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【アーカイヴ】第282回/小物と大物、フォステクスの新作2題[炭山アキラ]
2020~2021年のフォステクス技術陣は、勢いに乗っている感がある。同社というとついつい私などはスピーカーユニットばかり注目してしまうのだが、実はアンプやDACなどのエレクトロニクス関連も非常に高い技術を有した社で、自宅でも同社の超廉価パワーアンプとチャンネルデバイダーを活用したマルチアンプ方式の4ウェイ「ホーム・タワー」を、サブ・リファレンスとして愛用している。
このたび、「ホーム・タワー」のミッドハイとトゥイーターをドライブしている小型アンプAP15dがMk2にモデルチェンジを遂げた。オリジナルのAP15dはPWM方式の高効率アンプで、手のひらにすっぽり収まるサイズから15W+15W(4~8Ω)の出力を発揮する。一度「ハシビロコウ」をつないでみたこともあるが、普通に朗々と鳴ってしまった。なかなかの品位と駆動力を持つ、侮れないアンプである。
「外観もほぼ同じmk2だし、これはテストするまでもないかな」と、積極的な行動を控えてきた製品だが、「一度聴いてみて下さいよ」とエンジニアのNさんがわが家へ送ってくれた。もちろんミッドハイとトゥイーター用に2台である。やってきた個体を旧型と並べて置いてみたら、うむ、ウェブ画像で見る以上に違うではないか。まず、本体仕上げがプレーンな艶消しから梨地仕上げになった。それだけでずいぶん見た目の高級感が増すものである。ロゴの位置が変わったのも意外と大きく、旧作は天板に描かれていたので前からメーカーロゴや型番が見えなかったのが、今作はしっかり見えるから、何だか「オーディオ機器らしさが増した」ような気がしてくる。インジケーターとフロント入力端子の位置が左右逆転し、チャンデバEN15とインジケーターの位置がほぼ同じになったのも、わが家のような使い方をしている人にとってはよいことではないか。
リアパネルの端子も配置が変わっているが、交換することは全然難しくない。何といっても本体重量250gしかないからだ。あっさり交換が終了し、音を出した時の衝撃を、一体皆さんにどう伝えたらよいだろうか。音の粒がいっぺんに細かくなり、輝きが大幅に増して、音がグイグイ張り出すのだが全然歪みっぽくない。オープン価格だが、おそらく売価がそう大幅に上がったということはないだろう。なのにこの音質向上だ。まるでアンプを2~3ランクも上のものへ交換したような、そんな表現である。
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見比べないとほとんど分からないが、結構いろいろなところが違っている。
最も違うのが"音"であることは間違いない。
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マグネットがここまで違うと、それは音も別物になろうというものである。
もちろん本文で述べた通り、他の違いも非常に多く、
振動板の形状とフレーム以外に共通点はないといってよい。
また、これがAP15mk2の「第一声」だった、ということも覚えておかねばならない。
何年もじっくりとエージングを済ませた旧作から、
交換して1分もたたない新作がこれほどの向上っぷりを聴かせるのだ。
「これは大変なものを聴いてしまったぞ」と感じずにいられない。
皆さんでもしAP15dをお使いの人がおられたら、とにかく一度新型に触れられることを薦める。
廉価な製品でもあるが、その投資に数倍する音質向上を保証するものである。
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ビスを打ってしまう。
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安物のジグソーにとって30mm厚の板はなかなかの難物だったが、
まぁ時間さえかければ大した問題もない。
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15mm厚の何とジグソーの刃が通りやすいことよ。
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2本のキャビを重ね合わせ、大ぶりのハタガネでしっかりと締め込み、
この季節なら最低でも1時間、できれば3時間くらいは放置すると、
しっかり実用強度が出る。
アンプの話はこのあたりで切り上げ、お次はユニットの話題を。同社はついこの年末に自作用フルレンジの大看板FEシリーズのニューフェース、FE-NSシリーズに10cmと20cmを追加したばかりだというのに、このたびは16cmの新作をリリースするというではないか。それも、NSはレギュラーユニットだが、このたびのFE168SS-HPは限定ユニットである。
