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【アーカイヴ】第110回/クズマとオーディオリプラス  [鈴木裕]

 2015年12月にうちに導入したアナログプレーヤー、クズマSTABI S COMPLETE SYSTEMⅡ(スタビ エス コンプリート・システム・ツー)。このコラムの第104回「23年ぶりのアナログプレーヤー」で書いたことの続きにあたり、音元出版『Audio Accessary』vol.160、118ページの「鈴木裕のアナログプレーヤー導入記」で書き切れなかったことを補足してみよう。


 いきなり大きな話になるが、音楽の「再生」、英語で「play」ってどんな意味だと思いますか。録音したものを再生すること。自分の現在の結論を書くと、再生の本質とは「いったん何かに記録したデータをリアルタイムに戻すこと」だと考えている。音楽以外でも映像も再生するが、音楽には静止画のような静止音はなくて、なにしろ時間の中にしか生きられないのが音楽だ。これがとても大事じゃなかろうか。
 このことをわかりやすくやっているのがダイレクトカッティングのアナログレコードだ。そもそも昔の蝋管やSPレコードはダイレクトカッティングだったわけだが、これは実に本質を突いているというか、わかりやすいシステムだと思う。要するに生演奏の音を規定の回転で回っているラッカー盤に切って、それをスタンプを繰り返す形で販売用レコードを製作。聴く時は、そのレコードをアナログプレーヤーに載せて、録音した時と同じ回転数で回す。そしてそれをある一点にカートリッジのスタイラスを置いて、音ミゾの振動を拾って「再生」ということになる。盤の音ミゾという状態自体には「時間がない」わけで(デジタルの場合は「時間が剥がされている」という言い方を自分はするが)、回転させることによって音楽を時間の中に戻す、音楽をリアルタイムの中へ解き放つことになる。(ほんとはここでCDの問題点や、リンのEXAKT SYSTEMの場合の話をしたいのだがえらく長くなるので割愛)。

BDRのカーボン製ボード、ザ・ソース上にクズマを設置。
クズマ本体のインシュレーターはオーディオリプラスのOPT-30HG 20HR。
モーター部用インシュレーターはBDRのミニピッツ。
純正のプラッターの上は、5mm厚のブラスのターンテーブルシート、2mm厚のカーボンシート、その上にオヤイデのMJ12(限定バージョン)。
スタビライザーはいくつかあるが、
ブラスと特殊樹脂を組み合わせた重量989gのものをメインに使用。


トーンアームの根本の部分。
下の黒いカップの中に「ダンピング・オイル」と名付けられた粘性の高いオイルが
規定量入っており、そこにアーム側のブラスのスカート部がひたっていて
一点支持のトーンアームの安定性を出している。
後ろ側のバーにぶら下がる偏芯した2つのブラスの部分で、
針圧とアジマス(カートリッジの直立性)のコントロールを行う。

 そうなると、アナログレコードの再生において重要なのは、まずプラッターの回転の精度。そしてその上にのせたレコードの一点をカートリッジのスタイラスがきちんとキープできることだと考えるようになった。
 スタイラスの位置をキープさせるためにはプラッターの軸とトーンアームの支点、そしてトーンアームの剛性が大事な要素になってくる。トーンアームは音ミゾにストレスなく追従しなければいけないが、同時にごくごく短い時間の、ミクロ単位の動きにおいては上下方向にも左右方向にも無駄な動きがない、ということが大事。逆の場合を考えるとわかりやすいが、この3点の関係の剛性がヤワだと、たとえばカートリッジの前後位置がフラフラするとワウフラッターと同じ状態が発生することになるし、トーンアーム取付部の横方向の剛性の低さも結果としてはこの前後方向の位置に反映されてしまう。そう考えると、今まで使ってきたケンウッドのKP-9010は頑丈な鋳物のフレームを内蔵しており、トーンアームの根本はゴムの緩衝材を持っているようだが、音ミゾ掘り起こしの精度が高かった要因のひとつになっていたはずだ。クズマはなにしろ剛直な作りで、この3点の精度が出ている。
 もうひとつ大事なのは、音ミゾとスタイラスの先端の密着度というか、追従性の高さが大事になってくる。いろいろな要素が関係してくるのでまとめるのは難しいが、クズマの場合オイルを伴った一点支持構造になっているし、シェル一体型のトーンアームの剛性や応力の受け方もいいのだろう。

