第347回/4年間の変化をたどろう[炭山アキラ・最終回]
亡くなられた村井裕弥さんに代わって私がこのコラム執筆を拝命したのは2019年の4月、ちょうど今回でまる4年が経過したことになる。そこで今回は、この4年でわがシステムの変化したところ、並びにそれによる音質向上の具合について書き進めていきたいと思う。
■4ウェイはミッドバスが大幅進化
4ウェイ・マルチアンプの「ホーム・タワー」に用いているミッドバス・ユニットは当初フォステクスFE168EΣだったが、2019年の5月に故障が発生し、全く同じ銘柄の新しいユニットへ換装した。このあたりの顛末は第222回に詳述している。故障したユニットはまる15年ほども使った歴戦のつわもので、フォステクスがほんの一時期台湾の工場で生産していた頃の個体である。確か3~4台のキャビへ使い回され、天寿を全うした。
それだけ長く使い続け、愛着もひとしおであったFE168EΣを引退へ追いやったのは、ほかならぬフォステクスの限定ユニットFE168SS-HPである。交換したのは2021年の初頭頃、もちろん「ホーム・タワー」のミッドバス・キャビへ収めたのだが、ユニットの奥行きが30mm以上も大きく、そのままでは収まらない。そこで15mm厚のバッフルを2枚追加し、さらに小加工を施して収めることに成功した。このあたりの顛末は第282回に詳述したから、よろしかったらご参照いただきたい。
ちなみに退役したFE168EΣは、2022年の初頭に発売された音楽之友社のムック本「スピーカーをつくろう!」へ寄せたわが作例「スリムモアイ」のウーファー代わりに流用した。なぜ「モアイ」族なのにウーファー・ユニットを用いなかったのかというと、ちょうど設計していた時期にフォステクスへ問い合わせたらFW168HSも同108も在庫切れだったからだ。これを聞いた時はさすがに頭を抱えたが、しかし転んでもただでは起きるまいと、強力型フルレンジの中では例外的に低域を稼ぎやすいFE168EΣを起用した、という次第である。
FE168EΣから同SS-HPへ交換した「新ホーム・タワー」はどう音が変わったか。個人的に、多chマルチウェイ・スピーカーはミッドバスが命だと考えている。ボーカルや楽器のほとんどのファンダメンタル帯域を、このユニットが受け持つからだ。それゆえ「ホーム・タワー」も変化のほどはまことに劇的で、音が分厚く太く濃く、両端ユニットが同じなのだから再生周波数帯域は変わらないにもかかわらず、両端へかけての伸びやかさまで向上したような印象を強く持ったものである。
面白いのは、SS-HPとは別系統の限定ユニットFE208-Solをマウントしたわが絶対リファレンスの鳥型バックロードホーン(BH)「ハシビロコウ」とはまた全然違う風合いを聴かせることだ。超ハイスピードでサラリとした質感のSolに対し、SS-HPは陰影が深くコクのある質感を聴かせる。これはどちらが優れているというものではなく、ユニットそれぞれの開発目標が違うとしかいいようがない。結果論ではあるが、個人的にはSolの質感は「ハシビロコウ」に、SS-HPの質感は「ホーム・タワー」に収まってくれてよかったと考えている。
■ハシビロコウはトゥイーターと悪戦苦闘中
一方の「ハシビロコウ」は、この4年間ほとんど変わったことがない。といいつつ、現在某社が試作したホーン型トゥイーターをβテスト中で、もう入れて1カ月以上になるが、ようやくここ数日で音がこなれ、システムとして収まってくれたような気がしている。いや、本当にとてつもない器の大きさなのだが、それだけにパワーが強すぎるじゃじゃ馬で乗りこなすのが大変なユニットなのだ。開発エンジニア氏によると「まだ発売はおろか、本当に生産できるかどうかも分かっていません」ということなので画像の掲載は控えるが、物の分かった上級BHユーザーへは是非とも薦めたいトゥイーターだけに、おそらく限定とはなるだろうが発売が決まることを心より祈りたい。
■「イソシギ」が自宅へも降り立つ
スピーカー関連では、わがリファレンスに「イソシギ」が加わったのがこの4年間で最大の違いか。この作例は、マトリックス型コーナー型鳥型BHという極めて特異なもので、大阪の共立電子が発売しているパイオニアDVC-1000というユニットがなければ実現が覚束なかったものである。このユニットはダブルボイスコイルでステレオアンプから和信号と差信号を苦もなく取り出すことができ、またBHを十分ドライブできるくらいに磁気回路が強力だ。こんなユニット世界中探してもこれ以外に見当たらない。詳しくは第285回でも紹介した私と高崎素行さんのムック「オーディオ超絶音源探検隊」に掲載しているから、よろしかったらぜひご参照をお願いしたい。
■インシュレーターはテストに困る!?
