(音楽話)73: 五輪真弓 “空”
【雄大】
五輪真弓 “空” (1986?)
私の父は、LPやカセットをほぼ持っていなかった人間でした(母も持ってなかった)。そのため音楽が家の中で溢れていたわけではなく、幼少期の私が家の中で音楽に触れる場面は、両親の鼻唄で聴く流行歌、軍歌たちか、TVで時々やっていた懐メロ特番くらいなものでした。
しかし父が持っていた数少ない音楽ありました。五輪真弓のアルバム「恋人よ」のカセットテープ。1980年に発表された五輪の9枚目のアルバムで、その名の通り、大名曲”恋人よ”が収録されています。父はこの歌が大好きで、時々鼻唄を歌ってましたし、私自身も好きな曲で数え切れないくらい聴き倒し、今でも完璧に歌詞を暗記しています。
五輪真弓は日本の女性SSWの元祖といっていい存在です。
51年東京都生まれ。高校時代に友人とフォーク・デュオを結成し活動を始め、ソロになってラジオ番組のオーディションに合格、デビューを掴み取ります。そのデビューは72年、海外レコーディングという破格な待遇。しかも米国ロサンゼルスで行われたアルバム「少女」のレコーディングにはなんと、Carole KingやCaroleの当時のチームが多数参加したのです。
当時、日本人歌手が海外でレコーディングすること自体珍しく、あるとしても「海外録音」という箔を付けたいがための物見遊山的なものが大半でした。しかし五輪の場合、デモテープを聴いたCaroleたちがレコーディング参加を承諾したらしい。つまり五輪は、海外の錚々たる面々と完全に対等な関係で音楽制作を行った最初の日本人歌手であり、彼女は最初から、他の日本人歌手とは全く違う地平にいたのです。
その後、大村憲司や村上ポンタ秀一、石川鷹彦などとライヴ共演したり、細野晴臣や鈴木茂らとセッションしたり、非常に高次元な音楽を作り続けました。結果、細野たちと作ったアルバム「Mayumity」(76)は海外、特にフランスで高い評価を得、現地でのアルバム制作を打診されて全編フランス語のアルバム「MAYUMI/えとらんぜ」を発表(77)。さらに82年の曲”心の友”は、インドネシアのラジオ関係者が気に入って現地ラジオでかかまくり、当時のインドネシア人で知らない人はいないほどの認知度に至りました。普通の日本人シンガー/ミュージシャンとはスケール感が違います。
五輪の代表曲といえば”恋人よ”。これに異論を挟む人はいないでしょう。極めてシンプルな曲構成、メロディ、サウンド、歌詞、彼女の歌声のやるせなさや寂しさ。タイムレスでエイジレスな楽曲ーーー売れないわけがない。老若男女全てに浸透したこの曲は数多のカヴァーを生み、あの淡谷のり子や美空ひばりでさえ、コンサートのセトリに入れて歌った事実。一生に一度、あるかないかの奇跡的な楽曲を作ってしまった彼女は、正直その後、音楽制作に苦しんだことは想像に難くありません。
しかし、彼女のマイペースぶりというか、器の大きさは想像以上。その証拠がこの”空”です。
映像ライヴの時期は不明ですが、恐らく80年代後半〜90年代初頃のものかと。85年のアルバム「風の詩」収録曲で、これもまた、至ってシンプルな曲構成ながら独特の譜割、メロディの雄大さ、歌詞の普遍性を持っています。それだけに、感情面の出し方が非常に難しい。それを五輪は、聴きやすい声質をフルに活かして、淡々と、大きなスケール感で歌い上げています。勇気をもらえる歌の美しさに涙が出そうです。女性の誰か、歌ってくれないかなぁ…。
(ミックスが立体的なのでイヤホン推奨。歌が降ってきます)
五輪の楽曲はどれも、高い普遍性・汎用性を持っていて、それを極めてシンプルに鳴らします。故に非常に難易度の高い音楽。もっともっと、評価されて然るべきSSWです。
ちなみに…概要欄にある通り、この曲は当時カメリアダイヤモンド(じゅわいおくちゅーるマキ)のCM曲に使われたことで話題になりました…カメリアダイヤモンドのCM(「CF/コマーシャル・フィルム」と言ってた)って懐かしいですねぇ。商品説明ではなくコンセプトのみを打ち出す手法で、男を手玉に取るかのような女性の強さ・しなやかさを全面的にフィーチャーしていた。今観ても独特でカッコいい。機会あればYouTube「カメリアダイヤモンド」で検索を笑
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高層ビルの群れが
砂漠の中の 蜃気楼に見える
都会の朝
がらんとした空に 響き渡る鳥の声
忘れられた静けさが 今よみがえる
空…空…
おまえが生きている こんな日は心も澄む
空…空…
夢はまだ失くさないさ
雨があがった路
水たまりには ゆれる街路樹よ
都会の朝
ぽつんとひとつぶ 名残惜しむしずく
眠っていたざわめきが 今目をさます
空…空…
おまえが生きている こんな日は心も澄む
空…空…
愛はまだこの胸に
(五輪真弓 “空”)
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