!」と引き止める前に、リーダーの姿は消えていた。これも特殊能力の類かと、やっと理解できた。
 しかしもうすぐゴールデンウィークがやってくる。こんな調子で長めの連休なんぞあっていいのか? まずはリーダーに突きつけられた謎を解かなきゃならないわけだが……。正直に言う。休むために頭を働かせるって、矛盾してないか?

 ……とまあ、4月はこんな風に過ぎていった。転校生、異空間、プログラム。慣れなきゃいけないことが多すぎる。
 ところで、読者諸君も気になっているであろうプログラムの詳細についてなんだが、4月の時点では俺も一切知らされていなかった。
 すべてが明かされるのは5月の修学旅行である。あれもある意味狂気の沙汰だったが、その話はまたの機会に。問題のゴールデンウィークの話もまだしていないし。まあ、読者諸君が望んでくれたなら、また語ることにしよう。読者なんているか分からないが。


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