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第335回/オーディオは「何を使うか」より「どう使うか」その(1)[炭山アキラ]

今回は、キャリアの長い腕に覚えのオーディオマニア諸賢には釈迦に説法の記事であろうかと思う。ご勘弁いただいた上で、少々お付き合いいただけると幸いだ。

オーディオ道楽の中で大きな要素を占めているのが「機器を買い替えること」「音の違いを楽しむこと」であるのに、異論を差し挟むものではない。しかし、買い替える前の機器が性能を存分に発揮しているかどうか、ということに私はいつもいささかの不安を覚える。とりわけ、「つないだ瞬間にダメだと思ってすぐ売っちゃったよ」などという発言が、わが友人・知人からもそう珍しくなく聞こえてくる。生来貧乏性の私としては、その機材でもっといろいろ遊べたんじゃないの、とついつい声をかけたくなってしまうのだ。

オーディオの全盛期には、ビギナー向けの教科書が結構な数出版されていたし、FM雑誌のオーディオ欄などにも繰り返しそういう記事が載ったものだ。私自身もFMfan在籍時に、編集部原稿としてその手の記事を執筆したことがある。

そういう教科書の中では、最重点項目として「スピーカーは置き方が大切」という記事が置かれていた。あの当時は大ぶりの3ウェイ・ブックシェルフ型スピーカーが売れ筋の絶対的主流で、多くの製品に別売の専用スタンドは用意されていたものの、圧倒的多数のユーザーはスピーカー本体のみ買い求め、さらにその中の相当数が床へ直接置かれていた。今はインストールまで販売店の腕利き担当者と一緒に行われるマニアが多いし、昨今の若い人はヘッドホンへ行ってしまいがちなものだから、こんなセッティングで音楽を楽しまれている人がそうそうおられるとは思わないが、そもこんな置き方でスピーカーの性能が発揮されようはずもない。

オンキヨーD-77FRX。
1987年に勝者なき3ウェイ・ブックシェルフ戦争が集結して業界が焼け野原になりつつも、
コツコツと21世紀までモデルチェンジしつつ売り続けられた"つわものども"最後の末裔である。
何度か音を聴いたことがあるが、87年までのいわゆるゴッキュッパとは似ても似つかない、
穏やかで繊細かつ大スケールの音だった。

なぜこのような置き方でスピーカーの性能が十全に発揮されないかというと、世の大半のスピーカーは開放空間へセットすることで性能を発揮するように作られているからだ。俗にいう360゚空間、上下左右に何も遮蔽するものがない空間である。

一方スピーカーを床に置いてしまうと、たとえ周囲に壁が1面もなかったとしても、それは180゚、つまり音の放射容積が半分しかない空間へ置いたことになる。とりわけ低音は床の反射に大きく影響され、ブヨブヨと膨らんでドンヨリと濁った、一言でいえば聴いちゃられない音となる。それが声の帯域にまで影響して男声は胴間声になり、女声までも濁った不自然な表現になるのが普通だ。

さらに、床へ直置きするということはスピーカーの高さが稼げないということでもあり、即ちトゥイーターが耳に近い高さへセットすることができていないということでもあり、これも音の不自然さ、詰まった感じを助長する元となる。

それでわれわれメディア側としては、極力純正スタンドと一緒に購入することを薦めてはいたのだが、当時の純正スタンドというのがまたそれほど高品質ではなかったことが多く、その割に結構値の張るものでもあった。私自身にも似た体験はあるが、学生がバイトでコツコツ貯めたなけなしの金で精一杯のスピーカーを買おうと思ったら、とてもスタンドまで手が回らない。

そんな若者たちにFM雑誌が薦めたのは、コンクリート・ブロックだった。高さ19cmと3ウェイ・ブックシェルフに手頃で、剛性が高くて共振がそう大きくなく、何より廉価で求めやすいのが大きな利点のコンクリート・ブロックは、実際に使用しているオーディオマニアが膨大な数に及んだ。読者訪問へ出ても、訪問先では純正スタンドの10倍以上は使われていた感じだった。

標準的なコンクリート・ブロック。
向かって横幅39cm、奥行き12~15cm、高さ19cmといったところだ。
亡くなられた長岡鉄男氏が晩年のムック本「長岡鉄男編集長の本 観音力」で
「縄文時代のスピーカースタンド。昔はこんなものを使っていたかと思うとゾッとする」
と書かれていた。至言だと思う。

かくいう私自身、コンクリブロックは若者の頃愛用していた1人である。兄から受け継いだ30cm2ウェイの大ぶりなスピーカーを持つシステムコンポを自室へセットしたが、何だか不自然でイライラするような音でしか鳴ってくれない。それでもそのコンポでFMエアチェックなど始めたら、FM雑誌を買いたくなる。で、買ってきた「FMレコパル」のオーディオ欄にコンクリブロックについて書いてある。狭い庭を見回したら、花壇を作っていた頃のブロックが、これまたお誂え向きに4個転がっている。

