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Nirvana "Lithium"(1993)

音楽話143: 美しいこわれもの


今も求められる存在

これを書いている2月20日は、Nirvanaのヴォーカル/ギターKurt Cobainの誕生日。彼がこの世を去ってから30年以上経ちますが、彼とNirvanaの人気は今も健在で、ここ20-30年のバンドたちの中ではダントツだったと思います。いや、ここ100年ほどの音楽史においても、彼は有数の存在感です。

2025年1月7日に米国南カルフォルニアで発生した山火事「January 2025 Southern California wildfires」。被害は甚大で、人的被害は比較的少なく済んだものの、155㎢以上の土地(ニューヨーク全体の3倍の広さ)と1.2万棟以上の家屋を焼き尽くしました。被害総額は1500億ドル/20兆円以上とも言われ、最大規模の災害。地域特有の乾燥した強風と、乾燥した木々の茂みが被害拡大の原因とされていますが、狭くて入り組んだ道路に車を放置して人々が避難したため消防車両が火災現場に辿り着けず、消火に遅れが生じたことも要因とされています。
(この山火事をトランプ氏は「州知事の怠慢だ」「人災だ」と吹聴しまくり。カリフォルニア州は民主党が強い=アンチ・トランプが多いエリアなため、ほれ見たことか!と首を獲ったかのような煽りぶりで、極めて大人気ない、矮小で自分勝手な誹謗だと私は思います)

カリフォルニア州サンタ・ポーザ市の焼跡

この大災害を受けて、The Annenberg Foundationという団体がチャリティ・イベントFireAidを1月30日に開催しました。会場をふたつに分けたこのイベントには、賛同する多くの人気シンガー、ミュージシャン、バンドが出演しました。

[Intuit Dome]
Billie Eilish, EW&F, Katy Perry, Lady Gaga, Lil Baby, Olivia Rodrigo, Rod Stewart, Stevie Wonder, Sting, Tate McRae など

[Kia Forum]
Alanis Morissette, Anderson .Paak, Green Day, John Mayer, Joni Mitchell, No Doubt, Pink, RHCP, Stevie Nicks, The Black Crowes など

FireAid performers

この模様はYouTubeで生中継されたのでご覧になった方もいると思いますが、このイベントにNirvanaが「Nirvana tribute with surviving members」として出演し、特に米国で話題となりました。
編成はメンバー(Dave Grohl, Krist Novoselic)とNirvanaのサポート・ギタリストだったPat Smear(現・Foo Fighters=Daveの盟友)というバンドにゲストが都度参加する形態。以下の通りです。

"Breed" … St. Vincent (vo)
"School" … Kim Gordon (vo, g)
"Territorial Pissing" … Joan Jett (vo, g)
"All Apologies" … Violet Grohl (vo), Kim Gordon (b)


正直な感想を言います、ファンの方すみません。
St. VincentとJoanは、今回のような共演を過去に演ったことがあるので目新しさは正直ありませんでした(Joanは正直言ってパフォーマンス自体もヒドかった)。一方で、グランジの始祖と言ってよいSonic YouthのKim姐さんが出てきたのは驚きで、しかもギターを抱えて"School"を吠える姿に「うをーっ!」と私も吠え、"All Apologies"ではベースを担当したので非常に興奮しました(補足: NirvanaとSonic Youthは90年頃に一緒にツアーを回った言わば戦友)。しかし…その"All Apologies"を自分の娘に歌わせてしまうDaveに、何とも言えない気持ちになりました。
いや、内容をどうこう言っても仕方ありません。それより注目すべき点は、Nirvanaが今もこうしたイベントに(形はどうであれ)出演することであり、彼らが皆の期待と注目、反響を得る存在でいまだ在り続けていること。Nirvanaを超えるインパクトと影響力を持ったバンドが彼ら以降存在しないとも言えます。

