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(音楽話)134: Mariah Carey "Oh Santa! ft. Ariana Grande, Jennifer Hudson" (2020)
クリスマス特集 #4 「クリスマスは私のもの」
ヒト: Mariah Carey
Mariah Careyについて、今さら説明する必要はないでしょう…と言ってみて思ったのですが、ほぼ誰もが知っているシンガーってとんでもなくスゴいことです。全世界の大多数にとって会ったこともない他人なのに、彼女の歌う曲、容姿など、なんとなく知っている…政治・経済・社会・スポーツ・エンタメのどの世界だろうが、そんな存在はほとんど居ません。音楽界でいうなら(バンドを除くと)Elvis Presley, Michael Jackson, Stevie Wonder, Frank Sinatra, Bob Dylanー最近だとBeyoncé, Taylor Swiftなど…まさにスーパースターと呼ぶに相応しい。
1969年米国ニューヨーク州ロングアイランド生まれ。彼女の生い立ちは色んなところで語られているので省きますが、決して幸せな幼少期ではなかったようです。南米/アフリカ系黒人の父とアイルランド系白人の母の間に生まれ、人種差別や家庭内暴力などに遭いながら、音楽が唯一の救いだったというMariah。高校卒業後マンハッタンに出てシンガーを志し、ひょんなことからCBSレコード社長にデモテープを渡したところデビュー契約に辿り着き、90年に"Vision Of Love"でデビューします。「7オクターブの音域を持つ歌姫」というキャッチフレーズと共に曲中で出たホイッスル・ヴォイスは衝撃的で、私も当時をよく覚えています。彼女の高音域は声というよりホイッスル、犬しか反応しないのでは?なんて言われてもいましたっけ。
"Love Takes Time", "Someday", "Emotions", "Dreamlover", "Hero", "Fantasy", "Honey", "My All", "Loverboy", "We Belong Together", "Touch My Body"…カヴァー曲では"Without You", "I'll Be There"などなど。90-00年代に無数のヒット曲を生み出し続けました。特に90年代は先輩・Whitney Hustonと並び称され、「Diva/ディーバ=歌姫」という呼称を日本にも一般化させた張本人でもあります。
一方プライベートでは、彼女のデビューを請け負ったCBSソニー社長と93年に結婚するも98年に離婚(夫のDVが原因)、その後2008年に俳優と再婚して11年に双子が誕生しましたが16年に離婚。キャリアとは異なり決して順風満帆とは言えなかったプライベートは彼女の精神を蝕み、双極性障害になっています(現在も治療中かも)。彼女の光と影は非常に色が濃い気がします。
曲: Oh Santa!
Mariah Careyのクリスマス・ソングといえば、100%、同じ曲を私たちは想像すると思います。そうです、"All I Want For Christmas Is You"ですよね。
1994年リリースのホリデー・アルバム「Merry Christmas」に収録されたオリジナル曲で、当時大人気だった彼女の勢いが全面に表れた名曲。彼女自身が曲作りに関わっていて、ゴスペル調でありながらしっかりソウルフル、ピアノの軽快なバッキングとクリスマスらしい鈴系パーカッションの鳴り、意外と凝っているコーラスワークなど、とても緻密に作られています。これまで全世界で累計1,300万枚以上売れた楽曲と言われ、毎年クリスマス時期になると米国チャートの1位に還ってくる曲であり、もはや年末米国の風物詩的存在です。
(↑の動画は"Make My Wish Come True Edition"として楽曲をリマスター&MVを撮り直したもの。2019年12月に公開され、これを書いている2024年12月時点=5年間で再生回数6.7億回…季節限定な曲であるにもかかわらずこの再生回数はまさにモンスター級)
この曲も素晴らしいのですが、今回はあえて別の楽曲を。Mariahの大御所ぶりというか、米国エンタメ界での存在の大きさを顕著に表している"Oh Santa!"を取り上げてみました。
この曲も彼女オリジナル。元々は2010年リリースのホリデー・アルバム「Merry Christmas II You」収録のシングルですが、当時はほとんど売れませんでした。この頃は彼女のキャリア的には低迷期、注目されても音楽面ではなく言動や容姿のことばかりで、しかもその多くは揶揄・冷笑の類い。風当たりが強かった時期です。
(↓の動画がオリジナルです)
そんな冬の時代を経て、彼女の影響を受けた多くのシンガーが米国チャートを賑わせるようになった10年代末頃から、彼女は再評価されていきました。その現れのひとつが、今回紹介するバージョンの"Oh Santa!"です。
2020年、Apple TV+が「Mariah Carey's Magical Christmas Special」という特番を放映しました。ひとつの物語が軸となり、出演者の演技が入りつつ、要所要所で歌が入り、クリスマス気分を高めていくエンタテインメント・ショー。これは1950-60年代から脈々と受け継がれる、米国でよくみられた年末特番のフォーマットそのもので、Frank SinatraやBing Crosby, Judy Garlandなどの歴代大スターたちがクリスマスに届けていた伝統芸能をMariahが受け継いだわけです。
主人公は勿論Mariah。プロットにはこう書かれています。
“Faced with a holiday cheer crisis, the North Pole knows there’s only one person who can save the day: Santa’s great friend Mariah Carey. The Queen of Christmas creates a fabulous and star-studded spectacular to make the whole world merry!”
