(音楽話)131: Bing Crosby, David Bowie “Peace On Earth / Little Drummer Boy” (1977)
クリスマス特集 #1 「夢の競演!?」
ヒト: Bing Crosby & David Bowie
意外な競演。このふたり、あまりにも有名なので簡単に…というか、書き出すと長文になってしまうので自制の意味も込めて短めに笑
米国エンタテインメント界の大御所・Bing Crosby。1903年米国ワシントン州生まれ。1920年代からコーラスグループRhythm Boysで売れ始め、自身の冠ラジオ番組で全米中の人気者に。映画俳優としても大活躍し、44年には「Going My Way/我が道を往く」でアカデミー賞主演男優賞受賞。戦後のミュージカル映画にも多数出演してその黄金期を支えました。50年代以降はテレビ番組も手がけ高視聴率…まさに元祖・エンタテイナーのひとり。
そして忘れちゃいけない、この方は「クリスマスソングの王様」とも呼ばれ、誰もが聴いたことのある"White Christmas"や"Silent Night"を世に送り出したシンガーでもあります。
一方のDavid Bowie。1947年英国南部ブリクストン生まれ。67年にデビュー・アルバム「Bowie」をリリース、70年代の到来と共に奇抜なペルソナに身を置いて、グラム・ロックと形容された派手でソリッドなギターサウンドを志向。72年アルバム「The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars / ジギー・スターダスト」がヒットして一気に時代の寵児になりました。以降数十年に亘ってサウンド志向、ヴィジュアル、歌い方、歌詞の傾向などを毎回変化させていったそのスタイル、豊かな想像力、クールとウィットを兼ね備えたキャラクター、は、後世に大きな影響を与えることになります。
Bing同様Davidも俳優としての顔も持っていて、舞台、ミュージカル、映画など多数出演。有名なところでは大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」で演じたJack Celliers(セリアズ少佐)しょうか。
曲: "Peace On Earth / Little Drummer Boy"
今回の映像は1977年、Bingのテレビ特番「Merrie Old Christmas」にDavidが出演したシーンのもの。どうやら、この競演にはちょっとした事情があったようです。
Bingは既に大御所、ほぼ隠居の身でさらに売れなければならない理由はありません。クリスマス=Bingのイメージはもう一般化していたので、この時も定番な特番が組まれたわけです…昭和世代でいうところの「ドリフのクリスマス」みたいなもんです。
一方のDavidは、次は何をしてくるかと世間の注目を浴びていた時期。でも当時の彼はいわゆる「ベルリン時代」で、それまでの派手な言動とセンセーショナルな楽曲制作から一歩引いて音楽に向き合い、アート志向を高めていました。
その第一弾として77年1月にリリースした10枚目のアルバム「Low」("Sound And Vision"などを収録)。しかし、彼自身ほとんどプロモーション活動を行わなかったためか、当時の世間の評価はあまり得られませんでした。
その反省からか、同年10月にリリースするアルバム「Heroes」はちゃんとプロモーションすべしと考えたDavidサイド。9月にはMarc Bolan(T-REX)のTV番組「Marc」に出演(あのMarc BolanがTV番組持ってたこと自体驚きですがまぁそれは置いておいて…)。その勢いでBingのこの特番にも出演、ということになったんだそうです(撮影は英国)。
撮影当日Davidは当時の奥さんAngieと現れたのですが、二人とも赤い髪でがっつりメイク。Bing側は驚き、口紅落とせ、イヤリング外せ、髪の毛直せ等々、即指示したんだそうです…そういう時代だったんですねぇ。
当初BingとDavidの二人は、クリスマス・ソングの定番のひとつ"Little Drummer Boy"のみをデュエットする予定でした。しかし、Davidが駄々をこね始めます。曰く「この歌嫌い」「自分の声が活きないし」…ハート強っ。そこで困った音楽監督と脚本家、1時間ほどで急ぎ楽曲を作りました。それが、"Little Drummer Boy"と対位法的に被さるよう設計された"Peace On Earth"でした。
