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Albert King "Blues Power" (1970)

音楽話141: 問答


現代音楽の源流のひとつ、ブルース

いきなり大層な見出しですが、決して大袈裟ではありません。現代音楽は、ブルースが無ければ今の形になっていません。
音楽は時の流れの中で受け継がれ、発展し、進化してきました。つまりその逆、ロックにせよR&Bにせよ、その源流を遡っていくとその一部はブルースに辿り着くのです。

だから、もしあなたが「アメリカ人、しかも黒人がギターをガンガン弾きながら歌ってる、なんか暗い音楽」「(そんな音楽は)自分には関係ないし興味ない」とブルースを捉えているならば、ちょっとでいいので今日からその認識を変えてほしいなぁと思い、この曲を今回ご紹介します。

救いようのない嘆き

そもそもブルースという音楽は、1800年代後半頃発祥の米国南部を中心とした黒人霊歌や労働歌がルーツと言われています。1860年代に奴隷制度が廃止されたものの、プランテーションの農作業や下働きで事実上奴隷扱いな日々が続いていた黒人労働者たちが、他愛もない日常の出来事を歌い、その根底にある苦しい生活、厳しい労働、変わらない日々の嘆きをぶちまけて、音楽に身を委ねたものです。その内容は「取るに足らない、どうしようもない、救いようのない」ことばかり。でもそれらを吐き出さずにはいられなかったほど、彼らは厳しい環境下にいました。
この音楽はやがてビッグバンドやギターの演奏によって伝播していき、発展しました。そして第二次世界大戦前=ブルース初期には、Rober Johnsonという伝説的ブルースマンが登場します。しかし当時はCharley(またはCharlie)Pattonの方が有名だったとする評もあります。

ボトルネックを使ったアコギによる演奏で、途切れない音の階段が虚しさや切なさを強調するかのような独特のサウンド。ただ、この頃はまだブルースはメジャーではなく、あくまで一部コミュニティで聴かれる音楽でした。

戦後、都市部に広がったブルースは、ピアノとギターの組み合わせなどで洗練されていきます(=City Blues)。サウンド的にはジャズやポップスの影響を受けつつ、歌詞は都市部に出てきた者たちの悲哀を代弁し、望郷の念を歌ったものが多くなりました。
50年代、Delta Bluesと呼ばれる新たな流れが出てきます。エレキ・ギターを使い、よりソリッドな音色で様々な嘆きを表すサウンド。その代表格として、ChicagoからMuddy WatersB.B.King(本名: Riley B. King)が登場し(Chicago Blues)、MemphisからFreddie KingAlbert Kingが出てきます(Texas Blues)。これらはロックンロールの源流にあたり、ブルースが無ければロックンロールは存在し得なかったことになります。特にB.B.のギターのチョーキング、黒人霊歌/ゴスペルの流れをくむ歌唱は後世に多大な影響をもたらし、Delta Bluesの発展形=Modern Bluesが台頭しました。

B.B.の登場に刺激を受けたFreddie(本名: Fred Christian)とAlbert。その証拠に彼らはKingの名前を冠し、後年この3人のKingは「the Three Kings of the Blues Guitar/三大キング・オブ・ブルース」と呼ばれます。プレイスタイルや楽曲のムードは三者三様で全く異なりますが、その後の音楽にとても大きな影響を与えた人たちです。

King

Albert King(本名: Albert Nelson)は、1923年米国ミシシッピ州インディアナの綿プランテーション生まれ。教会で父のギターをバックに歌うことが楽しみで、日々の過酷な労働環境に耐えていました。
アーカンソー州オセオラでthe Groovy Boysというバンドに加入し音楽活動を開始。時にはギターではなくドラムスを担当することもありましたが、53年頃からはAlbert Kingを名乗って「俺はB.B.の兄弟だ」と喧伝し、自身のギターに「Lucy」(←B.B.のギターは「Lucille」)という名前を付けて活動していきます…兄弟だと言われた当のB.B.は「会うまでは正直イラついたよ。でも実際会ってみてヤツは正しいと思った。アイツは俺の実の兄弟じゃないけど、ブルースでは兄弟みたいなもんだ」と後に語っています。

