(音楽話)110: Samara Joy “Guess Who I Saw Today” (2023)
【成熟とは】
「成熟」。年月、経験、反省、思慮、気概などがすべて合わさって生み出される進化、とでも言いましょうか。それに対して類義語「成長」は、これらの要素のどれかが欠けても成立する伸び、という感じかしら。あくまでも私見ですが、「成熟」と「成長」にはかなりの開きがあるように思えます。
例えばJohn Lennon(この投稿のリリース日10/9は彼の誕生日)。
The Beatles当初は"Please Please Me"だの"I Want To Hold Your Hand"だの甘々で偏った言葉ばかり紡いでいた彼は、"Nowhere Man"や"In My Life"で少しずつ人生と向き合い始め、"Julia"で母と向き合い、"Revolution"で世界と向き合うようになりました。視野が拡がっていった過程がよくわかるのですが、これは成長であって成熟ではありませんでした。
しかしBeatles解散後のソロ・アルバム「John Lennon / ジョンの魂」に収められた"God"で、大きな変化が起こります。そこでは家族も、世界も、神も、The Beatlesも、全てを清算する彼の姿がありました。「夢は終わったんだ / The dream is over」と言って全てを否定しなければ、彼は前に進めなかった。これは成長ではありません、それまでの全ての薬も毒も飲み込んだ上で放たれた彼の覚悟であり、まさに成熟と呼ぶに相応しいものでした。
以降、時に私的に、時に政治的に、時にナンセンスに、フォームを変えながら70年代を駆け抜けたJohn。息子Seanの誕生で音楽活動を休止し、息子の成長に寄り添い、1980年に再び音を奏で始めた矢先、彼は凶弾に倒れて逝ってしまいました。翌年にはライヴツアーが計画されていたことが後年明らかになっていますが、父となったJohnがどんな音楽キャリアを積んでいったのか、どんな成熟ぶりを見せてくれたのか、妄想は尽きません。
何が言いたいかというと、JohnはThe Beatles時代に成長し、ソロ時代に成熟したのです。世界で一番成功した人間が辿った道程は本当のところは誰にもわかりませんが、20代から30代にかけて彼は人間として熟成されていったように思います。
さて、今回のSamara Joy。音楽一家の家庭で育ち、芸術系高校に入学してブラスバンド部に所属しながら歌を歌い、すぐにコンテストで優勝。その頃に初めてジャズに触れ、Ella FitzgeraldやSara Vaughanなどを歌うようになります。そして2019年、Sara Vaughan International Jazz Competitionで優勝しシンガーとしてデビューすることになります。2022年発表の2nd アルバム「Linger A While」は批評家筋にも好評を得て大ヒット、その年のGrammyでジャズ系2部門を受賞するに至ります。
この映像は2023年、米国人気トーク番組「Late Night with Jimmy Fallon」出演時のライヴから。曲は"Guess Who I Saw Today"。「街に買物に出かけたら、あなたが誰か素敵な女性と一緒にいるところを見かけた…ような気がするけど、これって気のせい?」という、文字通りには受け取れない色んな感情が交差する曲です。
彼女、当時23歳。
もう一度言います、23歳です(1999年11月、米国ニューヨーク・ブロンクス生まれ)。信じられない…こんな大人びた声と若者の感情を同時に持ち合わせたシンガーなんて、ほぼ見たことがありません。強いて言うなら…美空ひばりくらいなものです。
Samaraの声の深さ、中低音がもたらす安定さ、文字面だけでは説明できない歌詞の抑揚など、天賦の才だけではない力を感じます。恐らく聴く耳を持っているのかもしれません。軽く歌っていますが歌の世界を歌わされている印象は全く受けず、自分の言葉として歌詞を咀嚼し、苛立ちや焦り、不安を表しているように思えます。
語彙力が圧倒的に足りないので笑、同じ曲で比較してみましょう。以下は私も大好きなCarmen McRaeが1957年に歌った同名曲です。当時Carmen37歳。先程のSamara23歳と比べてみてください。
Carmenの歌声には、仄かな微笑というか、苦笑いというか、少し悲しさを帯びているように思えます。それに対してSamaraの歌声には、真正面から迫る覚悟というか、不安というか、少し嫉妬を帯びているように思えるのです。
つまり、Samaraの声には青白さを感じ、Carmenの声には哀愁を感じるのですが、皆さんはいかがでしょうか?言い換えると前者が成長を、後者が成熟を表しているのではないかと。
スタンダード・ナンバーなので歌詞・和訳は今回止めておきます。とにかく、このふたつの"Guess Who I Saw Today"を聴き比べながら、自分がどちらにより感情移入しやすいか、感じてみるのも一興です。恐ろしいほどの才能の成長に微笑むか、達観した表現の成熟に唸るか…
私ですか?今日の私の気分は前者でした。恐らくすぐに変わるでしょうけど笑
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