(音楽話)132: Ella Fitzgerald “Good Morning Blues” (1960)
クリスマス特集 #2 「クリスマスだからって」
ヒト: Ella Fitzgerald
「First Lady of Song」「Queen of Jazz」「Lady Ella」と呼ばれた、正真正銘・ジャズ・ヴォーカル界の伝説。ふくよかな体躯、マイルドで太い声、豪快なステージング…どれをとっても至宝のシンガーであり、エンタテイナー。Ellaはいくら称賛してもし切れません。
1917年米国ヴァージニア州生まれ。不遇な幼少期のまま14歳で孤児になり、非常に危険な下働きをして補導・収監されること数度。ホームレスな時期もあったそうですが、やがてニューヨークのハーレム地区で歌い始め、1934年、17歳の時にニューヨークのアポロ・シアター「アマチュア・ナイト」へ出演し大好評、翌年からバンド付きシンガーになります。すると"A-Tisket, A-Tasket"が大ヒット。これは所属バンドのリーダーで当時病気療養中だったChick Webbの名声をも高めたそうです。自分を拾ってくれた恩人への恩返し。39年のChick死去を経て、彼女は42年からソロ活動を始動することになります。
"A-Tisket, A-Tasket"
元々は19世紀の一種の童謡 (ナーサリー・ライム/Nursery Rhyme)で、「ハンカチ落とし」のために作られた曲だそう。 以下の動画は79年、大御所となったEllaがスイス・モントルーで開催された「Montreux Jazz Festival」に出演、超有名ジャズ・ピアニストCount Basieと彼のバンドと競演した時の"A-Tisket, A-Tasket"。アドリブかましまくり、スキャットしまくり、スウィングしまくり。バンドたちが必死に彼女のアドリブについて行き、そして追い越そうとする鬩ぎ合い。間違っても倍速再生せず、じっくり聴いてください。必見です!
40-50年代、米国音楽界はスウィング・ジャズ全盛。Ellaの声質はスウィングに非常にマッチし、一気に時代の寵児となります。軽くリズミカルに、もしくは余白大きめで温かいミドル・テンポ、そしてゆったり沁みるようなバラード…変幻自在。でも彼女は声色を変えるわけではなく、その声の深さを本能的に調整しながら、その奥行きを操っていたように思えます。
この流れはやがてジャズの枠を超えてポピュラー音楽として定着し、50年代後半以降の米国ポップスの礎のひとつになります。だから60年代以降も彼女はメディアに重宝がられ、人気も続いたのです。
輝かしいキャリア、慕われるキャラクター、ヒットする楽曲たち。非常に充実した人生に見えるEllaですが、プライベートの彼女はとても内気で、人と群れることが苦手。恋愛関係も色々と不運があったようです。そして、長年糖尿病に苦しみ、特に80年代に入ると心不全や極度の疲労で幾度かダウン。ついには93年、両膝から下を切断…晩年は病に苦しみました。96年、脳卒中で逝去。79歳でした。
曲: Good Morning Blues
今回の"Good Morning Blues"、タイトルではクリスマス感がありませんがちゃんとクリスマス・ソングです、しかもかなりビターな。
(1960年にMGMに買収されますが)Verve Recordsと契約していた50年代・60年代、Ellaは様々なアルバム、シングルをリリースしました。その中でも有名なのがホリデー・アルバム。いわゆる季節限定の企画アルバムのことで、今でも米国シンガーがクリスマス・シーズン前、11月頃にリリースしたりしていますーKelly ClarksonとかJohn Legendとか…Mariah Carey "All I Want For Chiristmas Is You"はその最たる例。
Ellaのホリデー・アルバム「Ella Wishes You A Swinging Christmas」(1960)は今でも名作と言われるアルバム。そこに収録された"Good Morning Blues"、元々はオリジナルが別に存在しますが、歌詞が完全に書き換えられていてクリスマス・ヴァージョンになっています。「私のベイビーを返してちょうだい」というスタンダードなブルースのフレーズを投げかける相手=サンタクロース、という味付けです。
ブラスの響き、ドラムスのリムショット、ベースの跳ねたメロディ、ヴィブラフォンの夜感、ピアノのコード弾きが示す感情の打ち出しなど、ビッグバンドの安定感と迫力が素晴らしい。その支えを受けたEllaの歌声は、どこか語り口調というか、自然な言葉として音符が飛んでいく。カッコいい。
全体がブルースで、しかも貫禄十分な彼女の声。だから決して「サンタさん、お願い!」という可愛らしいお願いベースなものではありませんよね。「サンタ、お願いあの人を戻してよ…ま、もう戻ってきやしないことくらい分かってんだけどさ」という嘆き、諦め。でもここで吐き出さなきゃやってられない…これぞブルースな溜息と遠い目。
ハッピーだけがクリスマスじゃない
せっかくのクリスマス、こんな嘆き節なんか聴きたくない、と思われたあなたへ。
全ての人が同時に幸せを感じる瞬間は、訪れません。それぞれが、それぞれのタイミングで、それぞれの人生の中で、悲喜交々いろんなことが起こるし、その感じ方も感情の選び方も反応の仕方も様々ですよね。だから、今全員でハッピーになろう!というフレーズは、その瞬間にハッピーではない人にハッピーを強要していることに他なりません。ハッピーな人がいれば、ハッピーじゃない人もいる。今はそれでいいじゃないですか。
もちろん、誰しもハッピーになりたいと願ってはいるはず。ただ、その道程や喜びの瞬間、悲しい時、苛立たしい場面、楽しい時間は人によって違うわけです。だから、クリスマスがテーマなホリデー・アルバム「Ella Wishes You A Swinging Christmas」にこの曲が収められている意味は、案外深いように私は思うのです。
ハッピーなだけが人生じゃないし、ハッピーじゃない状態を歌で洗い流したい時だってあるに違いない。
クリスマスだからって、誰もがハッピーなわけじゃない。ハッピーだらけなクリスマス・ソングの中にあってこの"Good Morning Blues"は異色、でも間違いなく必要な嘆き節。
クリスマスだからって、良いことばかりじゃないんだよ…Ellaにそう言われている気がします。
意訳: "Good Morning Blues"
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