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(音楽話)111: Elvis Costello and The Roots “I Want You” (2023)
【欲望の塊】
日本語だろうが外国語だろうが結局のところ、人の出逢い・別離を表す言葉はシンプルであればあるほど、伝わる熱量・質量・意味合いは強烈です。
愛してる、さようなら、大好き、大嫌い、恋してる、別れましょう…前後の文脈によって如何様にも受け取ることができますが、それら自体はとても強い言葉です。そして、それら強烈な言葉自体を使わずにいかにそのものを表現するか。聴く者に「うまいこと言うなぁ」「なぜか泣いた」「歌詞が沁みてきた」などと感動させ、その曲の虜にできるか。もしくは、あえてそのシンプルな言葉を際立たせる手法もまた有効、ですよね。
たとえば、"結詞"(むすびことば)という井上陽水の曲があります。
1976年発表のアルバム「招待状のないショー」収録の静かな曲ですが、恐ろしいことに、人称代名詞が一切登場しません。さらに、直接的に感情を表す言葉もほぼ登場しないし、風景の描写を通して悲しい別離を皆が想像できてしまう表現が盛り込まれています。愛してるもさようならもないのに、愛や慈しみや思い出や別離がわかってしまうこの歌世界は、陽水の最高傑作のひとつと私は思っています。
一方で、Paul McCartney/Wingsの"Silly Love Songs"という曲があります。
1970年代当時、Paulは「甘々なラヴソングばかり歌っている」と揶揄されていました。そこへ彼はあえて「ラヴソングばかりでうんざりだって? 世界をラヴソングでいっぱいにしたいと考えてるヤツだっているんだよ」「馬鹿げてなんかいない 愛は決してくだらないものじゃないんだ」と歌い、サビはただ"I love you"とだけ言ったのです。この曲は1976年、米ビルボード誌で年間1位を獲得。彼は「愛を歌にして何が悪いんだ!」と叫んだのです。
陽水とPaulのアプローチは真逆ですが、どちらにせよ、別れや愛、悲哀と歓喜を表現するために、皆様々な工夫と趣向を凝らしています。それらを私たちは日々楽しんでいるわけで、音楽って、あの手この手で私たちの心の襞に触れて揺さぶり、私たちを活性化させてくれる存在なんですね。
では、Elvis Costelloはどうでしょうか?
1954年、英国リヴァプール生まれ。バンド活動を経て1977年にソロ・デビュー(プロデュースは盟友・Nick Lowe)。多数のアルバムを発表していきますが、彼の音楽遍歴を見るとその振れ幅に本当に驚かされます。
彼の特徴的なハスキー声はあまり変わりませんが、アルバムを出す毎にサウンドもアレンジも異なっています。「This Year`s Model」(1978)はパブロック、「Armed Forces」(1979)はニューウェーヴ、「Almost Blue」(1981)はカントリー、「Blood And Chocolate」(1986)は80年代ロック&ポップ、「Spike」(1989)はほぼビートルズ・サウンド、「The Juliette Letters」(1993)は弦楽四重奏と歌曲…これ以降も凄いことになっているのですがまぁこの辺で笑
彼がチャート的に大きく売れたのは、もしかすると「Spike」のリード・シングル"Veronica"かもしれません。彼のヒーローがThe Beatlesなのは有名で、そのPaulと共作という彼にとって夢のような作業で生まれた楽曲ですが、PaulはThe Beatles解散以降初めてヘフナー・ベース(バイオリンの形をしたベース。Paulのトレードマーク)をこの曲で弾いています。いかにもBeatly/ビートルズ風なサウンド。そういえば後に日本の朝の某情報番組でOPに使われていましたね笑
そして"She"や"Smile"が大ヒットし、日本での認知度も上がりました。とはいえこの人、落ち着きません。その後もその時々で組む相手を替え、音楽フォームを変化させつつ、アルバムを多数制作。本当にワーカホリックです。今でも現役感バリバリです。
今回ご紹介する映像は2023年、米国のヒップホップ・バンドThe Rootsとのスタジオ・ライヴ演奏で、"I Want You"は前述「Blood And Chocolate」(1986)収録曲。彼の代表曲のひとつ…と言えなくもないですが、そこまでメジャーではないかしら。
The Rootsは、その言動が米国内で大きな影響力を持っているQuestlove(ドラムス)を中心としたバンドで、Black Thought(MC)の強烈かつ流暢なラップと共に、ヒップホップだけでなくR&Bやソウル、ジャズ、ロックなどジャンルを自由に行き来する、柔軟性に富んだ極めてスキルフルな音楽集団。ジャンルレスなCostelloと繋がっているのもなんとなく頷けます。
(The Rootsは米人気TVショー「Late Night With Jimmy Fallon」のホストバンドを務めていることでも有名)
そんな芸達者なThe Rootsをバックに、Costelloは淡々と、しかし徐々に熱く、ギターを掻き鳴らしながら歌う。The Rootsの面々も彼の様子を見ながらその押し引きを合わせていく。まさにライヴ。一発録りの緊張感が漂います。ロックというよりブルースのテイストが強めなアレンジですが、「狂おしいほど お前が欲しい」という感情がものすごく大きな音の塊になって、我々を殴りに来ます。生で聴いたらきっと漏らしてしまう…(←ナニを?)
この歌の中でCostelloは色々言ってますが、要は"I Want You…"が言いたいだけです。よって今回、歌詞和訳は載せません。
その狂おしいまでの欲望の塊が大きくなり過ぎた時、彼のギターがギャァァ〜ンと鳴る様は、私にとても直接的に響きます。今にもキレてしまいそうな細くてシャープなギター音の神経質さ、過度にベンドしたチョーキング…お見事。
シンプルだからこそ響く欲望の塊。あなたはこの演奏に何を感じますか?
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