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坂本スミ子 "El Cunbanchero" (1960年代?)

音楽話140: 情熱


@reerue

凄い迫力!イッツショータイム!楽器との掛け合いも最高! #昭和歌謡 #懐メロ #夜のヒットスタジオ #ラテン #坂本スミ子 #エルクンバンチェロ 亡くなられたのが残念です。

♬ オリジナル楽曲 - コタコジ - コタコジ

(いつもはYouTubeの、極力正規の動画を使って記事を書いているのですが、今回はどうしてもこの曲の、しかもこのヴァージョンをご紹介したかったので、Tik Tokに掲載されていたものをご紹介します。ご了承ください)

坂本スミ子という天才

私が個人的に思う「日本の女性シンガー 最高の3人」は、美空ひばり、越路吹雪、ちあきなおみです。都はるみも石川さゆりも、松任谷由実も竹内まりやも、松田聖子も中森明菜も、宇多田ヒカルもMISIAも、あいみょんもADOも…素晴らしい女性シンガーは古今東西たくさんいます。しかし、美空ひばりの化け物のような変幻自在さ、越路吹雪の生命を削るかのような歌唱力、ちあきなおみの憑依したかのような驚愕の表現力は、今も誰も比肩できません。

そして坂本スミ子は、泣く子も黙る空間掌握力とサマになる卓越した演技力を持った天才、でした。

1936年(昭和11年)大阪・東住吉生まれ。クラシックの発声を学びつつNHK大阪合唱団にいた彼女は、周囲の勧めでラテン歌手としてデビューするも、ほぼ売れませんでした。しかし59年にLos Panchos/トリオ・ロス・パンチョス来日公演の前座をアイ・ジョージと務めると話題になり、「ラテンの女王」と呼ばれるようになります。

すると61年にはNHK「夢であいましょう」でテーマ曲を歌って認知度アップ。TV番組の出演が増え、71年に"夜が明けて"が大ヒット、シンガーとして大成しました。

また、60年代からは演技力を買われて演技の仕事が増え、ミュージカル「キャバレー」では文化庁芸術祭優秀賞を受賞。そして83年に映画「楢山節考」(監督: 今村昌平)で重要キャストの老女・おりんを演じ、自分の前歯を削って歯が欠損した演出を施す壮絶な演技を見せ、その評価は決定的となります。映画は同年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲得ーしかも対抗馬の「戦場のメリークリスマス」(監督: 大島渚)を抑えての受賞でした。
しかし、その直後に大麻取締で逮捕…芸能界から一時居なくなりました。数年後にドラマ出演などで復活しつつ、熊本県で幼稚園の園長も務めながら地道にライヴ活動を続けました。2021年、脳梗塞で死去。84歳でした。

紆余曲折はありましたが、彼女は終始芸能の世界で輝いていたように思えます。それがたとえ歌であろうと演技であろうとトークや司会であろうと、彼女がもたらす空気感はどれも非常に温かく、包容力の高いものでした。

「お祭り騒ぎな人たち」

今回紹介する"El Cunbanchero/エルクンバンチェロ"。元々は1943年にプエルトリコの作曲家Rafael Hernándezが作った曲。BPM早めのリズム、緩急ある構成で、1950年代にラテン音楽が流行った日本でも広くウケて、中学校などのブラスバンドでは長年定番曲になっています。
タイトルの意味は「クンバを叩く男」。クンバとは盃の形をした打楽器バタのことで、筒をひざの上に乗せ、その両側に張られた皮を両手で叩いて演奏する楽器。この楽器を叩く=お祭り騒ぎをする、という意味が込められているんだそうです。

バタ(クンバ・ドラムとも呼ばれています)

ボンゴ、コンガ、ティンバレス、マラカス…様々な楽器が祝祭な音を奏で、高揚していく。"que se vá"という言葉が曲中やたら出てきますが、これはleave/go、"行こう!"というポジティヴな意味でも、"行ってしまう…"というネガティヴな意味にも使われるようです。恐らくは、前者の意味で使っていると思われます。
(かなりアドリブ入れて歌っているので、和訳は今回お休みします)