型番から内容が彷彿できるのは、かなりキャリアの長いマニアとお見受けする。16cm限定ユニットの簡単な歴史から話していこうか。FEの16cmに最初の限定ユニットが現れたのは1990年、いまだ角型のアルミダイカスト・フレームでビスも4点留めだったFE166スーパーである。振動板の直径が実効で130mmだというのに、このユニットはφ145×15mmのマグネットを搭載、どちらかというと穏やかな表現が主流の16cmFEにあって、若干粗野だが弾け飛ぶような勢いと噴出するパワーを聴かせてくれた。97年にはフランジを8点留めの丸型とし、マグネットをφ145×15mmの2枚重ねにした6N-FE168SSが登場する。6Nとは、ボイスコイルに6N銅を用いたという意味だ。当時私は故・長岡鉄男氏の担当編集者で、16cm鳥型バックロードホーン(BH)の傑作「スーパーレア」を作っていただいたものである。
そして2001年、複雑な星型コーン形状のHP振動板を持つFE168ESが登場、既に長岡氏は亡くなられていたので、私が氏の作例を下敷きに共鳴管SPの「ネッシーJr.ES」を発表したこともあった。
今だから白状するが、あれは私の作例というよりフォステクスの企画担当・佐藤晴重(さとう・はるしげ)さんとの合作のようなものだった。メーカー社員という立場を超えて、佐藤さんは自作マニアに「自作業界にこの人あり!」と知られた人で、そのバイタリティに引っ張られ、業界全体が動いていたようなイメージがあった。その佐藤さんももう亡くなられて10年が過ぎたか。まだ40代の早すぎる旅立ちに、本人もそうだったろうが、私を含めた周辺の皆も無念の思いを拭えなかったものである。
その後、2004年のFE166ES-R、11年のFE163En-Sと続くが、コーンは通常斜面に戻り、HP振動板はFE168ESの1作限りとなっていた。そこへ登場したのが今次の限定SS-HPである。SSは即ち168SSの2枚重ねマグネットを、HPはもちろん振動板の形状を意味する。
青味がかったブラックの振動板が精悍な面構えを見せるが、これは同社独自の2層抄紙技術で構成されたもので、基層は木材パルプをベースとしてマニラ麻、バイオセルロース、カーボン繊維、アラミド繊維、パールマイカ、カーボンパウダーなどを配合している。パルプとカーボンやアラミドを均等に混ぜるのは大変難しく、処理方法や配合の順序、比率などを細かく工夫しているそうだ。その上に乗せる表層は、バイオセルロースよりさらに何桁も細いセルロースナノファイバーとマイカが採用され、ヤング率(簡単にいえば伸び縮みしにくさ)や曲げ剛性、音速がアップしているという。
マグネットはもちろんφ145×15mmの2枚重ねだが、磁気回路に特殊な技術を盛り込むことで磁束がムダなくボイスコイルへ当たるようになり、駆動力は168SSの頃とは比較にならないくらい上がっているという。このあたりはわがリファレンスの「ハシビロコウ」に採用している20cmの限定FE208-Solと共通の技術である。
その他にも銅クラッドアルミ素材のボイスコイルやFRPボイスコイル・ボビン、リニアリティの高いアップダウンロール・タンジェンシャルエッジと同構造のダンパー、FE-NVシリーズで全面展開されたハトメレス構造など、紹介し始めるとキリがない特徴だらけのユニットなのだが、詳しくは同社ウェブサイトをご参照いただこう。
このユニットは、同社の昭島本社まで赴いて音を聴かせてもらってきた。キャビネットは純正のCW型(一般的な矩形キャビで、音道の横幅が一定なことからConstant Widthを略してこう呼ばれる)BHと、同社の汎用バスレフ型キャビネットBK165WB2を用いた。
まずBHから聴く。同社の試聴室に常備してもらっているCD(いや、何のことはない、ずいぶん前に忘れ物をして、そのまま取り置いてもらっているのだ)「古代ギリシャの音楽」を最初にかけたが、吹っ飛ぶようなスピード感とある意味それに似つかわしくないともいうべき高雅な響きを両立していてたまげた。音場はどこまでも広く、またその広がり方がどこまでも自然で、まるで椅子から立ち上がるとその場へ入っていけるのではないか、と錯覚させるような表現である。
すっかり調子に乗って持参したCDをどんどんかけていったが、音楽ジャンルやオンマイク/オフマイクなどの録音の傾向に向き不向きが左右される傾向も、BHとしては異例なくらい少ない。これは本質的に器の巨大なユニットだぞ、と深く認識することとなった。
続いて、バスレフでも聴いてみる。同社の16cmはほぼ例外なくバスレフで結構豊かな低音を聴かせるものだが、SS-HPもそれは例外ではなかった。ただし、さすがにFE-NVやFF-WKのように中域とほぼ同等のレベルで低域が出るところまでには至らず、ダラ下がりだが非常に良質な低域を聴かせる、というレベルだった。ひょっとして、壁掛け型の密閉箱に入れたら面白いかもしれないな、などと想像させる音質傾向でもある。
FE168SS-HPはフルレンジ1発でも何の痛痒もないくらいに聴ける品位の持ち主でもあるが、優れたトゥイーターを追加するとまた音は劇的に変わるものだ。今回は同時発売でT90A-SEというホーン型トゥイーターが限定で発売された。超ロングセラーの名作ホーン型トゥイーターT90Aをベースとして、「ホーンをステンレスの削り出しにしただけですよ」と開発のSさんははにかまれたが、オリジナルのT90AからSEに交換した時の驚きは大きかった。音の通りが何倍にも向上し、まさに名刀の強烈な切れ味と、音場全体を支配する大いなる静寂をもたらしてくれる。低域のスピード感が大幅アップしたのには、もう笑ってしまった。優れたトゥイーターは、超低域の表現まで一変させてしまうのだ。「材質を変えただけ」と微笑まれたSさんだが、きっと細かなチューニングに時間を費やされたのであろうことは、想像に難くない。