わが家の装置はメインのアンプ群がアキュフェーズで、同社の製品群は脚まで音作りの一員として厳選されているから、迂闊にインシュレーターなど挟み込むとメーカーに叱られてしまうし、何より音のバランスが崩れて「アキュフェーズらしさ」が損なわれることにもなりかねない。それで極力そのまま使うことにしている。一方、ケーブル類も悪くないものが付属しているが、こちらは「うちはアンプ屋なので、ケーブルはユーザーのお好みに任せます」ということなので、好みのものを使用している。
というようなことで、インシュレーター類をテストする時はディスクプレーヤーのパイオニアBDP-LX58をテストベッドとして活用している。テストするにしても比較対照用のリファレンスというものが必要で、このコラムを拝命した頃には廉価な既製品からコトブキの音極振(おとごくしん)を用いていたが、番組「オーディオ実験工房」の実験用に製作した「沢村式インシュレーター」の変則版が好みに合ったものだから、今はそれを使っている。
■沢村とおる氏のノウハウは不滅です
沢村式インシュレーターについては番組でも解説したが、もう亡くなられて25年ほどにもなろうか、オーディオ評論家の沢村とおる氏が考案されたインシュレーターである。基本的な作りは、2枚の薄い鉛円盤を1mm厚のブチルゴム・テープで接着したものだ。できるだけ重く鳴きの小さな素材(この場合は鉛円盤)を使い、それでも残る僅かな固有の響きを制振性に優れたブチルゴムで抑え込む、というのがその考え方だ。
変則版といったのは、鉛の代わりにアルミの円盤と銅製のワッシャーを用い、ブチルゴムは0.5mm厚のものを採用したせいだ。なぜそんな材質にしたのかといえば、ホームセンターにはなかなか沢村式に使えそうな鉛円盤が売っていないということが一つ、もう一つは銅とアルミの響きを最近の私が好み始めたということが一つだ。あくまで好みの問題だが、鉛円盤で製作したオリジナルと番組で聴き比べた際、アルミ&銅の方が明るくハイスピードで、個人的には好ましく聴こえた。これは好みの問題だから、オリジナルの方がよく聴こえた人も多いだろうし、おそらく沢村氏がご存命だったら「炭山め、またヘンなことをやって」と苦笑いされていることだろう。
さらに、ブチルを0.5mm厚にしたのは他でもない、沢村氏が製作されていた当時は1mm厚までしか商品が存在していなかったのだ。「ブチルは薄い方がいいよ。もっと薄くてもいいくらいだ」と沢村氏はおっしゃっていた。その後20年近くたって0.5mm厚を見つけた時には、当面使用する予定もないのに飛びつくようにして買ってしまった。
というわけで、沢村とおる氏の精神は現在もわが血脈として生き続けつつ、材質は替えちゃいました、先生ごめんなさい、と泉下の師匠に手を合わせるばかりである。
FMfan編集部のオーディオ担当編集者だった頃、沢村氏には本当にいろいろ教えてもらったし、数え切れないほどの読者訪問企画もやったものだ。訪問した読者宅では、ごく少数の例外を除き沢村式インシュレーターは卓効を発揮してくれた。少数の例外というのは、ボコボコのカラーボックスへスピーカーを置いていた青年と、ソナス・ファベールのミニマをスタンド込みで使われていた人の2件だった。前者は沢村式どころでは問題を解決し切れず、後者は沢村式などなくとも万全の音を鳴らしていた、ということである。
わが師匠というと第一は長岡鉄男氏だが、あれほど多くの教えを授けてもらったのだ。沢村氏も師匠と呼ばせてもらいたいと思っている。
■パイオニアの忘れ形見をどうしよう
BDP-LX58はもうメーカーがなくなってしまった。第243回と第267回で書いたが、このプレーヤーはディスクトレイが出にくくなる持病を抱えており、電源ケーブルを抜いて2~3分置くと内部メモリがリセットされて動くようになるという、まるでネットワーク機器のような振る舞いを見せる。まぁネットワーク・プレーヤーとしても使える製品だから、ネットワーク機器でもあるのだが。
