(音楽話)114: Anoushka Shankar “Lasya” (2013)
【心の医師】
Anoushka Shankar。私にとって、彼女は心を癒してくれる存在、心の医師です。
以前から"Nowedian Wood / ノルウェイの森"や"Tomorrow Never Knows"、"Love You To"などでThe Beatlesはシタールを使用していましたが、1967年頃、彼らは本格的にインド音楽・瞑想・精神世界に傾倒します。その先導役はMaharishi Mahesh Yogiという超越瞑想団体の創立者。彼らは実際にインドに行き彼に会いメディテーション等を受けましたが、いろんなトラブルがあり、早々にMaharishiの元を離れます。しかしGeorge Harrisonはすっかりその魅力にハマり、特にシタールの習得に没頭します。その師匠となったのがRavi Shankar=Anoushkaの父でした。
Georgeは生涯Raviを師と仰ぎ慕っていたそうで、Raviも良き友人としてお互い良好な関係を築きますが、Georgeは2001年に、Raviは2012年に亡くなっています。恐らく向こうの世界で、二人で紅茶でも飲みながらシタールのレッスンをし続けているんじゃないでしょうか。
Raviは現代インド音楽最大の功労者といわれ、彼の幅広い音楽活動と啓蒙活動によって60年代半ば以降、インド楽器をフィーチャーしたロック・サウンドが英国で特に流行りました。いわゆるラーガ・ロックです。特にシタールが果たした役割は非常に大きく、現代においてもその音色を使った楽曲が散見されます。
そんな偉大なる父を持つAnoushkaですが、妹は"Don't Know Why"で有名なNorah Jones。Raviの娘2人はとんでもない大音楽家に成長したわけです。
Raviが61歳の時、1981年に英国ロンドンで生まれたAnoushkaは、10代は米国カリフォルニアで過ごします。幼少期からシタール奏者を目指し、Raviの弟子にシタールを習って13歳の時にRavi75歳の生誕パーティで初舞台を経験。1998年にアルバム・デビューして以降、2003年Grammysにノミネートされるに至ります(そのGrammysでは妹Norahもノミネートされています)。その後も定期的にアルバムを発表して精力的にライヴ活動もこなし、様々なミュージシャンの楽曲にも客演、今やインド音楽界の重要人物のひとりとして名を馳せています。
"Lasya"は、2013年発表の7thアルバム「Traces of You」収録曲。映像をご覧の通り、生演奏のPVになっています。
シタールは元々インド北部の伝統楽器で、ベーシックなものは19弦もあるんだそう。Anoushkaのは何弦あるかちょっとわからないのですが、あれだけ幅が太くて長い楽器を使って左手が素早く動くこと動くこと…しかもチョーキングの幅もハンパなく、超絶ギタリストも唸ってしまうテクニック。さらにそこに被さる2種類の打楽器、ヴォイス・パーカッションも加わって高揚感が増していく。
私はこの曲を聴くと、見晴らしの良い高い丘に拡がる景色が脳裏に浮かびます。向かい風が心地よく吹き、薄青く雲の無い空の中で小さく鳥が数羽舞っている、みたいな。
シタールの「ビャーン」、タブラーバーヤンの「ボゥイン」、パカーワジュの「ポコプゥイン」、マトカーの「プゥワン」…すみません何言ってんだって話ですが、インド楽器の奏でる音がことごとく好きなんです私。とても心地良く、安心して、穏やかな気持ちになるといいますか。実に落ち着く音たちです。
「音楽は聴く者の心の鏡」とよく言われます。ストレスフルで刺々しい時はハード・ロックやデス・メタル、メランコリーでしんみりしたい時はバラードやジャズ。人それぞれ、様々なシチュエーションで聴きたくなる音楽ってあるはずです。
私の場合、Anoushkaに浸る時はきっと、心身疲れた時。
特に心が疲弊して何事も嫌になってしまった時。彼女の音に触れると、前述のような景色や水面に水滴が落ちる音だけが見えるような光景、夜の空を薄く照らす月など、難しく考える必要のない美しい景色を音に乗せて届けてくれるように思えます。
つまり、Anoushka Shankarは私にとって、音像によって癒しの光景を見せてくれる「心の医師」なのです。
…てことで、ちょっと疲れているようです私。気をつけます。
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