締め切り時点でT90A-SEはまだ試聴ユニットが用意できないそうだが、FE168SS-HPは早々にわが家へ送ってもらえた。これはもう「鳥型BH」を作るしかないかな、とも思ったが、あれはとにかく設計に時間がかかり、要するコストも並みではないので、じっくりと腰を据えてかからねばならない。というわけで、今回は見送らざるを得なかった。
ならばどうするか。わが家には、振動板の色こそ違うがよく似たユニットが実働している。アンプの項で話題に出した、マルチアンプ式4ウェイ「ホーム・タワー」のミッドバスに採用しているFE168EΣである。よし、これを交換してやろうと思い立ち、早速ユニットを外して取り付けようとしたら、やんぬるかな、ユニットの奥行きが大きすぎてキャビネットへ収まらない! 調べてみたら、30mm以上SS-HPの方が奥に長い。マグネットが2枚重ねなのだから、それくらいは想定しておくべきだった。
そこで急遽ホームセンターでバッフルと同寸の15mm厚MDFを切ってきて、バッフルへ張っていく。取り付け穴の寸法はφ151mmで両者共通だが、45mm厚のバッフルを同寸のバッフル穴にしてしまったら、ユニット背面の抜けが極めて悪化してしまう。そこで、まず板を1枚張り付けて、そこにφ170mm程度の穴をジグソーであけることとした。そしてもう1枚にφ151mmの穴をあけ、後から張り付けようという算段だ。
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トゥイーターT96Aは当面0.33uFのコンデンサー1発でつないでいるが、
もう少し大きめの定数も試してみたい。
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実際にやってみると、安物の電動ジグソーで30mm厚の板を切り進めるのには予想外の時間を要したが、まぁそう難しいこともなく完成。ただし、奥行きにあと2~3mm余裕を持たせておいた方が良かったような気もする。「ホーム・タワー」を実際に使われていてSS-HPへ交換しようという人がそうおられるとも思えないが、もしそういう人がおられたら、あと1枚3mm厚くらいの板を張っておくことを薦める。本当にギリギリすぎる寸法で、僅かなバラつき次第では取り付けできなくなってしまう可能性があるのだ。
キャビが完成してユニットを取り付け、ウーファー・キャビの上へ載せる。以前、第222回でFE168EΣが故障して新しいユニットへ載せ替えた時も同じようにしたが、新しいフルレンジ・ユニットを使い始める際には、たとえそれがクロスオーバー・ネットワークを用いてごく一部の帯域しか使わないものであっても、エージングが完了するまでは全域鳴らしてやることにしている。このたびのFE168SS-HPももちろんそうするため、チャンネルデバイダーの接続を変更して全域信号が入るように設定し、上にコンデンサー×1発でホーン型トゥイーターを載せてやることとした。T90A-SEが到着するまでは、こちらも最近の新製品で、月刊ステレオ誌のベストバイでも高く評価したT96Aに頑張ってもらおうと思う。
「エージングには時間のかかるユニットですよ」と開発チーフのOさんがおっしゃっていた通り、現状ではまだまだ音は全然こなれておらず、少し時間をかけて育てねばならない。とりあえず、今回は「工作記事とユニットを取り付けてセッティングしたところ」までで終了となってしまったが、しっかり音がこなれた暁には、またこちらかどこかでリポートさせていただきたいと思う。
●追伸●
前段までの文章はユニットを取り付けた当日までの印象だが、あれから数日鳴らし込み、印象は大きく変わった。物凄いパワーとアキュラシーを持ち、四角四面に音の角や細かな描写をこなす部分とエモーショナルに歌い上げる部分が高い次元で交わった、何だか大変な再生音を聴かせている。T96Aを用いる限り、コンデンサーの定数は0.33uFで問題ないようだ。逆相接続でバッフル面から15mmほど後退させてバランスした。
困ったところもあり、まずウーファーとのバランスが取れなくなり、クロスオーバーを少しだけ高めにし、出力レベルも大きくしなければならなかった。何よりミッドバスのスピード感が極端に上がってしまったせいで、ウーファーが置いていかれたような音になってしまっている。超低音がワンテンポ遅れるのだ。これを解決するには大規模な手術を必要とするから、ただいま頭を抱えているところだ。
(2021年2月10日更新) 第281回に戻る 第283回に進む
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昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。