(音楽話)109: Daryl Hall and Cheap Trick “Surrender” (2024)
【降参、降参】
2023年11月、非常に残念なニュースがありました。ブルー・アイド・ソウルの盟主として、ロックンロールやポップネスの要素も取り込んだ独自の音楽キャリアを進んでいたHall & Oatesの不仲が表面化。彼らが運営していた合弁会社の株を「John Oatesが不意打ちで売却しようとしている」として、Daryl Hallが訴えたのです。その後、2024年6月のインタビューでDarylから出てきた言葉は、ファンにとってとても悲しいものでした。
一方のJohnは別のインタビューで「Darylのことを悪く言うつもりは無いよ。でも俺たちはお互いに別々の人生の計画があるってこと。それなりに歳も取ったし、もういいんじゃないかな」と言っています。
恐らくもう二度と、彼らが並んで"Private Eyes""Sara Smile""Wait For Me""Maneater""Out Of Touch""Kiss On My List"などを歌う日はやってこないでしょう。もう70代後半、人生の終焉に向けての最良は「自分のやりたいことをやること」なはず。その意味では、彼らそれぞれのこれからの人生が素晴らしいものになることを、ファンとして祈るほかありません。
そんなDaryl Hallは、2007年からTV/ネットで音楽番組を配信しています。タイトルは「Live from Daryl's House」、通称LFDH。Darylと彼のバンドが毎回ゲストをDarylの自宅スタジオに招いてライヴ演奏し、合間で食事をとりながらゲストの音楽キャリアの裏話を聞くというものです。YouTubeにチャンネルがあるのでご覧になったことのある方も多いでしょう。
Darylの幅広い交友関係からやってくる大物ミュージシャン、彼を慕う若いミュージシャンなど、出演者の豪華さは言うまでもありません。Sammy Hagar, Joe Walsh, Tommy Shaw, Kenny Loggins, Todd Rundgren, Nick Lowe, Dave Stewart, Billy Gibbons (ZZ Top), The O’Jays, Aaron Neville, Wyclef Jean, Smokey Robinson, Booker T & The MGs, Ben Folds, Rob Thomas, John Rzeznik (Goo Goo Doll's), Patrick Stump (Fall Out Boys), Shelby Lynne, Lisa Loeb, Robert Fripp, Howard Jones…などなど
もちろんJohn Oatesも過去数回、ゲストとして出演しています。だからDarylの言う「ここ数十年、ライヴをやるだけの関係」というのは私は嘘だと思っています。そこまで仲が良くないなら、自分の番組に出す必要はないですもの。確かに関係性は拗れましたが、彼らには私たちの想像を超える深い絆があると思う…いや、そう信じたいです。
さて、この動画。今年3月頃のCheap Trick出演回から。
1974年、米国イリノイ州で結成されたCheap Trick。77年にアルバム・デビューして2ndアルバムが日本で大ヒット。武道館公演は完全にアイドル・コンサート状態の大歓声。その人気ぶりが米国にも波及し、1988年のアルバム「Lap Of Luxury」が大ヒットするに至ります。
彼らの売れ方はQueenととても似ています。自国でデビューもあまり売れず、なぜか日本で大ウケして日本公演大成功、その影響が自国に波及して本格的に世界的に売れ出す…興味深い現象です。
日本で売れた理由は…ルックスの影響があったことは間違いありません。Cheap Trickのヴォーカル・Robin Zanderとベース・Tom Peterson、Queenのドラムス・Roger Talyorとギター・Brian May…いわゆるイケメン枠。勿論キャッチーな音楽性もあったとは思いますが。
Cheap Trickはその後メンバーの入れ替わりや出戻りなどがありますが、ドラムスのBun E. Carlosがチームから離脱。体調不良と言われていましたが実は仲違いで、最終的には訴訟問題に発展。結局、Bunは現在もバンドの正式メンバーという扱いですがバンド活動には一切参加せず、現在ドラムスはギター・Rick Nielsenの息子、Daxxが叩いています(正式メンバーではない)。Rickの親心というか思惑が透けて見えてしまう構図ではあります…。
まぁ、規模が大きくなればなるほど、権利問題や人間関係の拗れで契約事が複雑になる、仲が悪くなるって、あるあるですね本当に。
"Surrender"は1978年に発表されたシングルで、彼らの最初のヒット曲でした。当時「70年代最高のティーン讃歌のひとつ」と言われてから幾星霜、70代も半ばとなった彼らが、同年代のDarylと共に「もう降参だ でも俺は自分を譲り渡すなんてことはしないよ」と歌う…なんか違う意味にも取れそうでしみじみとしてしまいます。
私のCheap Trick体験は、確か1982年、FMラジオで聴いた"If You Want My Love"が初めてだった気がします。耳に残ってしょうがないメロディ、裏で鳴っているメロトロンらしきビャー音、そしてRobin独特の力んだシャウトが大好きでした。
ここから始まった私のCheap Trickブーム。特にアルバム「Busted」はリアルタイムに何度も聴きました。全体的にメロディに日本らしきものが入ってるのかなぁ…うまく説明できませんが、今でもお気に入りです。
今回の”Surrender”を聴いていると、とても味わい深い、人生のいろんなものが滲み出てくるような音像を感じます。
原曲発表当時に発していた、若さや無茶や怖いもの知らずやポジティヴネスは、それはそれでとても眩しくてかけがえのないものであり、その一瞬を見事にパッケージしています。それに対して今回の演奏は、70代になった彼ら(とDaryl)がこれまでに経験してきた様々な「降参/Surrender」が脳裏を横切りながら、それらネガティヴネスを経て辿り着いた「それでも俺は生きてるんだ」が鳴り響いている気がします。
(私的には、Robinの力んだヴォーカルに毎回、感情が揺さぶられます。なんなら毎回、泣きそうになってます笑)
豊かに枯れた彼らは、Surrender/降参の先にある力強さを得て、聴く者の心の中の大事なもの…「自分」に強く訴えかけます、「お前を突き通せ、譲るなよ」。
(紹介する全ての音楽およびその画像・動画の著作権・肖像権等は、各権利所有者に帰属いたします。本note掲載内容はあくまで個人の楽しむ範囲のものであって、それらの権利を侵害することを意図していません)