【アーカイヴ】第285回/「激辛優秀録音!音のびっくり箱」がムックになった!?[炭山アキラ]
去る2月の18日、音楽之友社の月刊「ステレオ」誌3月号と同時のタイミングで、1冊のムック本が発売された。「オーディオ超絶音源探検隊」と名付けられた冊子で、手前味噌ながら、私と高崎素行さんがここ5年ほど続けているステレオ誌の連載「今月の変態ソフト選手権!」を50回分まとめたものがメイン・コンテンツとなるものである。
オーディオ各誌では、私自身を含めて数多くの評論家諸氏が「高音質音源レビュー」を執筆されている。今月の変態ソフト選手権は、「高音質」というキーワードのみを関門として、そういった数多ある"レコ評"ページではほとんど紹介されることのない音源、具体的にはマイナーな作家の現代音楽や非スタンダードのジャズ、ヒットチャートを賑わさないポップス、どこのジャンルへ収めたらよいか分からない"ヘンな音楽"、果ては音楽ですらない環境音、花火、蒸気機関車、戦車といった音に至るまで、精力的に紹介してきた。幸い、結構長く続けている連載だが、他のレビュー記事とタイトルが重なったものは10%、いや5%もないだろう。
こんな誰も聴かないような音源を紹介して、一体どれほどの読者がそれを愛して下さるだろうと、いささかからず不安を抱きながらの船出であったが、幸い連載は打ち切りの通告を受けることなく、現在もなおステレオ誌上で続いている。物事を面白がって下さる読者の皆様へ、深く感謝するほかない。
あまつさえ、そんなマイナー音楽のページがこうしてムック本へまとめられたのだから、「ゲテモノ音楽の伝道師」を自任する私や高崎さんとしても、これはもう望外の喜びだった。ムック化の企画を推して1冊へまとめてくれた編集子の蛮勇と、無茶な企画を通してくれた同社の上層部には、本当に足を向けて寝られない。
また、連載開始に伴ってミュージックバードへ話を持っていった結果、「激辛優秀録音!音のびっくり箱」という番組としても結実したのはうれしかった。連載で紹介した音源だけでは1時間の尺を埋められないので、私と高崎さんが故・長岡鉄男氏の「A級外盤」だったり、長年のコレクションの中から「これぞ!」という選りすぐりの変態ソフトだったりを持ち寄り、3年と少しにわたって散々かけまくってきたものである。
音のびっくり箱は、残念ながらこの企画を面白がってくれたSディレクターが現場を離れられたことに伴い終了となってしまったが、現在もアーカイブ放送が続けられている。本稿で興味を持たれたリスナーは、怖いもの見たさでもぜひ毎週月曜の朝9時と夜8時に、124ch「THE AUDIO」へチャンネルを合わせてみていただきたい。
今回のムック本には「バックロードホーン・スピーカーを相棒に」という副題が添えられている。ご存じの人も多いかと思うが、私のメイン・リファレンス・スピーカーにはもう何十年もバックロードホーン(BH)が収まっている。「変態ソフト選手権」「音のびっくり箱」で紹介するような音源は、立ち上がり/立ち下がりが急峻で、超パワフル&ハイスピードな音源が圧倒的な多数となるから、どうしてもBHくらい強烈なスピーカーでなければ対応し切れないことが多いからだ。
まず、ムック本の冒頭で「バックロードホーン・スピーカーを相棒にした男」と銘打たれ、2人のBHユーザーを読者訪問した記事が掲載されている。ご出演願った2人は、私にとっては結構長い付き合いの面々である。
1人目の上野さんは長岡鉄男氏のアシスタントを長年務められていた人で、以来二十数年間、親しく付き合わせてもらってきた。そんな長い付き合いだというのに、上野さん宅へはこのたびが初めての訪問で、長岡氏のシアタールーム「方舟」を縮小してほぼ再現した部屋に、腕利きの木工房が製作したBHと共鳴管スピーカーが据えられていて、思わず溜め息が出た。これこそ「長岡ファンが思い描く理想の部屋」なのではないか。
音を聴かせてもらうと、さらに驚く。何と長岡氏の装置よりもずっとハイスピードでパワフルな音なのだ。転ぶと大ケガしそうなコンクリの床は方舟譲りだが、そこへ据えられたBHは長岡氏のD-57へ範を採り、凝り性のオーディオマニアでもある木工房のご主人が腕によりをかけ、上野さんと何度も打ち合わせを重ねながら製作した一品物のスピーカーだけに、共鳴管と鳥型BHがメインSPだった本家・方舟よりも一段と強烈なサウンドが実現できていたのであろう。誌面でも記しているが、いくらわが家の「ハシビロコウ」が強烈な再現を聴かせているとはいえ、軽量鉄骨木造の自宅では、あんな峻険な再現は逆立ちしても実現できない。先ほどとは違う意味で、溜め息をつかざるを得ない状況である。