ケンウッドKP-9010のキャビネット内部の鋳造のアルミのフレーム。

 まとめるとSTABI S COMPLETE SYSTEMⅡでは、プラッターの回転の精度は、モーターを制御する電源部や制御回路によって担保。スタイラスのあるべきポイントや振動コントロールについては、剛直な本体と一点支持部、トーンアーム、カートリッジ取付部。こうしたものがすべて削り出し加工で精度高く、剛性高く作られていることによって対処。それらが峻厳な音を生み出す原動力になっている(と思う)。

 さて問題は、そのクズマの設計思想や出来の良さの延長上で、どうセッティングを進めていくか。あるいは、どんなオーディオアクセサリー類を付加していくかだ。2カ月くらいをかけて、ほとんどムキになってやってきたことの中心にあったのは、ごくごく短く言うと、音ミゾの情報をいかにより深く彫れるか、というのがまず第一点。二つ目が低域、中域、高域といった時間軸をより精度高く揃えること。3番目が各部の振動コントロール。そして、4番目が太い音の感じ、馬力のあるヴァイタリティのある音でありつつ、同時に背景の静かな、繊細感の出る、分解能の高い、見通しのいい音というのもたしかにあって、それを総合的に「好きな音」とするならばこの「好きな音」を4番目にしておくべきなのか、もっともプライオリティの高いものなかは判然としないがなにしろそういうことが渾然一体となってあって、ある状態やアクセサリーのAB比較の中でどちらが目標に到達するかをひとつひとつ判断していった。その繰り返しを百回以上やったことになる。

パワーサプライ部はエソテリックK-03Xの下に設置(33と表示されている部分)。
電源ケーブルはMITのMagnumAC-Ⅱに交換。
その右側に写っているのがフォノイコライザー役の
マーク・レヴィンソンNo.26SL(MCフォノモジュール入り)。
その上がプリアンプのサンバレーSV-192A/D。
その下に写っているのはケンウッドKP-9010。ある人に譲渡が決まっているのだが、
お互い忙しくてまだ動態保存されている。

 抽象的な話になってきたので、具体的なエピソードをいくつか。
 低音の出るオーディオボードをクズマの下に使ってみた。低音はたしかに出るようになるのだが、コクがあるとか、あたたかみが出るといった低音の成分が、時間軸で言うと微妙にしかし決定的に遅れていることがわかってしまう。クズマとはそういうプレーヤーである。鉛合金製のターンテーブルシートも使ってみたがどうもやはりその鈍さが音に出ていた。低音が立ち上がり切れなかったり、高域が微妙にニジむ感じがあった。

 あるふたつのインシュレーターを組み合わせた時はおもしろかった。音に異様な生々しさがあって良しとしたかったのだけど、やはり強調感のある音で、その状態を良しとして次に低域もバランスを取っていこうという道にはいかなった。基本的に「スゴイ音とヒドイ音は紙一重」だと思っていて、スゴイ音は狙っていない。普通の音なのに、生のように音が立ち上がっているとか、エネルギー感が強いとか、音の実在感が高い、という方向を目指した。あまりオーディオの音を聴いたことがない人が聴くとフツーの音に聞こえるのを、むしろ良しとしている。ただし、たくさんのオーディオの音を聴いている人ほど、ある瞬間の音のトランジェントや床の揺れ方に気付くかもしれない。基本、音が変わって喜ぶようなオーディオ青春時代はとっくのとんまに通り過ぎている。欲しい音が欲しい。それだけなのに、それだけが難しい。

トーンアームの先端部。
こんなところまで削り出しのパーツで構成されている。カートリッジはデノンDL103FL。
1994年の限定モデル。
ヘッドシェル(と言うのだろうか)との間にはさんでいるのはビギンズのカーポンのプレート。
ネジはクズマ付属のステンレスのネジとボルト。
この後、山本音響のチタンや真鍮のボルト/ナットをテストする予定。

 そんなことをやっているうちにインシュレーターとして思い浮かんだのがオーディオリプラスの石英のものだ。昨年秋の取材で大きさや純度の違うものなどをスピーカーの下に設置するテストをさせてもらって、その実力の高さを思い知らされた。このメーカーの石英はグレードが二段階あり、天然の石英を集めて精製して粉の状態にし、そこから純度を上げたHR石英と、さらにその純度を上げたHG HR石英がある。そのHG HR石英の中から、直径30ミリ、高さ20ミリのものを選んだ。高さと直径の割合がいい感じで、理屈で言うと黄金比の1対1.6に近いということもあるし、実際にテストで10ミリ厚と20ミリ厚のものを聴き較べることが出来て、20ミリ厚のものに特有の魅力を持った「世界」を感じたからだ。複数の素材を組み合わせた構造ではないので、やはり形や比率といったことが大事なのだろう。
 購入したのは、OPT-30HG20HRを6個。6個購入したのは、クズマの本体用に3個、モーター部用に3個ということもあるし、そのうちにうちのメインのスピーカーに使ってどうなのかを試してみたいという思惑もあった。

