【アーカイヴ】第186回/ベーシスト小林真人さんの5ウェイ・モノラル・スピーカーを聴いた3月 [田中伊佐資]
●3月×日/昨年の夏、「音ミゾ」へゲストとして出演してもらったことがあるベーシストの小林真人さんの家を訪問。
番組では、クリーム、ソフト・マシーン、トニー・ウィリアムスのライフタイムなど、情念まるだし英国ジャズロックをかけてもらい、大いに盛り上がった。
小林さん自身は、北村英治グループのレギュラー・メンバーであり、スイングやトラッド系ジャズベースの第一人者である。その音楽的なギャップがどことなしに面白い。
オーディオも好きということだが、システムの概要を説明されてもさっぱり理解できず、なんだかよくわからんが行ってみようとステレオ誌の「音の見える部屋」で取材することになった。
小林さんはステレオ音源だろうが、スピーカー1本のモノラル主義。CDは5ウェイ、レコードは2ウェイ・スピーカーをマルチ・アンプで鳴らす。信号経路の途中で、管球バッファーアンプでブーストしたり、マイクプリでゲインを上げたり、ご本人いわく「継ぎ足し継ぎ足し」システムのようだった。
話を聞いても全容がわからないのは無理もないが、情けないことに現物を見ても僕にはいまいちのみ込めなかった。結局、系統図を書いてもらうことになった。
ネタとしてユニークなのが、ドラムのシンバルをスピーカーの振動板に見立ててスーパー・トゥイーターとして振動させていることだ。といってもそれは小林さんの洒落・遊びの領域に入っている。
エリック・ドルフィーのCD『アウト・トゥ・ランチ』を聴かせてもらった。
まったく失礼ながら、オーディオ雑誌やオーディオ評論の見地に立つと、正統的な音とは言いがたい。だがしかし、オーディオのブランドがどうのこうの、スペックがどうのこうのという講釈を遠くへぶっ飛ばし、音楽を心から楽しむうえで実にいい音だった。小林さん自身もシステムを組み上げること自体を楽しんでいるようだ。この件は、前回の「ヴィンテージ・ジュークボックス」に通じる部分があるだろう。
それに比べて、いま自分のオーディオは原因不明のスランプに陥っていて、もうひとつ楽しめないでいる。どういう弾みかわからないが、中低域の無駄な脂肪が無くなってしまい、頭を抱えているのである。
満面の笑みを浮かべたアフター・ライザップのような音になると、最近の優秀録音盤はいいとしても、70年代以前に録音されたレコードがつまらない。僕が望んでいるねっとりした猥雑感が出てこない。偏向があるとわかりつつも、やっぱり馴染めないのだ。
そうすると、チェック用の同じレコードの同じ曲をためつすがめつ聴きながら、カートリッジやらインシュレーターやらを取り替えて思いを巡らすことになる。あのレコード聴きたい、これ聴きたいと小さな渇望がぽっぽっと心に浮かぶが、それを押し殺して音を検討する。オーディオ好きの悲しいサガってやつである。
ちなみにこのところ音質のチェックで使っているのは、ビートルズ『レット・イット・ビー』A面2曲目「ディグ・ア・ポニー」が始まる前に、カウントが入って右チャンネルで「ズン」と一度ギターが入る、その「ズン」。この一発が景気よくラウドに出てくると、どんな曲を聴いても気持ちのいいグルーヴが宿る。ギターをスピーカーに直結したように、重い音が出ていたのに、なぜか軽くなってしまった。
それにしてもオーディオを邁進することによって、音楽がより深く聴けるようになるみたいなことは業界でよく語られがちだが本当なのか。納得できる音を出そうとすると、明らかにそのための時間や労力、資金は音楽を聴くことに対してブレーキになるのではなかろうか。
小林さんのことに戻れないほど話は脱線したが、ともあれ小林さんもそれなりに音の苦労はあるとは思うけど、ハードに振り回されずに「こんな感じでいいんじゃないの」みたいな泰然として事に当たっていることがいいと思った。そういうスタンスは自然に音へにじみ出てくるものだ。
音とかオーディオのことを考えていくと、最後は音楽を受ける側の「境地」に踏み込まざるをえない。最後だから思いっきり書くと、小林さんのシステム構成はもうムチャクチャだ。だけど使い手の「境地」ができあがっているので、音はすごく快適なのである。
「ディグ・ア・ポニー」の「ズン」がどうしたとか言っているようではまだまだだ。
(2018年4月10日更新) 第185回に戻る 第187回に進む
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東京都生まれ。音楽雑誌編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。著作に『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(音楽之友社)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。
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