母親に「あんた、何やってんの?」と訝られつつ、ブロックをタワシでゴシゴシと水洗いして乾いたところで自室へ運び込み、スピーカーの下へ敷いて音を出したその瞬間に、若いオーディオマニアがまた1人誕生した、といって過言ではない。それほどまでに、ブロックのもたらした音の違いは衝撃的だった。ブヨブヨと膨れて正体不明になっていた低音がスッキリと締まって伸びのびと鳴りわたり、鈍重で嫌な感じだった声も立ち込めていた煙が晴れたような爽やかさで歌い上げる。もちろん、今思えば全然大した音ではなかったが、この音質向上レベルはこれまでのわが人生でもそう何度も味わえる大きさではない。

そこから堰を切ったように私はーディオへ傾倒し始め、あれよあれよといううちにオーディオ誌へバイトで潜り込み、編集者を経てライターとなり今に至る。コンクリブロックには感謝せねばなるまい(笑)。

何だかブロックの音を持ち上げる方向へいってしまったが、実際のところあんなもの音質的に優れているわけがない。Qがそれほど高くないとはいっても、叩いてみれば分かるが全体にカサカサとした響きがある。それはスピーカーの音へも否応なしに混入し、まことに低品位で殺伐とした音質傾向になる。中高年オーディオマニアなら一度はご自分で体験されたか、そうでなくとも知人宅でお聴きになったことがあるのではないか。私が少年期に感動したのは他でもない、ただスピーカーの高さを上げたことによる音質変化があまりにも大きかったということである。

そんな状況が続き、いくら何でもこれはいただけないだろうと動き始めたのは、亡くなられた江川三郎氏だった。陶器メーカーのノリタケに働きかけ、コンクリート・ブロックとほぼ同サイズの「セラミック・ブロック」という製品を世に出した。いい土を使って高温で堅く焼き締められた陶磁器のブロックが音に悪いわけがない。当時としては決して廉価な商品ではなかったと記憶するが、あっという間に市場へ受け入れられ、凄い勢いで普及していったように記憶している。

ノリタケのセラミック・ブロック。
私は購入できなかったが、販売店の店頭展示品を拳で叩いてみた瞬間、
コンクリとの埋めることのできない差を思い知った。
よく売れた製品だけに今でも割と中古で入手しやすく、
ヤマハNS-1000MやJBL4312Gなどをお使いの人は、
一度探してみられるのもよいのではないか。

ほぼ同じ時期に、全く別の方からもコンクリート・ブロックの撲滅を目指す刺客が現れた。高丘工業(現・アイシン高丘)はトヨタの系列でブレーキやマニホールドなどの鋳造を手がける社である。同社はブレーキの鳴きを抑えるノウハウがオーディオに生かせないかと研鑽を重ね、炭素を多量に含有させた「ハイカーボン鋳鉄」が劇的に鉄の鳴きを抑えることを突き止める。そこからそれをオーディオへベストフィットさせるための試行錯誤が始まり、最終的にコンクリブロックより少しだけサイズの大きなSPB-400が発売されたのは、1980年代の前半頃と記憶している。こちらも斯界への浸透は早く、あっという間にブランド名のTAOC(タオック)は業界の一大名跡となった感があった。

タオックSPB-400DH。
第1号製品の画像を探しても見当たらなかったので、第2世代製品の画像になってしまった。
形はほとんど変わっていないのだが、中央の支柱が下で切り離され、
同社が今に至るまで音作りの指標として唱える「整振」の考え方が
既に取り入れられていることが分かる。
こちらはずいぶん長く生産されたから玉数が出回っており、中古で探すのは容易いだろう。

タオックはご存じの通り現在はすっかり老舗の風格をまとうオーディオアクセサリー・メーカーにして、スピーカーシステムの開発を意欲的に行うオーディオメーカーともなった。残念ながら3ウェイ・ブックシェルフがJBL4312シリーズなどごく一部の製品を除いて滅び去ったものだから、ブロック型のスタンドこそ商品ラインアップから落ちてしまったが、小型ブックシェルフをガッチリと支えるスピーカースタンドや、スピーカーと床、またはスタンド天板との間に挿入して音質を向上させるインシュレーター、オーディオボード、ラックなどに名作・傑作を次々送り出している。

タオックのもっとも開発年次が新しいスピーカーシステムは、このAFC-L1であろう。
バケツのように巨大なバスレフダクトが目を引くが、音も低域が豊かな膨らみを持つ感じだった。残念ながらカタログからは落ちてしまっており、
現在同社のスピーカーは存在していないようだが、そのうち復活することを祈るばかりだ。

例によって、ずいぶんコンクリブロックから話が飛躍してしまった。今時ブックシェルフを床置きにしている人がおられようとは思わないが、こうやってスピーカーのセッティングをしっかりと決めないまま、自分に合わないものと諦めて売りに出してしまうのは、私にいわせればいかにももったいない所業のように思うのだ。床からの高さと同様、背後や側面の壁からどれくらい離すかも、スピーカーの表現力に決定的な影響を与える。わが家ではスペース的に難があってとても実行できていないが、左右スピーカーの間にラックを置くセッティングは本来褒められたものではなく、スピーカーの周囲に物を置いてはならないというのがハイエンド・オーディオの標準的セッティングとなりつつあるが、これこそ360゚空間へスピーカーを配することに近づける努力といってよいだろう。

