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(音楽話)113: Paul McCartney and Wings “Wild Life” (1972)
【不退転の覚悟】
2024年10月現在、生存する全音楽家の中で最も成功した人物は、Paul McCartneyでしょう。なんといってもThe Beatlesの存在が大きいわけですが、彼がバンドの音楽的中心だったことは意外と認識されていないように思えます。
The Beatlesは元々John Lennonが組んだバンドですし、実際Johnがバンド・リーダーでした。しかし1962年のデビュー後、数々のヒット曲を生み出していく過程でPaulの才能が他の3人よりも明らかに大きく華開いたことは間違いありません。元から器用な人ですが、音楽的な探究心が人一倍強く、ピアノも派手なリード・ギターも時にはドラムスもこなすマルチ・プレーヤーに進化していきました。さらにコード進行、メロディのフレーズ、アレンジのアイデア、多方面から取り込んでくる見知らぬ楽器たち、アルバムのディレクションやデザイン、バンドのブランディングに至るまで、Paulがいなければ特に60年代中期以降のThe Beatlesの楽曲はどれも、今の形を成していなかったと思います。
Johnも、George Harrisonも、Ringo Starrも、それぞれとても才能溢れるミュージシャンです。しかしPaulは圧倒的にその中で抜けた存在。彼の作る楽曲のジャンル幅、メロディの明快さ、曲構成の巧みさ…比肩できる人間は恐らくいないと思います。
(The Beatlesとは、3人と天才と1人の秀才が必然的に集ったバンドだったと私は思っています。Paul、George、Ringoが天才、Johnが秀才…ここら辺の話はいつかガッツリ書く予定です)
具体例を出しましょうか。
Johnは"Revolution"で強烈な政治的メッセージをヘヴィなディストーション・ギターで歌った一方、"Across The Universe"のように簡素な言葉で心の内面の平穏を呟きました。多感で繊細、自分の外側の世界の変化に神経質であろう、彼らしい素晴らしい曲たちです。
一方、Paulの楽曲で"Blackbird"があります。一聴すると素朴で励ましの意味合いを込めたアコースティックで美しい曲ですが、当時の公民権運動に触発された彼なりのプロテスト・ソングだったと、後年本人が明かしています。
軽やかで温かいメロディと歌詞なのに、裏テーマが実は重い…このギャップは、Johnの作風にはほぼ見られません。"Revolution"と"Across The Universe"(発表は共に1968-69年)を合体させた曲はJohnのライブラリにはありませんが、"Blackbird"が発表された1968年当時、Paulにはその意識が既にあったということになります。
いや、どちらが優れているかを言いたいわけでは全くありません。アイデア、テクニック、歌詞、アレンジなど、Paulがいかに稀有な才能を持っているか…単に「Paul McCartneyの才能は本当に恐ろしい」と言いたいだけです。勿論、Johnの前述2曲はそれぞれ超絶カッコよいのですよ。
1970年The Beatles解散後、Paulは10年周期くらいでキャリアを変化させていきました。
60年代=The Beatlesで活動
70年代=主にバンド・Wingsとして活動
80年代=ソロとして著名ミュージシャンやシンガーと積極的にコラボ
90年代=自身のバンドを率いてワールド・ツアー
00年代=ソロ・ミュージシャンとして活動、少し内向的
10年代以降=再びワールド・ツアーを行うべくバックバンドを従えて活動
The Beatles解散後、一番批判を浴びたのはPaulでした。70年代初頭ソロ・アルバム2作「McCartney」「Ram」で彼は成功はしましたが、世の中からの誹謗中傷は止みませんでした。4人の中で一番最初にバンド脱退を正式表明したのが彼だったこと、バンドの権利問題に関する法廷闘争がPaul vs. John・George・Ringoという構図だったことなどがその理由で、「The Beatlesが解散したのはPaulのせいだ」「Paulが金に目が眩んでバンドを私物化しようとしたからだ」という考えを持つ者が一定数いたのです。彼への風当たりが非常に厳しかった時期でした。
しかしPaulは、自身の音楽でその逆境を跳ね返そうと考えていました。それは、新たにバンドを組むというものでした。
「Ram」で参加したDenny Seiwell(Dr)と、旧知だったDanny Laine(G)に声をかけ、当時の奥さんLinda(Key)と共にバンドWingsを結成。1971年12月にアルバム「Wild Life」をリリースします。短期間レコーディングのせいか粗いサウンド・プロデュースは評論家筋にはウケが悪かったもののアルバムはそこそこ売れ、翌72年のツアーにはHenry McCullough(G)を加え5人編成となります。
今回の映像はその当時制作された映像作品、つまりTV番組に自身を売り込むプロモーション・コンテンツ。冒頭の違和感ありまくりのPaulのMC映像を経て、ヨーロッパ公演(多分オランダ公演)での”Wild Life”ライヴ映像が流れます。
(この映像作品は完成までかなり時間が掛かり、その間にバンドメンバーが変更になったせいもあって一旦お蔵入りしていましたが、2018年に遂に公開されています)
スローテンポなロック・バラードというかブルースぽい演奏。私はこの演奏の、間奏後すぐにブレイクした時の一瞬の暗転が大好きで、いつかライヴでやってみたいと目論んでいるのですが…ライヴハウスから怒られそうですよね、暗転はさすがに笑
メンバー全員、お世辞にも趣味が良いとは言えないギラギラの服装で統一されている点はちょっと引いちゃいますが、歌詞は示唆に富んでいます。直接的には「俺たち人間が頂点だなんて奢りだ、動物だってやりたいように生きたいはずだ」みたいな動物愛護な歌詞ですが、「みんな好き勝手なことばっかり言いやがって、俺だって言いたいことがあるんだ」と読めなくもない。あれこれ批判されていたPaulの心の叫びにも聞こえます。
当時の彼の心の深淵は誰にもわかりませんが、ソロ作の成功を経てもThe Beatles解散の批判を浴び続けた彼にとって、The Beatles以上の音楽的な成功を勝ち取るんだという意欲、野心、必死さが、この映像からは伝わってきます。結果、その後の"My Love"やアルバム「Band On The Run」「Venus And Mars」の大ヒット、全米ツアーの大成功があり、彼はWings全盛期、こう発言しています。
「The Beatlesの再結成?誰がそんなものを求めているんだい?今が最高なんだよ。それ以上のものなんて無いさ」
この映像には、絶対に成功してやるという彼の不退転の覚悟が感じられるのです。
それは散歩してた時さ ある日アフリカの公園をね
標識を見たんだ 「動物優先」って
ワイルドライフ 一体どうなってるんだ?
ワイルドライフ 動物園の動物ってこと?
君らは何かに熱くなり過ぎてて
政治的にナンセンスなことを垂れ流してる
君らは困った存在になってる
そこで生きる人たちにとって
流行り廃りを追いかけ過ぎてるから
自分がどこにいるかわかってないんだよ
ワイルドライフ 一体どうなってくんだ?
ワイルドライフ 動物園の動物のようだぜ
立ち止まった方がいいよ!
そこら中動物だらけじゃないか
人間が頂点なら 動物だってそうさ
だから人間よ せいぜい気をつけるんだな
ワイルドライフ 一体どうなっていく?(何が起ころうと どうなろうと)
ワイルドライフ 動物園の動物みたい(何が起ころうと どうなろうと)
ワイルドライフ 動物園の動物と同じじゃないか
ワイルドライフ 一体どうなっちゃうんだよ?
(何が起こるか わかりゃしない)
ワイルドライフ…
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