拠点を移しながらいくつか楽曲を発表しましたが、どれも売れませんでした。しかし地道な活動が61年に実を結び、"Don't Throw Your Love On Me So Strong"がビルボードR&Bチャート14位に入り、62年にはデビュー・アルバム「The Big Blues」をリリース。彼の活動が本格化します。

67年には伝説のブルース・レコード会社Staxから名作アルバム「Born Under A Bad Sign」を発表。バックにBooker T. & the MGsを従えた屈強で分厚いサウンド、明快なギター・フレーズと雄々しいAlbertの歌声など、非常に濃密。このアルバムとその同名曲は彼の代表作になり、後にCream/Eric Clapton, Jimi Hendrix, John Mayall, Stevie Ray Vaughan, John Mayerなど、非常に多くのギタリストがカヴァーしています。
(ロック系ギタリストなら一度は通る道といっても過言ではないかも)

とはいえ、その後もアルバムをリリースし続けるものの、大ヒット曲を生み出すには至りませんでした。
彼はギターを弾く時と歌う時を明確に分けていて、歌いながら弾きまくることはしませんでした(「歌とギターは同時にはできなかった」と本人も言ってます)。派手なギター・フレーズはなく、シングルトーンで手グセ重視=レパートリーも少ない…実はギター・テクニックに優れたミュージシャンではなかったのです。ではなぜ、彼は今でも崇められるほどの存在になったのか?

それは彼独特のサウンド、着眼点、そして佇まいにあったと思います。

彼は左利きですが、ギター弦を張り替えることなくギターをそのままひっくり返して弾いていました。右利き用ギターを反対に持つことはよくある話で、弦は張り替えて上→下に向かって細く張るものです。しかし彼の場合は(ひっくり返しただけなので)上→下に向かって弦が太くなります。だから通常のギターコードの押さえ方は通用しません。それが結果的に太いサウンドを生み出すことになりました。
ギター弦の張り方が通常の逆なので、高音よりも低音弦でのチョーキングの方が楽に音を出せますし、彼のギターLucyは特徴的なフォルムで有名なGibson Flying V=音色が太くて甘いのが特徴。これらが組み合わさって他のブルースとは違う音色ーーー太くて甘い音色がヴィヴラートして揺れるーーーが生まれたのです。

相棒Lucyを抱えるAlbert King

またAlbertは鼻が利くというか、他の要素を積極的に取り入れる感覚を持っているブルースマンでした。例えばThe Rolling Stones "Honky Tonk Woman"をカヴァーしていますが(1971)、原曲より軽いサウンドで余裕を感じさせます。Albertほどのギタリストならもっと重く、カタルシス満載の強烈ギター・フレーズが出てきてもおかしくないのですが、そうしないところに彼の押し引きの巧さというか…ポップネスすら感じます。

そして最大の要素、彼の佇まい。見た目、デカい。諸説あるので正確にはわかりませんが、身長: 2メートル近く、体重: 100キロオーバーだったようです! ボディが小さいFlying Vを彼が抱えると余計小さく見え、フレットも狭くて弾きづらそう…
ライヴは毎回ほぼスーツ姿なせいか、いつも汗まみれでビッショビショ。汗でギッラギラに光った顔、優しいんだか睨んでるんだかわからない眼光、若干背を曲げてコチョコチョとギターを愛でる姿、こもった声で聴衆に向かって語りかける歌声、その合間を縫う太めのギター・フレーズ…絵になる男です。
(一説によると、拳銃をガン・ホルダーに入れた状態で演奏してた時期があったそうです…怖えぇ)

70〜80年代も強かに活動を続け、B.B.と一緒にライヴツアーに出たり、彼のフォロワーであるRobert Cray、Gary Moore、Joe Walshなどと共演したり。どのライヴでも、ギターの腕が衰えることなく観客を魅了していきましたが、92年に心臓発作で急逝。69歳でした。

おい、わかるかい?