もう1人の酒井さんは、ある意味わが「ハシビロコウ」の生みの親といってもよい存在である。いや、設計したのは紛れもなく私だが、この手の巨大スピーカーを製作するに当たって最も困ることといえば、「それまで使っていたスピーカーをどうやって処分するか」であろう。そこで「僕が使いますよ」と手を挙げてくれ、あまつさえ製作を手伝ってくれて(わが目の前の「ハシビロコウ」は、Rchキャビの大半を酒井さんが製作したものだ)、ネーミングまで考えてくれたのだから、そういっても決して過言ではないとご了解いただけよう。
「ハシビロコウ」の前に使っていた「シギダチョウ」は、こういう次第で酒井さんのマンションへ旅立ったのだが、ユニットをオリジナルのFE203En-Sから最強のFE208-Solへ変更し、然るべき位置へセットして音を出した瞬間、「しまった、こりゃハシビロコウより凄い音だよ!」と、両BHの設計者自身が頭を抱えることとなった。いや、理由は簡単だ。ユニットが大幅に強化されたのもそうだが、シギダチョウ自身がハシビロコウよりもずっとホーン全長が短く、レンジこそ狭いがハイスピードでパワフルな音はむしろ得意なのである。
というか、シギダチョウはそういう利点を目指して設計したBHだし、ハシビロコウはレンジを伸ばすためにあえてホーン全長を長くしたのだから、そうなることも想定の範囲内ではあった。しかし、それが想定以上に大きな違いだったもので、頭を抱えざるを得なかったというわけだ。酒井さんが上手く使いこなしている、という側面ももちろんある。
酒井さんのもっと凄いところは、あの複雑極まる鳥型BHを自ら設計し、世に問うていることだ。パークオーディオのBH用10cmフルレンジを用いて、誰のコピーでもないオリジナル構造の鳥型を設計・製作し、音質的にもほぼ破綻なくBHらしさ、鳥型らしさを上手く引き出して、さらに「技術系のコミケ」と通称される同人誌即売会「技術書典」で、それまで自作したオリジナル・スピーカーの図面と製作法を公開した私家版を販売してしまうというバイタリティ、その猛者っぷりは本当にただ者ではない。
「相棒に」というからには、もちろんBHの製作記事も掲載されている。わが絶対リファレンスの「ハシビロコウ」、プレミアム・クラスの16cmフルレンジFE168NSを使った鳥型BH「グース」、オントモ・ムックのパイオニア製6cmフルレンジを使った最小の鳥型「コサギ」といった旧作の再録とともに、完全新作として10cmBH「レス」を書き下ろしたほか、当コラムの第246回と249回で紹介したマトリックス型コーナー型鳥型BH「イソシギ」も、ようやく記事になった。
改めて、「レス」について少し説明しておこうか。炭山のBHというと鳥型、というイメージが定着してしまった感があるし、それはそれでありがたいことだと思っている。しかし、鳥型はとかく構成する板の枚数が多く、構造も複雑なものになりがちだ。ということはつまり、ビギナーには決して向かない作例ということになるし、それだけ「入門の敷居を高く、間口を狭くしている」ということもできよう。
それで今作は、編集子とも話し合った結果、「一番入ってきやすい作例にしよう」ということで決まった。となれば鳥型は封印、ごく一般的な矩形トールボーイのCW型(コンスタント・ウィドゥス型。音道の横幅が一定で、奥行のみ徐々に開いてホーンになることからこう呼ばれる。一番下、WP-SP101BHの画像参照)の他に選択肢はない。
いろいろ工夫を凝らした結果、ルックス的な間延びを避けるために部材が1枚増加したものの、それでも1本当たり12枚の板音道をで構成することに成功、音道は直管の連続なので至って作りやすく、幅160×高さ900×奥行275mmと、大変コンパクトに仕上がったのもポイントといえよう。製作は、ある程度の工作経験者なら1日で2本余裕を持って完成させられるだろう。ビギナーでも失敗の確率が低く、そんなに製作時間はかからないことと推測する。
音は、当の設計者があっけにとられるくらいパワフルで豪快、ハイスピードで切れ味鋭い音が飛び出してきた。計算上はこれでよいと出たものの、FE108NSにはちょっと小さすぎるんじゃないかと疑念を持ちつつの工作だったが、想像を遥かに上回る大成功に胸をなで下ろした次第だ。
「イソシギ」は鳥型ながら、もっと製作簡単な作例である。何といっても1本作れば完成というのが大きい。ボディの音道構成もごくシンプルにまとまったし、難関は鳥型を象徴するネック~ヘッドにかけての造形だろうが、なに、ちょっと手間がかかるだけで、そう難しいものではない。