努めて諦念

NirvanaそしてKurtが"Smells Like Teen Spirit"の大ヒットで一気に時代の象徴となったのは、1991年9月のこと。それまでは米国シアトルのインディー・バンドだったのに、とんでもない売れ方をしたことで環境が劇的に変わり、特に楽曲制作者でヴォーカルのKurt(当時24歳)には世間の注目が集まりました。取材すると、まともな受け答えをしたかと思えば急に何も話さなくなったり、思慮深いコメントを出したかと思えば放送禁止用語を乱発して煙に巻いたり。危険な匂いのする、サウスポー・ギターでがなりながらシャウトするロックスター。メディアは面白がって取り上げたわけです。

Kurtは68年米国ワシントン州アバディーン生まれ。陽気だった男児は幼少期に両親の離婚を経験し、内気で人見知りの激しいタイプに変貌。パンクやロックを聴き、本を読み耽っていた少年は、14歳でギターを手にし、音楽を演ること、曲を作ることに没頭していきます。
高校が同じだったKristと出会って意気投合しNirvanaを結成。89年にアルバム「Bleach」を制作しますが、当時はほとんど売れませんでした。90年には次のアルバム制作をプロデューサーButch Wigと始めた彼らは、当時のドラムス担当がバンドを去ったことで新たにDaveをメンバーに加え、レコーディングを敢行。そしてメジャーレコード会社DGCと契約し、91年9月24日アルバム「Nevermind」をリリース、そのリード・シングルが"Smells Like Teen Spirit"でした。
「音楽史におけるベスト・アルバム」「後世に絶大な影響をもたらしたベスト・シングル」というお題目があがる度、ほぼ間違いなく毎回上位に出てくるような大名作を生み出した彼ら。リリース後のライヴ・ツアーはどこも大盛況で、ステージ上で暴れまくるNirvanaと、それにアテられて大暴れする観客、時に暴動騒ぎになるほどの荒れぶりは恰好のメディア・ネタになりました。
91年は湾岸戦争勃発、ワルシャワ条約機構解体、バルト三国独立、ウクライナ独立宣言、そしてソ連崩壊が起こった年。それは、閉塞的で時代の終焉下のような空気感、ソワソワ感が漂う時代であり、既存概念や価値観のようなものが変わる真っ只中な肌感覚。そんな時代背景を反映しているような、Nirvanaの神経スレスレで暴発しそうな音楽性は、時代を射抜いたのです。

俺の知ったことじゃない

KristとDaveは自身を取り囲む環境の劇的な変化にどうにか適応していったようですが、Kurtは、時代の寵児となっていく自分のパブリック・イメージに辟易としていきます。インディー時代のように好き勝手に音楽を作りたいだけなのに、世間が彼に時代性や共感を無理矢理重ね、自分の意図しないところで勝手に解釈されて盛り上がっていくーそんな様を彼は心底嫌っていたようです。
93年にはアルバム「In Utero」をリリース。楽曲はより毒性が強く破滅的でしたが、当然のように世界中で大ヒットします。11月にはMTV Umpluggedに出演。アンプラグド=アコースティックなライヴがコンセプトの番組にエレアコで登場し、ジャカジャカ弾きながらDavid Bowie"The Man Who Sold The World"などを披露しました(超カッコいいです)。

そして94年初めには欧州ツアーを敢行しますが、ツアー先のイタリア・ローマのホテルで意識不明で発見され、一命は取り留めたものの残りのツアーはキャンセルされました。原因はオーヴァードーズ。
自身の音楽に関する意識と評価のズレ、ショービズ界の契約や決まり事への拒否反応、92年に結婚したCourtney Love(と子ども)との関係…大量に噴出する苦悩の処理が追いつかず、ストレスを溜め込んで心の奥底に沈み、ヘロイン中毒の度合いは増し、双極性障害の症状が悪化していったKurt。元々神経衰弱気味でこちら側とあちら側を行ったり来たりする、本当に危ない人だった彼は、リハビリにも取り組みましたが奏功しません。
そして94年4月8日、自宅で死んでいるところを発見されるに至ります。死因はライフル自殺とされ、現場からはNeil Young"My My, Hey Hey"の一節(It's better to burn out than to fade away)が殴り書きされた遺書が発見され、Kurtのお気に入りバンドR.E.M.のアルバム「Automatic For The People」がステレオから流れていたそうです。しかし死因は異説もあり、今も真相はわかりません。

