【アーカイヴ】第294回/バナナプラグは21世紀最大の成長株!?[炭山アキラ]
少し間が空いてしまったが、第288回の続きを書いていきたいと思う。具体的には、「以前は本当に箸にも棒にもかからなかったあるジャンルの製品が、その後各社が大いに力を入れた結果、今や押しも押されもせぬアクセサリー界の大立者へ進化した、という例もあるから面白い」と冒頭に書いたそのジャンルについてである。
何ももったいぶることはない。ちょうど今「オーディオ実験工房」で放送されているところのバナナプラグがそれだ。パワーアンプやスピーカーへケーブルを接続する際、ただ端子の穴へ突っ込むだけで済むとても便利なグッズである。
最初にバナナプラグがブームになったのは、いつのことだったろうか。私の知る限り、1980年代には入力がバナナ専用のスピーカーがチラホラ存在していたし、それ以前から散発的に注目されるパーツではあったのだろうと考えられる。
しかし、20世紀いっぱいくらいまで、ごく少数の例外を除いてバナナプラグの音というのは絶望的に悪かった。昔の自動車に使われていた板バネをギュッと小さくし、それを4枚くらい組み合わせて樽型にしたような形状のものだ。少なくとも私がオーディオへ深入りし始めた頃には、そういう形状のものしかなかったように記憶している。
それでは、それらはなぜ音が悪かったのか。平たくいってしまえば、「オーディオ用に作られたものではなかった」からである。そもそもはテスターのプローブ(探針)だとか、着け外しが必要だが導通が確かで手軽に脱着できる端子を、と開発されたのがバナナプラグの元祖形状で、基本的に板バネはビンビンと共振(Q)の大きな素材であり、またバネで導通させているものだから接点へは当たっているもののグラグラで、まことにもってオーディオ的にいいところは一つもない、といって過言ではないものなのである。
それではどうしてそんなヤクザな端子が用いられていたのか。それはもう「便利だったから」としかいいようがない。しかし、考えてみてほしい。そんなバナナが少しでも脚光を浴びたのが1980年代だったとしたら、何と「ケーブルで音が変わる」という現在ではもはや当たり前というか、コンポーネンツ構築の前提とすらいえるこの事実が"発見"されたのはおそらく70年代の末頃だったろうから、まだ10年もたっていなかったのである。端子の音質など、まだまだ解析の緒に就いたも同然の時代であったろう。
確かに当時から、バナナプラグはとても便利なものだった。私もスピーカー自作派などやっていると部屋にスピーカーがどんどん溜まり、それらをまめにつなぎ替えて音が出せるようにと一時期バナナを導入したことがあったのだが、音がいっぺんにガシャガシャとうるさく汚くなり、慌てて取り外したことは記憶に新しい。もう30年以上も前の話だというのに、それだけ強烈な音質劣化だった、というわけだ。
もっともこれは、当時よく用いていたスピーカーユニットとバナナのキャラクターの強い部分が重畳してしまった、という側面もあるやに感じられる。どちらも中高域にちょっと耳障りなところがあるキャラクターだったのだ。
そんな経験から大慌てでバナナプラグを放逐し、以来「SPケーブルは裸線を直につなぐのが一番!」と思い込んでいた私だが、巨大な例外が存在していた。ゴールドムンドのバナナプラグである。同社のバナナは本当に樽型バナナで染み付いた先入観を吹き飛ばすような、副作用を感じさせないというよりも積極的に「これを使った方が裸線より音が良くなるのではないか」と思わせるに十分な表現をもたらしてくれた。結構高価だったので個人的には購入が叶わず、当時勤めていた編集部の試聴室で細々と使わせてもらっていたものだ。
ゴールドムンド製品は、無垢削り出しのプラグに切れ目を入れ、ネジを締めることによって先端が開いて確実な導通をもたらすという機構が画期的で、鳴きやすくもグラつきやすくも全くなく、完全にバナナの弱点を取り除いた製品だった。その一方で、本当に確実な導通を目指そうとするとただジャックへ先端を挿すだけではなく、結構な手間が加わってしまうから、その辺痛し痒しでもあった。しかし、今でもフルテックやWBTなどに同様の機構を持つ高品位バナナが存在するということからも、ゴールドムンドの正当性と先進性が伺える。無垢削り出しの先端を分割して確かな導通を図るという構造だけでも、ゾノトーンやオヤイデなど数多くの社が実用化しているくらいだ。
また、英QEDが開発した頑丈な円筒に1本の棒バネを装着したタイプのバナナがまた素晴らしい。とにかく鳴きが少なく導通面積が広く、安定して高音質なのだ。世界のハイエンド・ケーブルメーカーでも結構な数の社がこのプラグを採用している。それに、QEDではAirlocと呼ばれる特殊なカシメ処理を行い、芯線と端子をまるで合金であるかのように一体化する処理が施されている。QEDのSPケーブルはどれも極めて評価が高いが、その一端にこの端子+処理が大きく貢献していることは疑問の余地がない。
さて、ここからは個人的な事情で大変失礼だが、「いいと分かっていても高くて買えないから」ずっと裸線を使い続けてきた私に、いささか厄介な状況が起こってしまう。当時私は地元の吹奏楽団でホルンを吹いていたのだが、合奏練習が終わるたびに右手の甲、人差し指の付け根辺りが痒くて仕方なくなった。これはおかしいと当該箇所にセロテープを貼って演奏したら、痒みが全然起こらない。何たることか、金属アレルギーを発症してしまったのである。