 リプラス(と略す)のHG HR石英インシュレーターは90点の状態のオーディオに使い、なおかつその音の方向性がマッチングしていると、いきなり98点にいくようなポテンシャルを持っている。先に書いた4つのポイントだ。普通、90点までいっているオーディオはそこからなかなか向上しないものだ。だからこれは素晴らしいことだ。しかし同時に厳しいアクセサリーでもあった。テキトーに繕った音だと、その繕い具合を露骨に見せてしまうからだ。Aというボードによってもたらされた低域とBというインシュレーターによってもたらされた中域の人工的なつなぎ目の音が混ざり合っていて気にならなかったのを、リプラスを入れる事によってきれいに分解して見せてしまう能力を持っている。きれいにと書くと言葉はきれいだが、暴露であり正されてしまうのだ。正しいというか純粋。ココロがきれいなので、裸の王様のことを「ハダカだよ」って言ってしまうように。

 このインシュレーター、そもそもその固さが尋常じゃない。たとえばアンプの底板の下にダイレクトに設置した場合、設置面(ラックの天板とか)とアンプの底板の、お互いが完全にフラットで完全に平行な状態じゃないと、リプラス自身はその間に入って振動してしまい、本来の性能をまったく発揮しない。返ってマイナスでさえある。そのためメーカーでは、純正の脚の下のゴムとかフェルトを貼ってある面の下に設置することも薦めている。そういった意味では、けっこう使いこなしが難しいし、音を判断していろいろやってみることの出来る人じゃないと良い結果は得られない。シロートは手を出さない方がいい。
 尋常なるざる固さというのをデータ的な理論値で言うと、リプラスのHG HR石英は耐荷重が1㎠あたり9500kgということが説明されている。つまり、購入した直径30mmのもので言うと、たったひとつで67トン。3つで200トンのもの重量を支えられることになる。これだけでも常識的な感覚を超越した物体だが、しかも金属のようにある程度荷重がかかってくると変形し出すのではなく、強度の限界に達するまでは変形せず、達した瞬間にいきなり全体が崩壊するような壊れ方だという。このあたりの物性に起因するハンパないインシュレーターなのだ。

 こうやって書いてくると、クズマのプレーヤーとリプラスのインシュレーターの向かっている方向性に共通項を持っていることに気付く方もいるだろう。というか、鈴木裕はそう思って組み合わせてセッティングしてきたので、その見方が前面に出ている文章を書いている。他の人がやればまた違う側面が出てくるとは思うが。

 さいごにうちのスピーカー、ティールCS-7の下にリプラスのHG HR石英インシュレーターを使った結果を書いておこう。

ティールCS-7の下に設置したオーディオリプラス。
ティールはスピーカー端子部が後ろの底面にあり、後方2点、前方1点で支えている。

 CS-7の下部は木製のハカマ状になっていて、そことタオックのボードの間にダイレクトに設置した。結果を簡単に言うと、低域/中域/高域の位相が揃い、低域の分解能が増し、全帯域の音の透明度が向上。音楽の音としてはリアルで瑞々しくなり、とくにタイコの凹む様子が克明に伝わってくるのには毎回ちょっと笑ってしまうし、自宅はセキスイのツーバイフォー構造の2階なのだが、このフローリングの床がよく揺れるようになった(苦笑)。タイミングが合うとエネルギーは増す、というオーケストラの合奏で学習したことが、オーディオでもまったく同じようにあてはまる。手前ミソで恐縮だが、うちのオーディオは現在、最低域から超高域までかなりの精度でタイミングが合っている。テストした後、いったん外してクズマに戻すつもりだったがこの音を聴いちゃったらもう元には戻せない。結局、CS-7の下のリプラスは外すことなく、クズマ用にOPT-30HG20HRをもう3個買い足した。使いこなしも難しいが値段もけっこうするのだ。やれやれ。
 付け加えるならばCDを聴いても上記の方向の音の方向性なので、念のため。

 クズマへのアクセサリー類の投入とテストはまだ継続中なので続きはまたそのうちに。

(2016年2月29日更新) 第109回に戻る 第111回に進む  


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鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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