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(音楽話)118: Joni Mitchell “Free Man In Paris” (1979)

【懐かしく素晴らしい思い出】

Joni Mitchell。70年代数多く登場した女性SSWの代表格のひとりであり、ジャンルの枠組みなどお構いなしの多彩な音楽アプローチ、詩情溢れる歌詞、複雑に聴こえるが耳に残るメロディなど、そのオリジナリティはその後多くのシンガー、ミュージシャンに影響を与えています。彼女が居なければその後の音楽は全く違ったものになっていたであろうこと(少なくともジャンルレスなアプローチは数年遅れたはず)は、決して大袈裟ではありません。

彼女の経歴は端折ります、すみません…あまりに波瀾万丈でボリューミーなので m(_ _)m

1943年カナダの西部アルバータ州生まれ。1965年米国ミシガン州デトロイトに移住し音楽活動を活発化。いくつかのオリジナル曲がフォークソング界隈で話題になり、楽曲がいくつかカバーされることで彼女自身もに注目が集まりました。その結果1968年にアルバム「Song to a Seagull」でデビューするに至ります。
彼女は幼少期にポリオ(急性肺白髄炎。ウイルス性感染症のひとつ)にかかった影響で握力が弱く、ギターを弾きやすくするために独自のギター・チューニングにしたんだそうです。米国移住後には新たな変則チューニングを習得、それが彼女の楽曲の独自性につながっていきます。
(主にオープンD <D-A-D-F#-A-D> )

"Both Sides Now / 青春の光と影"、”A Case Of You”, "Woodstock", "Big Yellow Taxi", "Help Me", "The Circle Game", "River"などなど、主に70年代を彩る名曲たちを多く発表してきたJoni。どれもまるで小説のような世界観と表現、比喩の美しさ、誰しも想像できる情景の鮮やかさ。結果的に彼女は誰も到達できない音楽表現の最高峰に到達しています。
80年代以降は活動がマイペースになりますが、絵画個展を開くなど表現意欲は衰えず、90年代にはフルオーケストラをバックにスタンダード・ナンバーを歌ったり、多彩な活動を続けます。
例えばスタンダード・ナンバー "You're My Thrill"。円熟なJoniの手にかかると、非常に深淵で幾重にも重ねた言葉の意味が、まるでアルコールが身体に徐々に沁みて酔っていくかのように頭を回ります。この曲を含む2000年のアルバム「Both Sides Now」は大名作。今でも愛聴しています。

ここ最近はステージ中央の玉座に座り、Brandi Carlileなど豪華なメンバーでジャジーかつブルージーなライヴを時折行っています(しわがれ声の説得力がハンパない)。ちなみに2024年10月20日には米国ロサンゼルスHollywood Bowlでライヴを行い、スペシャル・ゲストにSir Elton John(自身のライヴ活動は引退したのに!?)やAnnie Lennox、Meryl Streepも登場したようです。

さて今回の"Free Man In Paris"、邦題"パリの自由人"。1974年のアルバム「Court And Spark」収録の軽快な曲です。当時親友だったDavid Geffen(後にGeffen Recordsを創立したりDreamworksを共同設立したエンタメ界の重要人物のひとり)やRobbie Robertson(The Band)らとパリへ旅行に行った際にインスピレーションを得て書いたそうですが、後にBob Dylanがこの曲をお気に入りとして挙げています。

「俺は昔パリに行って自由人とはなにか理解したんだけど、その時からこの歌がずっと好きだよ。まぁ、結局パリは自由とギロチンが隣り合わせな場所ってことさ。だから俺が聞いたこの歌の意味合いがJoniの意図したものだったかどうかはわからないけど、なんかずっと聴いちゃう曲なんだ」

2005年、Joni主体のコンピレーションアルバムをBob Dylanが選曲した際のコメント(意訳)

この映像は1979年のライヴ演奏から。ギターPat Metheny、ベースJaco Pastorius、サックスMichael Brecker、キーボードLyle Mays、ドラムスDon Aliasという布陣。

…なんですかこれは!?

こんなに超絶巧い人しかいないバックバンドは中々お目にかかりません。気持ち悪いくらいに揃った音粒とリズム、正確で的確な音色を鳴らすギター、聴こえづらいかもしれませんがとんでもなく畝るベース、サックスの鳴りの良さ、地味ですがしっかり全体を支えるキーボード、もうオカズとすら呼べないテクいドラミング、徐々に高まっていく音塊の強さ…
そりゃあJoniだって肩で風切ってるかのごとく余裕の表情で「私は縛られずに自由に生きてたわ、ふふふん」になりますよ。最強。

主人公はJoni(パリを懐かしんでいるのはJoni自身)という解釈もありましたが、後年彼女が解説しているように前述のGeffenが主人公でしょう。眼前の仕事に精を出す一方、「今すぐにでもパリに戻りたいよ、あの自由で楽しく、イイ奴らばかりのパリにさ」と懐かしむ…実際Geffenが似たようなことを彼女に言ったのかもしれませんね。
特に曲の前半は途切れなく一気にサビまでいくので「え?誰のセリフ??」と思っちゃうのですが、よく見ると主人公の想いがよく伝わってきます。生きた会話を曲に投げ込み、その描写や想いの強さをメロディとリズムで表現していく…非常に技巧的で洒脱な表現方法。さすがです。

厳しい現実に向き合う時、人はどこかでユートピアというか、懐かしく素晴らしい思い出を反芻しながら、その現実に立ち向かう勇気とパワーを得ようとする…そんな現象をこの曲は表現しているように思います。私にもいくつか、懐かしく素晴らしい思い出がいくつかありますし、その思い出の栄養素をたまにもらいながら、現実に相対している気がします。

あなたにも、今の自分に勇気やパワーをくれる思い出はありますか?

「私の見立てではね、」 彼は言った
「君は上手くなんか いかないよ
誰だって 自分の得のためにやってるんだから
ヤツらを満足させるなんて できないさ
いつだって君をこき下ろすんだよ ヤツらは」
「僕は一生懸命だし イイ線いってるはずさ
僕の時間を求めてる人が いっぱいいるんだよ
みんな話を進めようとしてくれるし
良い友達になろうとしてくれるんだ」

(chorus)
「僕はパリで 自由人だったんだ
縛られずに生きてると 実感できた
誰もお願い事なんて 僕にしなかったし
誰の未来も 決めつけることなんてなかった
明日にでも あそこに戻りたいよそりゃ
でも今は やるべき仕事があるんだ
スターを生み出すのに 精を出さなきゃいけない
流行りの歌が流れてる 今のうちにね」

「夢見心地なヤツらや 電話口で叫ぶヤツらを相手にしてる
最近 何やってんだろう僕はって思うよ
もし思う通りになるなら
面倒なものを すべてすり抜けて
シャンゼリゼをフラつきたいな
カフェからキャバレーに行くんだ
そこで見かけたら どんなにワクワクするかなぁ
あの素晴らしい友達に出くわしたらね」

(chorus)

Joni Mitchell "Free Man In Paris" 意訳

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