今回の"Blues Power"、これもAlbertの代表作です。ちょっと長めの曲ですが、強烈なギター・フレーズとそれを盛り上げる抑揚の効いたバックの演奏、まさにパワーを表したブラスの迫力、静かに感情を鳴らし続けるオルガンーーーどれも素晴らしい。完全アドリブというわけではなく構成ありきの曲ではありますが、節回しやフレーズは毎回微妙に異なります。毎回どんなギタープレイを見せてくれるのか楽しみな曲ですし、即興性を失わずに聴衆とのコール&レスポンスも存分に楽しめる、ライヴにならではの楽曲です。Albertはそのやり取りを楽しみながら、フレーズの合間に声を出して笑ってさえいます。ギターを弾くこと、ブルースを演ることに喜びを感じている様子が十分伝わってきますよね。

映像は1970年、ニューヨーク・マンハッタン区の有名ヴェニュー「フィルモア・イースト」でのライヴ。当時は白人系ミュージシャンやバンドが積極的にブルースをカヴァーしたこともあって、ブルースを新しい音楽として聴き始めた若い白人たちが多い時代であり、会場も白人客が多く見られます。この曲はそんな観客に向かって、そもそもブルースとはなにか、なにがそうさせるのか、Albert和尚が観客に向かって展開する禅問答のようなもの。ブルースの教科書に載るべき1曲。大袈裟ではなく、本当にそう思います。

ブルースとは、何も特別なものじゃない。
誰にだってブルースはある。そのどうしようもない嘆き事に、心を揺さぶる横揺れのテンポと、感情を掻き毟る泣きのギターフレーズと、抑揚のついた骨太なリズムが、ただ寄り添うだけ。
それって誰にだってある話。嘆きに寄り添う音楽は、その人のその先の人生にとても大事な存在で、そうやって感情を吐き出すことが、明日への道標になる。
そんなシーンのBGMがブルースなのだと、和尚は今も教えてくれるのです。人間が人間としているために。

おい、わかるかい? お前のブルースは、なんだい?

"The Blues Power" 意訳

みんなブルースってのをわかってる
聞いてるかい? <YEAH!>
誰しもブルースってやつをわかってる
来る日も来る日も 誰にもブルースはやってくるんだ

ゆりかごで横になってる小さな赤子を抱く
彼はミルク瓶をちゃんと握れない
だから彼は足蹴りして泣くんだ
しまいにはベッドを引き裂いちまう
彼はブルースを手にしたってことだ
わかるかい? <YEAH!>

大切なヤツがいる女の子を連れている
それってボーフレンドだろ、な?
彼はGTOを買ったばかりで
エンジンをふかす度に彼女はヤツと一緒にいたがる
そして角を曲がってソーダファウンテンのある店に行く
彼女はそこで自慢したいってことさ
そこには女子も男子もいるからな
わかるだろ?

彼女は今晩出かけようとする
母親はこう言うんだ「あんた、昨夜も出かけたじゃない!
今夜はダメ、毎晩は多過ぎよ」
彼女は部屋に閉じこもる
電話にも出ないし 飯も食わない
誰とも話したがらない
彼女はブルースの気分ってやつさ
それがそいつの身の上話
ん?聞こえないぞ、彼女に何が起こったんだ? <ブルースだ!>

赤だとかピンクだって言うヤツもいるよな
そういう目に遭うと
それは昔ながらのブルースさ、そうだ
俺は大切な人と随分会ってない
10週間もだぜ、今日でさ
俺はブルースな気分なんだよ

[guitar solo]

俺の気持ちがわかるかい? <YEAH!>

[guitar solo]

※ <>は観客のレスポンス

Albert King "Blues Power" 意訳

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