昨今はそのリセット作業を経過しても、なおトレイが出てこないことが増えた。何度も何度もOPEN/CLOSEボタンを押しているとそのうちひょっこり開くようになり、そうなるとしばらくは快調に使える、という状況を繰り返している。本機が発売されたのは2014年、私が購入したのはおそらく2016年くらいだったろう。ほぼ7年間、一般のリスニングルームでは想像もできない過酷な使用に供されてきたのだから、もうかなりくたびれていても無理はない。
しかし、本機が退役したら一体私はどうすればいいのか。ユニバーサルBDプレーヤーはほぼ市場から消え去り、ほとんど唯一仏リーヴォン社のUBR-X200が残るのみとなっている。しかも価格は30万円台だ。わが懐具合では簡単に導入できるものではない。だからといってディスクプレーヤーを諦めてしまうことは仕事上とてもできることではないし、膨大な自宅CDライブラリが死蔵となってしまうことも避けたい。かくなる上は、1日も長くLX58が生き永らえることを祈るほかない。
■着実な進歩に敬服したプリ
アンプ系で一番大きく変わったのはプリだ。同じアキュフェーズのC-2120から同2150に入れ替わったものである。見た目は全くといってよいほど変わっていないが、音はかなり変わった。完全に同系統の音質ながら、S/Nが僅かに、そして着実に向上し、その結果でもあろう、音場の広さクリアさが明確に向上している。また、背面に挿入するDACボードも新世代のものへ交換され、こちらも例えば同じ96/24でも明らかに音の切れ味や音場の展開が高度になった。
実はその時、パワーアンプも新しいものに替えますかと打診を受けたのだが、現在使っているP-4100があまりにも打てば響くパワー&スピードで鳴りまくっているので、もうしばらくこれでいくことにした。実はこのP-4100、今の鳴りっぷりとなるまで1年以上も鳴らし込んだ結果なのだ。最新のP-4500も気にはなるが、もうしばらく4100でいこうと思う。
■フォステクスは高効率アンプも凄いぞ!
アンプ関連ではもう一つ、フォステクスのミニアンプ類を交換並びに新規導入したのが大きい。「ホーム・タワー」のミッドハイとトゥイーターは同社AP15dで鳴らしていたのだが、それがAP15mk2へ替わり、早速つなぎ替えてみたらちょっとビックリするような音質変化だった。価格は少し上がったが、この差なら買い替えた方がむしろお得だと思う。この件も第282回で詳述している。
フォステクスのミニアンプといえば、2022年の新製品AP25がまた凄い。弟たちは押しなべてスピーカー出力端子が簡易なスプリング型で、オーディオ用の太いケーブルなどどう頑張っても入らなかった。しかし本機は真鍮削り出し金メッキのネジ留め端子が装着され、バナナ/Yにも対応している。音はそれ以上に劇的なもので、アンプを隠して鳴らしたら誰もこんな手のひらアンプから音が出ているとは思うまい。かなり高級なピュアオーディオアンプと競い合うことのできる音質だ、と個人的には確信している。程なくして出る某オーディオ誌で組み合わせ企画に本機を用いている。よろしかったらお読みいただけると光栄だ。
■正常進化の幅が大きいiFiのフォノイコ
アナログ関連で一番大きく変わったのは、フォノイコライザーが英iFiのiPhono2から同3に替わったことであろう。ディップスイッチのパラメーターはさらに詳細さを増し、より細かく各カートリッジへ対応するようになったし、何より音が良くなったのが大きい。音像の実体感が大幅に増し、音場は濃厚かつ広大に広がる。だからといってスピード感や切れ味が鈍ることも全くない。完全に正常進化型といってよいだろう。
■音楽が楽しくて仕方ないShupreme TW-1
また、フォノケーブルがゾノトーンのShupreme TW-1に変わったのも個人的に大きな出来事だった。長く使ったオーディオテクニカAT6209フォノケーブルの導通が時折途切れるようになり、この時折というのが曲者でなかなか原因をつかみかねていたところへゾノトーンの前園力社長が長期テストをお申し出下さり、有り難く受けさせてもらった次第だ。音はもちろん大きく変わったが、既に長く使ってその傾向はわが血肉となっている。この辺も第267回で詳述しているので、ご興味おありの向きはご参照いただきたい。