27歳。ロック好きなら聞いたことがあるであろう「The 27 Club」。27歳で早逝したロック・スターたちーRobert Johnson, Jimi Hendrix, Brian Jones, Jim Morrison, Janis Joplinの系譜に、彼も入ってしまったのです。

彼は私

今回紹介する"Lithium"は、前述アルバム「Nevermind」収録曲。静かなイントロとAメロ、ノイジーなギターが鳴るサビ(というかAメロの延長線上)だけの組み合わせで、歌詞も単純。しかしこの気怠さ、諦め、冷笑すら見えてくるネガティヴネス。メロディ自体がとても美しい故に余計際立つ違和感。もはやNirvana節と言っていいくらい、既に世界観がガッチリ完成された楽曲です。
曲自体は既に90年頃には出来上がっていたらしく、当時のライヴ・セトリにも入ってました。それを聞いたSoundgarden(シアトルでNirvanaと人気を二分した大人気グランジ・バンド)のギターKim Thayilは、Kurtたちは間違いなく売れると確信したそうです。

当のKurtは92年、「これは恋人が死んだ後、"生き延びるために最後の手段として宗教に頼った" 架空の男を歌った曲だよ」と、この曲について取材で答えています…まぁ架空と言ってますが、これはKurt自身が強く投影された曲と言って差し支えないと思います。
タイトルの「Lithium/リチウム」とは精神安定剤、しかも主に双極性障害に用いられる薬の名称ですし、歌詞の「俺は醜い」「朦朧とロウソクに火をつける だって神を見つけたからさ」「興奮してる お前に会うのが待ちきれない」などは、リチウムどころかドラッグ中毒のニオイさえしてきます。ここでの「お前」をKurtは「宗教(神)」のことだと言ったわけですが、彼なりに真意をオブラートに包みたかったというのが正直なところだと思います。それはなぜか?ー自分を守りたかったからではないでしょうか。

そう、彼は"Smells~"で売れる前から既に壊れていました。どこまでも続くエグい世界と悲観的な自己に折り合いがつかず、どうにか音楽に昇華してその場をやり過ごしていたように聴こえるのです、この曲は特に。

そう思うと非常に居た堪れない。音楽の中で開花した才能を世界が見つけ、皆で消費し崇めた結果、彼は本当に世界に見切りをつけて逝ってしまった。
何か手立てはなかったのか、彼の負荷を減らすことはできなかったのか、「大丈夫だよ」とは言わないまでも「安心して」と言うことはできなかったのか。彼には家族も仲間もいましたが、彼らでも支えることができなかったのは、とてもとても悲しいことです。

さっきから私、偉そうなことばかり言ってますね、すみません。でも私は、彼の気持ちに少し共感しています。なぜなら私も壊れているから。ここでは詳しくは申し上げませんが、かつて精神破綻して自分で自分を壊す寸前までいったものの、その先が怖くなって怖気づいた弱虫な私は、今もこっちとあっちの世界を行き来しながら生きています。だから、彼の当時の心境がなんとなく、わかる気がするのです…なんてことを言うと「お前に何がわかるんだよ」とKurtや皆さんから言われそうです。
しかし、私は私の中で今日も彼の音を反芻しています、今を生きるために。

Kurt、誕生日おめでとう。

"Lithium" 意訳

とてもハッピーさ だって今日 友達を見つけたからな
俺の頭ん中にいるさ
醜いよ でもそれはいいよ お前も同じだから
みんなで鏡をぶっ壊したし
日曜の朝が毎日でも 俺は構わないよ
怖くなんかない
朦朧としながら ロウソクに火をつける
だって俺 神を見つけたから

Yeah…

すげぇ寂しいよ でもいいよ 頭剃ったから
悲しくなんかない
もしかしたら俺のせいかも 聞いた話全ての元凶
よくわかんねぇや
とても興奮してる お前に会えることが待ちきれない
どうでもいいよ
かなりムズムズするけど 大丈夫 イイ感じさ

Yeah…

そりゃいいね 欠陥品になりたくない
寂しいよ 欠陥品になりたくないんだ
愛してる 欠陥品になりたくないよ
キメてやった 欠陥品にはなりたくねぇんだよ

Nirvana "Lithium" 意訳

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