(音楽話)116: Rickie Lee Jones “Living It Up” (1995)
【無垢の終焉】
既に紹介していたと思っていました、Rickie Lee Jones。コケティッシュな歌声、シンプルでアコースティック、カントリーやジャズの匂いも感じるサウンド、細かな描写と心象を重ねた表現…彼女しか出せない世界観は、もしかすると好き嫌いが分かれるかもしれません。しかし非常に美しい楽曲を多くリリースしてきたSSWであり、素晴らしいシンガーでもあります。
1959年米国シカゴ生まれ。カリフォルニアに移りシンガーとして活動し始め、1977年頃にはTom Waitsと知り合い同棲し、創作活動が活発に。すると彼女作の"Easy Money"をLowell George(Little Feat)が気に入って彼のソロアルバムに収録されることになり注目度が上がります。その結果、1979年「Rickie Lee Jones / 浪漫」でアルバム・デビューすると、いきなり"Chuck E.'s In Love"が大ヒット(彼女の代表作)。その年のGrammysで最優秀新人賞を受賞し、一気に有名になります。ちなみにこのアルバム、Michael McDonald, Dr. John, Willie Weeks, Steve Gadd, Jeff Porcaroなど、錚々たるミュージシャンが参加しています。当時の彼女の交友関係がいかに広かったかが分かりますよね(Tomの影響が大きそうですが)。
その後活動休止な時期もありましたが、売れるシングル曲ではなく聴かせるアルバムをマイペースに発表し続けています。今も精力的にライヴ活動もしています。
(ミニマムなバンド構成で中々スリリングなライヴ…よろしければ動画サイトで検索してみてください)
カントリーやジャズ、ブルースなどが混ざった独自のリズム、曲構成が特徴で、とてもユニークなRickie。系統的にJoni Mitchellに似ていますが、Joniがどこかアートを意識した様式美を感じるのに対し、Rickieは飾り気なく日常をラフにスケッチしているように感じます。
もっとも特徴的な点は彼女の気怠い声ですが、本人も気に入っているらしく「まだ衰えていないわよ」と今も鼻息荒く答えています…あ、彼女のインタビューを見たり読んだことのある方はご存知と思いますが、彼女、かなりの自信家です。物言いが非常にハッキリしていますし、現在を見つめる視点やツッコミも鋭い。竹を割ったような、チャートや流行に一切惑わされない、肝の据わった姐さんです。
"Living It Up"は元々1981年の2ndアルバム「Pirates」収録曲ですが、今回はこの曲のライヴ・ヴァージョンを。これを含め、彼女の名曲たちをアコースティック・ライヴ(いわゆるunplugged)としてパッケージした「Naked Songs」(1995)から。
歌は、何人かの登場人物の会話やなんてことはないちょっと下世話な出来事が語られながら、「(今を)思いきり楽しみましょ(Living it up)」と言っています。しかし、額面通りに受け取れない空気感を感じてしまいます。
根底にある倦怠感というか、閉塞感、淀みのようなもの。可視できるものではなく、心の奥底に少しずつ堆積していくような錘のようなもの。語尾がほとんど聴こえなくなる曖昧さを纏うRickieの歌声は、そんな不安定さ、不安さを表しているようにすら感じます。
「もうどうでもいいわ、楽しくやりましょ…」そんな投げやりな心の声が聞こえてくるような。とにかく怠い。なんだか不安。とても無気力。かといってこれは絶望や失望ではない気がします、そこまで完全に堕ちていない。生きてはいるけど息苦しい感じ。なんだろう、この感覚…?
それは、無邪気で夢見がちだった、無垢な時期の終焉。
…私はそう捉えています。怖いもの知らずで何も知らない若者が、ある日突然気づく、それがまかり通らない世界。夢の延長線上にあったと思っていたはずの現実は、全く逆の方向にあった。繋がってもいなかった。そんな現実が付きまとい始める、「いい加減にしろよ」と言いながら。嗚呼語彙力…
日本語に訳すとちょっと意味がわからなくなるというか、文学的な詞で人称代名詞がごちゃっとしているため難解に見えるかもしれません。でもなんか、何もわからなかった若かりし日の「青春の終わり」を感じさせる気がします…て全然違ったらすみません。
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