■すぐにしっくりきたVM型の新顔
カートリッジもごく最近になって新顔がお目見えした。オーディオテクニカのVM740MLである。これも導入の顛末は第345回で触れた通り、長く使った低容量型のリファレンスAT150Saに代わる形でわがリファレンスへ加わったものだ。Saはシバタ針でゴツンと太く力強い低域が印象的だったが、740MLはマイクロリニア針だからわが絶対リファレンスのAT33PTG/IIと共通の針先で、どちらかというと音質傾向はこちらの方がつかみやすくもある。それで、シバタ針のバリエーションもあるのにわざわざマイクロリニアを都合してもらった。現在プレーヤーへ常時装着してエージングをガンガン進めているところだが、そろそろ音がまとまりつつあり、そうなるとやはり個人的にしっくりくるカートリッジだなと感じ始めている。
■"選手権"のおかげで電源ケーブルが潤沢に
アクセサリー系で最も大きく変わったのは、何といっても電源ケーブルであろう。オーディオアクセサリー誌は「電源ケーブル選手権」なんて企画をやるし、番組でも結構いろいろ作ったし、この4年間で完全に入れ替わってしまったのは電源ケーブルのみである。ディスクプレーヤーには「バイワイヤ電源ケーブル」と称して製作した2本のうち細い方を採用、プリアンプはテストベッド用に「長岡ケーブル」を使っている。パワーアンプは番組で製作した極太と極細の電力線2本をハイブリッドにした構成だ。鈴木裕さん(祈・早期のご復活を!)には笑われてしまう程度の陣容だが、これでも4年前よりはかなり大幅に音質は向上した。長岡ケーブルにテロスのQBT処理を施したのも非常に大きな音質向上の要素であろう。
■ほんの1巻きで、こりゃ大変だ!
他にも番組の実験で製作したバカ安インコネを一部のLINE系へ投入したり、こまごまとした変更・音質向上はあるのだが、ほんのちょっと前に大変な"事件"が起こった。といってもいい話の方で、旭化成のパルシャットという高周波・電磁波吸収効果を持つ不織布を粘着テープ式に仕立てたオヤイデのNRF-005Tを取材した際、インコネなどでも際立った効果を確認したので、これは面白いと4ウェイのミニアンプやPCオーディオのD/Dコンバーターなどに使われているACアダプターの配線に片っ端から巻き付け、音を出してみたらあまりの向上にしばらく開いた口が塞がらなかった。これまで「複雑な構成だから」「オモチャみたいなミニアンプを使っているから」と目をつぶっていた「ハシビロコウ」と「ホーム・タワー」の間に合った越えられない谷が、何と歩いて渡れるくらいの差になってしまったではないか。もうこれで少しばかりガッカリしながら「ホーム・タワー」を試聴に使うことはなくなった。"仕事の道具"としてケタ外れの向上を見たわが愛器に労いの言葉をかけるとともに、オヤイデNRF-005Tの卓効に絶賛の拍手を送りたいと思う。
さて、4年間お付き合いいただいた当コラムだが、私の担当回はこれが最後となる。これまでお読みいただいてきた皆様へは篤く御礼申し上げる次第だ。もちろん私自身のライター活動やオーディオ実験が終わりを迎えるわけではないので、今後はさまざまなオーディオ雑誌でお会いできると光栄だ。また、このところ忙しくてなかなか更新できていないが、実は私もこっそりnoteを始めている。当欄の続きはおいおいそこで書き進めていきたいと考えている。
炭山アキラ note
https://note.com/kitamoriya_craft
それでは、皆さんこれまでありがとうございました。また別のところでお会いしましょう。
(2023年3月10日更新) 第346回に戻る
※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)
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昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。
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