日本は50年代後半以降、ラテン音楽がじんわりと流行りました。マンボ、サンバのリズムは嫌が上でも身体が動いてしまう高揚感がありますし、元々日本は盆踊りという「リズムに合わせて踊る」風習があったので、異国情緒あるメロディ・節回しと打楽器てんこ盛りのリズムはすんなり馴染んだのでしょう。
西田佐知子"コーヒールンバ"(1961)、美空ひばり"真赤な太陽"(1967)、敏いとうとハッピー&ブルー"星降る街角"(1981)などはその代表格。"コーヒールンバ"はスペインで流行った曲を全く異なる日本語歌詞で歌うことでより異国情緒感たっぷり、"真赤な太陽"はブルーコメッツとの共演でグループサウンズにラテン・メロディの影響を感じさせますし、"星降る街角"は歌謡曲ベースですがメロディ自体がほぼサビで覚えやすく大ヒットしました。それぞれアプローチは異なりますが、今聴いてもとても魅力的なメロディとリズム、楽器の活かし方、歌声の軽やかさが心地良い名曲たちです。

おスミさん!

これらの曲と比較すると、坂本の"El Cunbanchero"は本格派というか、ラテンそのもの。ラテン音楽そのものをガッツリ歌ったシンガーはあまりいなかったため、坂本の存在感は余計際立ちます。
なにより、坂本のラテンの咀嚼力の素晴らしさ。スペインやブラジルのシンガーと何ら遜色のない見事なヴォーカリゼーション、フェイクの自然さ。そして、彼女の空間掌握力の高さ!
曲後半でボンゴ〜コンガ〜マラカス〜ティンバレスに振って一節音を出させ空気の高まりを促し、「皆さ〜ん!」とゲスト(※この映像はフジテレビ「夜のヒットスタジオ」出演時のもの)=後方にいる他出演者にもシャウトさせて巻き込み、ハコバンのドラムスに振り、しまいには指揮者(ダン池田!)に奇声を上げさせる…アドリブではなく予め決められた構成なのは百も承知ですが、それでも、坂本の声の張りと突き抜ける音の通りの良さが、観る者を昂らせることは間違いありません。まさに「おスミさん!」と掛け声を上げたくなるパフォーマンスです。

失われた胸騒ぎ

この時、坂本のバックで演奏していた方々が誰なのかわかりませんが、演奏巧者だらけで怖くなります。ボンゴのソロが冴え渡っていますが、コンガもティンバレスもマラカスも正確なリズムと抑揚を見事に捉えた演奏。
恐らくこの映像は1960年代の夜ヒット。当時の夜ヒットのハコバンもまた、恐ろしい手練だらけ。出演者の楽曲ジャンルはポップスや演歌、時にラテンやジャズ、クラシカルなものなど多種多様で、しかもそれらを生放送、一発勝負で演奏する…とても正気の沙汰ではありません。今になって思いますが、夜ヒットを観てるとどことなく緊張感を感じたのは、それが背景にあったからかもしれません。
この緊張感、生放送だからこその一期一会な演奏。その空気が生み出す熱いパフォーマンス。脂の乗ったシンガーのプロ意識アリアリのステージング。全てが良い方向に組み合わさった時、情熱が生まれ、今回ご紹介したような圧倒的な歌世界が拡がると思います。

現代において、歌番組はほぼその意味を無くしました。MVやライヴ・パフォーマンスは動画サイトでいつでも観れますし、そのキャラクターや肉声などもSNSで十分事足ります。いくつか残存する歌番組は基本的に顔見せの場であって、生パフォーマンスといってもほぼ全てがアテ振り。歌っていたとしても音源と被せていることがほとんど。こうした環境では、血沸き肉躍るような胸騒ぎはほぼ起こらない。人間が人間たらしめるものー熱さ、焦がれ、昂りを感じることは、とても難しい。

おスミさんのような激るパフォーマンスを、少しでも多くの人に観てもらいたい。「熱いライヴをやってるんで、ぜひ会場に来てください」とコメントするのは理解はできますが、それを言葉ではなくパフォーマンスでまず広く世間に浴びせて見せつけてほしいなぁ、なんて考えてしまうのは老害ですかね…。

音楽の熱さは、限られた人の目にだけ触れるライヴの場か、ネットの向こう側に沈んでしまった現代。人間に流れる血液と精神の迸りに冷たさを感じるように思えます。
このままで「明るい未来」「楽しい日本」などと到底思えないのですが…。

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