わが絶対リファレンスの「ハシビロコウ」は、
変形の部屋へ置いてあるためLchはほぼ開放空間、
Rchは壁が迫るという困ったセッティングとならざるを得ない。
右側がこういう状況だが、それでも背後の壁とリアバッフルの間は約70cm、
側面の壁との間も40cmくらいは確保できている。

しかし、大型の高級スピーカー以外にとっては、そのセッティングはむしろ低音不足を招く元にもなりかねないということを申し上げねばらない。特に低域は全指向的に音が散ってしまい、一方中~高域は比較的指向性が鋭く耳へ届きやすいので、広い空間に小さなスピーカーでは、たとえその個体がフラットなエネルギー特性を持っていたとしても、低音は相対的に不足してしまいがちなのである。

そういう時にどうするかといえば、先程解説した背後や側面の壁から反射してくる低域を逆に利用してやればよい。もちろん反射音を使うと幾分なりとも音は濁り、音場感をはじめとする微小な情報にダメージを与えてしまうから、そこは両者にとって最良の妥協点というか塩梅を探るべく、スピーカーの位置を詰めていかねばならない。これこそがスピーカー・セッティング術の要であり、こういう努力なしに「このスピーカーは低音が弱い」とか「音場感が狭い」と断じてしまうのは、スピーカーにとっても可哀想なことのように思えてならない。

学生時分のこと。四畳半のアパートに小型ブックシェルフでオーディオを構築していた私は、スピーカーの性能を自分にできる限界まで引き出してやるべく努力を重ねたが、おかげで遊びにきた友人たちには、押しなべて「炭山は"オーディオ様のお部屋"に住まわせてもらっている」と揶揄されたものだ。しかし、今から思っても不完全ながらそう間違ったセッティングではないと考えている。

また、先ほど少しだけ述べたが、スピーカーとスタンドの間には、よほどの例外を除いてインシュレーターを挟んだ方が好結果が得られる。あまり知られていないが、スピーカーシステムはユニット以外、ユニットのフレームやキャビネットからの放射音も無視できないエネルギー源になっており、特に高剛性で大物量のスタンドとスピーカーの底板を密着させてしまうと、スタンドにエネルギーが吸い取られて寂しい音になってしまうことが多い。それを防ぐためにインシュレーターを挟むのだが、ということはつまり、インシュレーターは底板をできるだけ自由にさせてやるべく、四隅で支えた方が好結果を得やすいということにもなる。

インシュレーターについては深入りするとこのコラム1回分をまるまる費やしても足りない。後日またゆっくり語りたいと思う。現在インシュレーターを導入されていない、特に若い読者はちょっとしたヒントをここに置いておこう。とはいっても昔からある手段ではある。要は同一の硬貨を6枚、あるいは8枚用意して、それをインシュレーターに使うのだ。効果の種別によって明らかに音が違い、廉価にできる対策でもあるから、ぜひ実験してみてほしい。ちなみに私は、若い頃は10円玉が好みだったが、今は1円玉の音質傾向に惹かれている。

もう一方のリファレンス「ホーム・タワー」は「ハシビロコウ」と
センターラックに挟まれて息苦しげだが、もうこれより他に置きようがないので諦めている。
上下のキャビネットにかかっている黒いベルトが、ティグロン「チューニングベルト」である。
これなしに「ホーム・タワー」の音作りは成り立たない。

というわけで詳しくは後日、あるいは番組内での実験に譲るが、インシュレーターの銘柄や挟み方で、音質は千変万化する。また、インシュレーターを挟んだ上でティグロンのチューニングベルトを用いてスタンドとスピーカーを縛ってやると、これまた劇的な音質の向上を見ることは私が保証する。ただし、あまり強い力でギリギリ締め上げると音が死ぬので、このあたりの塩梅を探ることもまたセッティング術の一つである。

ここまで語ってもなお、スピーカー・チューニングの大きな要素に触れられないでいる。ケーブルである。星の数ほどもあるスピーカー・ケーブルの中からスピーカーの長所を生かすもの、また欠点を矯めるものを選び抜き、自分の音に躾けていくのもオーディオ術の大きな部分といってよい。それを私自身ができているかといえば、御大・寺島靖国さんをはじめとする諸先輩方に比べれば未だしの感が拭えないが、それでも「オーディオ実験工房」をはじめ、いろいろな機会に実験できているのがかけがえのない宝となっている。

やれやれ、本当はCDプレーヤーやアンプ、アナログ関連までセッティング術について語るつもりだったのに、スピーカーについて書き始めたらもうこんな文字数だ。これでもスピーカー・セッティングに関しては概論を述べたに過ぎない。前述した通りオーディオ・セッティング術に関してはいろいろな教科書があったが、改めて自分で書いてみると「なるほど、本1冊分が必要だな」と実感する。今後も緊急のネタがない回には、おいおい書き続けていきたいと思う。

(2022年9月12日更新) 第332回に戻る 


※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)


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炭山アキラ(すみやまあきら)

昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。


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