この作例で一番気にせねばならないのは、何といっても配線だ。ダブルボイスコイルのユニット自体、世にほとんど存在しないものであるし、かてて加えてマトリックス接続せねばならないのだ。一歩間違えると全く音が広がらないか、奇妙に中抜けの頓狂な再生音が飛び出すことになる。文章に加え、図版と写真でも説明してあるから、マトリックスに興味のある人はぜひのぞいてみてほしい。
音については先のコラムで結構書いてしまっており、改めて作った"2台目"も、その印象はほとんど変わらない。素直で伸びやかなフルレンジらしい好表現に、スリムな小型筐体からは信じられないような重低音を苦もなく吐き出し、位相情報の豊かなソフトをかけた時の音場感の広大さは、耳から入った情報だというのに思わず目を見開いてしまう。文字通り「音の大パノラマ」という感がある。本当に面白いスピーカーだ。
自作BHの作例を掲載しても、「私にはとても作れないよ」とお考えの人がおいでかと思う。そんな人もBHサウンドを諦める必要はない。フォステクスはユニットのみならず、いろいろなユニットの純正キャビネットを発売しているが、新製品のFE-NSシリーズへ当てた純正BHキャビが実に素晴らしい作りと音で、それらを高崎さんと2人で昭島の本社まで赴いて聴き、リポートしている。自作に比べればかなり高価なキャビネットとなってしまうのは致し方ないが、ウォルナット突き板張りの非常に美しい製品だから、仕上げ込みの価格と考えれば決して高すぎはしないと感じた。
ほか、私が設計した「コサギ」と「チュウサギ」をキットとして発売してくれている大阪の電子パーツ販売店、共立電子が販売している「ワンダーキット」の中から、「チュウサギ」とCW型BHのWP-SP101BHを試聴、リポートしている。
といっても「チュウサギ」は私が設計・製作したものだし、音など聴かずとも書けるのは当たり前だ。本作は私の作例としては珍しく、雑誌に図面を載せたことがない「ワンダーキット専用作品」だから、なじみのある人は少ないかと思うが、われながらなかなかよくできた設計だと感じている。ご興味をお持ちの人は、もしよかったら大阪は日本橋の共立シリコンハウスへ行ってみてほしい。常時試聴可能かは分からないが、少なくとも展示はされているはずだ。
一方のWP-SP101BHは、10cm用としてはかなり大ぶりのBHで、ちょっとビックリするような提案込みで試聴記を掲載しているから、これはぜひ記事へ当たっていただきたい。
何といっても当ムックの主役は「変態ソフト」なのだから、せめていくつかの音源でも読者へ実際に体験してほしい。そんな願いから、編集子がレコード会社の担当者と一緒に駆けずり回って付録CDを作ってくれた。選曲はもちろん私と高崎さんが行ったものだが、製作費と著作権、さらにアーティスト側の許諾といういくつものハードルを潜り抜け、本当に物凄いサンプルが出来上がったと、これは自画自賛していいと思う。
はっきり申し上げよう。私は今後BHを実演するイベントの講師を仰せつかっても、このサンプルCDを1枚鞄へ入れていけば、それだけで1時間やそこらのイベントをこなし、お客様をのけぞらせる自信がある。このサンプルCDが眠く、あるいは鈍く聴こえたら、それはあなたの装置が眠く、鈍いのだ。リスナーへ挑みかかるような音源ぞろいの1枚だから、ぜひともその"挑戦"を受けて立ってほしい。
さらに願えるなら、サンプルCDの音源は多くが抜粋となっているから、気に入った音源はぜひCDなりハイレゾなりで購入し、フルで楽しんでほしい。高音質ソフトの醍醐味が数倍に高まることをお約束しよう。
いやはや、いくら解説してもこのムックについては語り尽くせない。私も高崎さんもそして編集子も、かなりの思い入れと情熱を投じて完成させたムック本である。1人でも多くの皆様がお手に取って下さることを祈るばかりだ。少なくとも「音のびっくり箱」をご愛聴下さった方なら、私たちの思いを共有していただけるのではないか。というわけで皆様、何とぞよろしくお願いします。
(2021年3月11日更新) 第284回に戻る 第286回に進む
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昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。
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