ホルンは右手をアサガオの内側へ挿入し、楽器を支えつつ音程を調整するということをやっている。温かく湿った息が常に通るため楽器の内部は極めて湿潤で、私の古ぼけて保護ラッカーのはがれた楽器から、銅イオンがふんだんに流れ出して手に付着、年月の蓄積によって発症したということであろう。ノーラッカーの楽器を長年使っても一向に発症しない仲間も結構多いから、私がたまたま銅イオンに対する耐性が低かったということのようである。
さぁこれは困ったことになった。何といっても「自作派オーディオライター」を自称する私である。スピーカーを作れば内部配線をせねばならず、インコネや電源などのケーブルを自作することも割合日常の作業となっているだけに、銅イオンが身体に付着することなど全然珍しいことではない。気を付けてはいたのだが、それでも一度銅線の切れっ端を踏んづけて、足の裏が見るみる真っ赤に膨れ上がったことがある。一度腫れれば下手をすると1週間くらい痒みが引かないこともあり、これはまずいなと天を仰いだところで、ふと目に入った花粉アレルギー用の目薬を垂らしたらあっという間に腫れが引き、事なきを得たこともある。
そんな状況に至ってしまったものだから、ケーブルを作る時も慎重に最小限の時間でハンダ付け、あるいは圧着を終わらせるようにしているし、とにかく裸銅線と可能な限り接触しない生活となってしまった。というわけで、SPケーブルにも両端端子が不可欠となってしまった次第である。
バナナプラグにろくなものがなかった頃から、Yラグには結構お世話になっていた。高品位のオーディオ用が出る前から、錫メッキの産業用をいろいろ使ってきたものである。少々レンジが狭まることを除けば、錫メッキのYラグは結構悪くない。導通の安定性まで含めて、意外とお薦めできるものである。
しかし、Yラグは端子にネジで締め付けねばならず、その点でバナナの簡便さには一段落ちる。われわれのような商売では、時に1日何十回も抜き差しをせねばならないことがあり、そういう際にはバナナの簡便さが何よりも頼りになるものだ。
そういう経緯で、わが家のシステムにはバナナが必須となった。とはいっても常々いう通り、貧乏ライターにはあまり高価なパーツを大量に導入することができず、廉価な製品から選ぶこととなる。そんな時に重宝するのが、「クレープ型」(波型とも)と呼ばれるバナナプラグだ。金メッキやロジウムメッキの銅合金薄板をクルリと1巻きした形状の導体を持つこのタイプは、一見すると鳴きやすそうに思われがちなのだが、SP端子のジャック側へグッと挿し入れたところで極めて安定し、全く鳴かなくなる。何より優れているのは導通する面積が大きいところで、樽型のバナナは板バネのほんの一部が接するだけなのに対して、こちらはどんなに悪くても線接触、実際には円筒のかなり大きな部分で接触・導通が叶うのだ。この辺り、樽型はもとより、それに次いで古くからある「提灯バネ型」などよりも、こちらが明らかに優れている。
クレープ型の何よりありがたいのは、製造効率が良いせいであろう、比較的廉価な製品が多いことである。わが家では台湾AECコネクター社と横浜ベイサイドネットの製品を主に使用しているが、どちらもクオリティには文句のつけようがない。積極的に使いたくなるバナナプラグである。
先日のこと、ちょっとした生活用品を地元スーパーやホームセンターで探したが見つからず、ネット通販のアマゾンで購入する羽目になった。いや、何のことはない。安すぎて送料が無料にならないというだけの問題だが、それで「ついでに何か買って送料無料にできないか」と、半ば冷やかしもあっていろいろのぞいていたら、何だかヘンな商品を見つけた。「深セン市とてつもない音テクノロジー株式会社」という素っ頓狂な社名の製品で、クレープ型のバナナプラグなのだが、4本では899円のところ本数が増えるに従ってどんどん安くなり、16本では2,199円だったものだからもう即決で購入、2,000円以上は送料無料なので、このプラグだけでも大丈夫だったことになる。
そんなものを見つけてしまったから思いついたのが、前述したオーディオ実験工房で放送中の「バナナプラグ特集」だ。私と荒川さんの手持ちと借りられた製品群を、ぎっしり2回分に詰め込んでお送りしている。これまで解説した全方式を網羅し、同じような方式でも複数社の製品で音がどう違うのか、ぜひ聴き比べてみてほしい。
ちなみに、ちょっとだけリークすると、件の「深セン市とてつも~」社製品は、まぁ使えなくもないかな、といった程度のクオリティだった。ちょっと音がカサつき、品位が下がるのだ。あんな価格なのだから文句はいえないし、実は今もわが家の「イソシギ」差信号ユニットと「レス」のトゥイーター用に使っているのだが、エージングをしっかり済ませればまぁそれほどひどいものではない。懐に余裕がある人は一顧だにする必要はないが、限られた財布の中身でいろいろ実験したいという、若い頃の私みたいな人には、まぁ一度購入してもよいのではないか、といったくらいには薦められる製品である。
(2021年6月10日更新) 第293回に戻る 第295回に進む
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昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。
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