クリスマスの危機に立ち上がった、サンタクロースの親友・Mariah。クリスマスの女王である彼女が繰り広げる、最高のエンタテインメント・ショー!、といったところでしょうか。
所々でゲストが加わるのですが、そこに登場したのがJennifer HudsonとAriana Grande。共に米国大人気オーディション番組「American Idol」出身で、Mariahの曲を歌って勝ち上がったという共通点があります。当然、Mariahは彼女たちにとってヒーローなわけです。
(↓過去記事ですがJennifer・Ariana共に書いてます。よろしければ↓)
Mariahの魔法で登場するJenniferとAriana。それぞれソロパートはありますが主人公を際立たせるために双方控えめなヴォーカリゼーション。Mariahは全体を俯瞰しつつ、キメの部分はちゃっかり持っていく。縦関係がしっかり見える構図です笑
楽曲自体、原曲よりもサウンドは抑え気味。よりR&B感が強いリズム音と低音部分(ドラムス、ベース)。横ノリだけでなく縦ノリ要素も強めなので、聴いていて思わず身体が動く曲調です。
そんな曲でこの3人が一緒に歌えばそりゃあゴージャス。素敵な曲です。
私が私でいられること
歌詞は今回載せませんが、ちょっと寂しい曲だったりします。
主人公がサンタにお願い事をしているのですが、それは「彼を私に戻してちょうだい」。既に別れている彼には新しい彼女がいて、一緒にいるところを見掛けてたけど、その彼女は彼に似合ってない。やっぱ私が一番相応しいの、だからサンタ、彼を元に戻してよーーーという未練が歌われています。
この楽曲制作当時(2010年)、Mariahは再婚して間もない頃で、この翌年には念願の子ども誕生というタイミング。幸せいっぱいだったはず。でもこの歌詞の寂しさは、どこから来たのでしょう?
私の勝手な深読みですが、この頃のMariahは自身の幸せを掴むことに一生懸命な一方で、仕事への執着も相当あったのだろうと思います。どちらかを優先させるのではなく、両方維持もしくはもっと良くしたいという飽くなき欲が、彼女を突き動かしていたのではないか。
悪いことでは決してありません。しかしそれゆえに、そのストイックさゆえに、精神バランスは不安定になり、周囲から時に問題児扱いされるような状態であったことも確かでしょう。要は、非常に苦しい時期だったのではないかと思うのです。
その季節を乗り越え、このMVの頃には(2020年)心身の余裕が少し出てきたのかもしれません。だからこの曲を再演した、しかも二人の豪華ゲスト付きで。
正直、彼女たちの人気に肖って、という目論見もあったと思います。しかしそれ以上に、この曲を明るく、ベテランの風格と貫禄を示しながら「ねぇサンタ!」と歌うことができるくらい、彼女は強くなったーーー私にはそう見えます。余裕綽々に、人生を振り返ることができるくらい。
「私が私でいられること」。これ、最も難しいことだと思います。
それをMariah Careyは、濃淡の激しい自身の人生を通して見せてくれていると思いますし、その大切さ、かけがえのなさを教えてくれているのかもしれません。
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