歌の前にちょっとした寸劇があります。当然全て台本。英国の古い民家を訪れていたアメリカ人=Bing。そこへ家主にピアノを借りに来たその民家の隣人=Davidが登場。BingはDavidを屋内に招き、グランドピアノの辺りで一頻り会話します。
…とってもぎこちなく、どうでもいい会話です笑
そして、クリスマスの過ごし方について話しながらDavidはピアノに向かい、その場にあった楽譜を見ながら「これ知ってます?」とか言いながらおもむろに"Little Drummer Boy"のメロディを拾うと、「ラパパンパーン」と歌い出す二人。やがてDavidは"Peace On Earth"に移行、Bingは"Little Drummer Boy"を歌い続け、二人の歌はシンクロしていきます。
マイク音量はDavidの方が大きめ。つまりこの場面はDavidにフォーカスされたもので、前述の通り「Heroes」発売前のプロモーションとして「どーもーDavid Bowieですよぉ、あのBing Crosbyと歌ってますよぉ、アルバム出まーす」が狙い…まぁ狙い通りいったかといえば、そうでもなかったようですが。この特番は米国ではCBSで77年11月30日、英国ではITVで同年12月24日に放映されました。しかし。
せめて今だけは
意外な組み合わせですが、このシーンはBingにとって大事なもの。というのはこの1ヶ月後の77年10月14日、プライベートでゴルフをしている途中に心臓発作で倒れ、Bingはそのまま帰らぬ人になってしまったのです。74歳でした。つまり、放送日の段階で既にBingはこの世にいなかったのです。
実は、9月にDavidを自分の番組に迎えた前述Marc Bolanもまた、その1週間後に交通事故で亡くなっています(享年29歳)。つまりDavidにとっては立て続けにホストが亡くなるという事態に直面したわけで、彼自身当時非常にナーバスになったと後述しています。自身のプロモーションのためにTV番組に出演しただけなのですが、そんなことが連続で起こると滅入っちゃいますよね。
正直、当時のDavid Bowieは迷走期でした。アート性を志向してなどとは言ってはいますが、実際売れなければ困るわけです。現代のように様々なビジネスで自身の作品を展開することができれば良いですが、当時はMTVもネットもSNSもありません。アルバムを買ってもらわないといけない。そのためのプロモーション場所はテレビ、ラジオ、雑誌/新聞、交通看板くらいなもの。少しでも多くの人の目に触れるためにはテレビの影響は大きかったため、今回のような寸劇付きの番組にも出演したというのが実際でしょう。
その後80年代に入ると、彼は開き直ったかのようにポップな路線に移行します。その前段階として"Ashes To Ashes”(1980)で過去を自ら否定しないと前に進めなかったくらい、彼の苦悩は大きかった。そして"Let's Dance", "Blue Jean", "China Girl"などが大ヒットしたものの、好きなように自分のアートを自由に追求したいという本音と現実の乖離にやがて疲れ、全てをリセットすべく88年にTin Machineというパンクバンドを結成、バンドのメンバーとして生きようとします。David Bowieほどのミュージシャンであっても、自分を脱ぎ捨てて真っ新な状態になりたかったわけです。
今回の"Peace On Earth / Little Drummer Boy"は、Bing Crosbyという大御所の胸を借りて、David Bowieがコマーシャリズムと折り合いをつけようとしていた一場面に見えますし、その後のDavidの道程を見れば当時からもう悩み始めていたのでは?とさえ思えます。
そしてBingもDavidも、マルチなタレントで共通点も多い。お互いどこかに同じ匂いを感じた…のかもしれません(希望的観測)。
しかしまぁ、どうでもいい。短いですがこの二人の奇跡の競演を楽しみながら、年の瀬を迎えることにしましょう、今だけは。
(紹介する全ての音楽およびその画像・動画の著作権・肖像権等は、各権利所有者に帰属いたします。本note掲載内容はあくまで個人の楽しむ範囲のものであって、それらの権利を侵害することを意図していません)