(音楽話)49: Blossom Dearie “I Walk A Little Faster” (1957)
【甘くて、苦くて、切なくて】
Blossom Dearie “I Walk A Little Faster” (1957)
Blossom Dearie。
まだ人生の何も知らなかった、高校時代のある日。私の姉がジャズのコンピレーション・アルバム・シリーズを購入してきました。私は最初あまり興味がなかったのですが、たまたま聴かせてもらった瞬間、ものすごいスピードでジャズが私に落下してきました。ビッグ・バンドも、ビバップも、ボサノバも、アフリカンも、クロスオーバーも、一遍に。そこから夢中になるのはとても容易く、貪るように聴きました。そのコンピレーションに入ってたヴォーカルものは、Anita O’Day、Billie Holiday、Carmen McRae、Ella Fitzgerald、Fred Astaire、Louis Armstrong、Mel Torme、Nat King Cole、Nina Simone等…。
Blossom Dearieも、その中のひとりでした。”Tea For Two”と”Bewitched, Bothered, and Bewildered”。第一印象はとても甘い声…ロリータでコケティッシュ。胸焼けしそうな濃度でした。
1924年米国ニューヨーク生まれ。30歳手前でフランス・パリに拠点を移しヨーロッパの文化を吸収、優雅で繊細な歌唱やソングライティングを行うようになったとか。そのためか、米国ジャズ・シンガーとはちょっと系統の異なるシンガーとして人気に。その後も米国ー欧州を行き来しながら2006年(81歳!)まで活動を続けました(2009年84歳で没)。
この曲は、彼女を代表するアルバム「Blossom Dearie」(1957)の後に発表された「Give Him the Ooh-La-La」(1957)収録。ピアノは彼女本人によるものです。ゆったりでとてもシンプルな演奏の中歌われる甘さ。でもよく聴くとそんな簡単な曲ではないことがわかります。
「偶然出会ったテイにしたいから」ちょっと速く歩く。「愛はきっとその街角のあたりにあるから」ちょっと速く歩くーーー好きな人に会えるかもしれない心のドキドキが可愛く描かれている。しかし歌い進めると「まだ知りもしない顔のあなたに 私は突き進んでいくの」。ん?特定の相手を想定したラヴ・ソングでは…ない?「ちょっと顔上げて ちょっと希望持って ちょっと妄想強くしたら もしかしてあなたがそこにいるような気がするの」…妄想系女子というと語弊があるかもしれませんが、まさに恋に恋してる少女。甘くて、苦くて、胸がキュッとなる。甘い+苦い=切ないのです。
そう考えると、彼女の声は単に甘いのではなく、どこか苦味ーーー芯が通っているように聴こえませんか?Blossom Dearieとはつまり、表面上の甘さで覆い隠された苦さ。そしてそれが切ないことを知っている。だから私は単なる胸焼けに終わらず、ずっと聴き続けているのかもしれない…10代の頃はそんなこと考えもしませんでしたが、今になってそう思えます。
いうなれば、「夢見る少女じゃいられない」のが現実かもしれないけど、「恋したっていいじゃない」と思う気持ち。相川七瀬と渡辺美里を両方兼ね備えた音楽性を確信をも………脱線事故しそうなのでこのへんで。
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