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(音楽話)120: 松尾和子 “再会” (1979)
【酔わされ続けて】
どうでもいい話ですが、時代・ジャンル不問で音楽を貪り食ってきた私にとって、幼少期のムード歌謡との出会いはあまりに影響が大きく、私を構成する重要な要素のひとつになっています。
特に昭和50年代前半、時々テレビ放映していた懐メロ番組で私は多くのムード歌謡に触れました。和田弘とマヒナスターズ、鶴岡雅義と東京ロマンチカ、黒沢明とロス・プリモス、淡谷のり子、ディック・ミネ、青江三奈、フランク永井…ムーディで、落ち着きがあって、ハワイアンギターの切ない音色、色気あるファルセットなコーラス、なにかが零れていきそうなしっとりヴォーカルなど、(歌詞の意味はあまりわからないけど)私には大きな衝撃でした。そして、そんな世界観に漠然とした憧れを持ちました。
簡単に言うと、子供心に「観てはいけないものを観てしまった」「聴いてはいけないものを聴いてしまった」という感覚。ムード歌謡の世界があまりに大人な世界であることに眩暈がしながらも、憧れたのです。
私の両親は昭和1ケタ生まれで、若かりし日の彼らの娯楽は映画と音楽とダンスと酒(と賭博)くらいしかありませんでした。よって、音楽への執着というか記憶力が非常に強かった。軍歌もスタンダード・ナンバーもムード歌謡も演歌もすべて心に深く根付き血肉になっていて、歌詞も含め、楽曲に関することをよく覚えていました。歌手のこと、歌のこと、流行った当時のことなど…彼らの話を聞くのは子どもの私にはとても刺激的で、自分の知らない世界の扉が少しずつ開いていくようなワクワク感がありました。
戦後、駐日米軍基地のクラブでジャズやダンス音楽を演奏していた日本人バンドたちが、やがて銀座や赤坂のクラブやキャバレーでも演奏するようになり、日本の歌謡曲のエッセンスと混ざって組み上がっていったムード歌謡。ジャズ要素が強く、マイナー・コードがベースで、スロー・テンポ。ハワイアンやラテンのテイストが楽器の音色として混ざり、良く言えばムーディ、悪く言えば如何わしい音楽。歌詞は演歌の世界にも通じるものがありますが男女の別離についてのものがほとんどで、不幸、嫉妬、気障、未練など、耽美的で目の焦点が霞むような、非常に独特な世界観です。
ムード歌謡の中でも特に大好きな和田弘とマヒナスターズ。"泣かないで"、"夜霧の空の終着港"、"お百度こいさん"はもちろん、女性ヴォーカルとの共演で"北上夜曲"(多摩幸子)、"寒い朝"(吉永小百合)、"愛して愛して愛しちゃったのよ"(田代美代子)など、数多くのヒット曲があります。その中でも松尾和子との共演は数々の名曲を生み出し、"誰よりも君を愛す"(1959)はムード歌謡の代表曲のひとつになっています。
男性のファルセットと女性の中低音なヴォーカル、エコーがかかるトランペットの気怠さ、ユニゾンで鳴るハワイアンギターの寂しさが、「あなたがいるから 明日も生きられる」「幾年月 変わることなく 誰よりも君を愛す」という歌詞を余計虚しくさせます。額面通りに受け取れない歌詞の裏に、叶わぬ恋、諦めの恋すら感じる…作詞・川内康範と作曲・吉田正の世界観、実に見事です。
(音像が圧倒的に夜を感じさせるのはなぜなんでしょう…本当に素晴らしい)
松尾和子は1935年東京蒲田の生まれ。戦後米軍キャンプやクラブで歌っていたところ、フランク永井にスカウトされ1959年デビュー。吉田正に寵愛され、フランクとのデュエット"東京ナイトクラブ"(これもムード歌謡の代表曲)、マヒナスターズとの"誰よりも君を愛す"や"お座敷小唄"など、「ムード歌謡の女王」と呼ばれるに相応しい活躍を見せます。
私が彼女を知ったのは実は歌ではなくて俳優として。ドラマ「池中玄太80キロ」(主演・西田敏行)が最初でした。子供にとってはオバサンでしたがそれでもどこか綺麗な人だなと思っていたところ、「この人の歌はすごいんだぞ」と父母に教えられ、"誰よりも君を愛す"を聴くに至ります。そして虜になったのです。
"再会"は昭和35年(1960)発表のソロ曲。まだ売り出し中だった彼女に書き下ろされた、作詞・佐伯孝夫、作曲・吉田正の、これも名曲。歌詞に「監獄」とあるように、罪を犯し刑務所にいる好きな人を想う主人公の、「あぁあぁ」にいろんな感情が漏れていきます。
この動画は昭和54年(1979)大晦日のテレ東特番「第12回年忘れ大行進」出演時とのこと。フルコーラスではありませんが、当時40代半ば、色気ダダ漏れの松尾和子の強烈な歌唱です。彼女の特徴のひとつ「あ段の言葉の音が伸びる時、吐息混じりで声が掠れる」がよく表れていて、その掠れ具合がもう…堪らなくセクシーで切ない。
もう、松尾も、マヒナスターズの面々も、吉田も、佐伯も、川内も、今は亡くなっています。とても残念ですが、彼らは確実にひとつの時代を彩り、当時の人々の心を歌で和ませ、泣かせ、夢見心地にしてくれています。そして現在も、私は彼らの音楽に酔わされ続けています。
月曜日から不摂生かもしれませんが…
一杯、どうですか?
逢えなくなって 初めて知った
海より深い 恋心
こんなにあなたを 愛してるなんて
あぁあぁ鴎にも わかりはしない
みんなは悪い 人だというが
わたしにゃいつも 良い人だった
ちっちゃな青空 監獄の壁を
あぁあぁ見つめつつ 泣いてるあなた
仲良くふたり 泳いだ海へ
ひとりで今日は 来たわたし
再び逢える日 指折り数える
あぁあぁ指先に 夕日が沈む
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