【アーカイヴ】第289回/“さらに” ムック付録のフォノイコライザーがずんずん出世した3月[田中伊佐資]
●3月×日/「レコードが覚醒する! EQカーブ調整型真空管フォノイコライザー」の付録フォノイコがめちゃ楽しいと書いたのが2月。
はしゃいでいるのは僕だけでなく、同じようにこれで遊んでいる人が周囲でちらほらと出てきた。そこでステレオ誌編集長の吉野俊介さん、ENZO j-Fi の菅沼洋介さん、写真家の齋藤圭吾さんと僕の4人が集まって、愛機の自慢大会をやった。
この模様は「MOOK真空管フォノイコ 改造バトル」というタイトルでステレオ誌4月号に掲載され、YouTubeでも公開されている。
僕はフォノイコをこのコラム以外に雑誌はもちろん、SNSにまでネタにしているため、よっぽど在庫が余っていて、音楽之友社から販売促進のビジネス(金銭の授受発生)をしていると思われても仕方がない。
まあ、どうせそう勘ぐられるのなら本当に金は欲しいところだが、またしてもその経緯が今回も続く。
「改造バトル」で全員の総意としては、「付属のACアダプターを止めて、外部の強化電源装着はマスト」「オペアンプが音質の大方を決める」の2点だった。
オペアンプとか言われた瞬間に、改造は無理だと諦めるほどの回路無知の僕でも、蛍光灯を取り替えるくらい簡単にできる。このフォノイコは部品交換してグレードアップを図ることを前提としているためだ。
ただ「改造バトル」の日までに、オペアンプを試聴して厳選する時間がなく、ムックに掲載されていた中で最高と評されていた新日本無線のMUSES 01を前段と後段にダブルで使用して臨んだ。
バトルといっても勝ち負けを決める趣旨ではなく、参加者が持参したレコードをかけて、皆がコメントしていく。
MUSES 01は高解像度のハイファイ系で、それに合わせたレコードとして、UKソウルグループ、クリスチャンズのデビュー盤『クリスチャンズ』を選んだ。
これは今年に入ってからYouTube「パタパタ漫遊録」の収録時に下北沢の「フラッシュ・ディスク・ランチ」で買ったものだが、とても音が良くて気に入っている。
刻印を見たら、カッティングは名匠ティム・ヤング。なるほどだ。ちなみに最近話題になっている大瀧詠一の『A LONG VACATION』発売40周年記念盤もヤングの仕事だ。
バトルでは自分としてはまあまあの結果だったのでひとまず安堵したが、ほかの人のオペアンプが改造書(ムック)には載っていないもので、これは試してみる価値はあると思った。
●3月×日/「バトル」の影響で買ったオペアンプが、菅沼さんイチ押しのアナログ・デバイセズのADA4625-1ARDZ、テキサス・インスツルメンツのOPA604AU、吉野さんがヴィンテージなサウンドにチューンしたときに使ったRCAのCA3140メタルキャン・タイプ。
MUSES 01はいいものだが、自宅の音をハイファイ路線で押し進める気持ちはなく、その3種の個性を吟味しつつ、結局のところテキサス・インスツルメンツを前段、RCAを後段にはめるのがベストという結論になった。
テキサスを両段使いで落ち着きそうになったのだが、試しに後段だけRCAにしてクラシカルな要素を入れたら、昔のジャズやソウルがいい感じにフィットした。
オペアンプは変化の振り幅が大きく、これにハマると飽くことなく面白いだろうが、真空管の交換と同じでとめどがない。しばらくこれで行こうと肝に銘じた。
ここまでくると2万円のフォノイコが価格いくら相当にまで成長したのかみたいな話にはなるのだが、そういう物差しではもうはかりきれない。自分の手にぴったりの手袋を特注で作ったとして、本人はいたく喜んでいたって、それは他人にしてみるとさして価値がないわけで。
●3月×日/カートリッジ回りも刷新を続け、いまのところこのままこれでいいと思っている。
現用カートリッジは相変わらず純正ハウジングを外したシュアM44で、交換針はJICOの牛殺。このコンビはハンセン~ブロディ(古典!)のようにパワフルだけど、録音によっては緻密さが欲しいときもある。
それを払拭したのが、シルバーハートのM44専用シェルのLアングルだった。いまシェルと書いたが、カートリッジのハウジングと一体になった構造で、そのためか音はギュッと密度感が高まる。
さらに最近ではKSリマスタに作ってもらった2代目リード~フォノケーブルも効果を上げている。初代はモガミの極細シールド線の2芯を左右で2本使い。
今回は4芯で1本使いにしてみた。プラグの変更、MIL規格のシールド被覆を追加したのが利いているのか、こちらのほうが丁寧な描写の感じがする。
●3月×日/僕がミュージックバードで「ジャズ・サウンド大爆発!オレのはらわたをエグっておくれ」の放送をやっていた8年くらい前に、リスナーの方から番組へ感想のメールを頂戴した。
それが発端となって、オーディオの親交がその方と始まったのだが、僕がフォノイコに熱中しているのを知って風変わりなものを持参してくれた。
100円ショップで売っているバナナスタンドだ。革のベルトをフォノイコに一回りさせて、スタンドに引っかけて宙づりにするという。
見た目の不安定な感じがなんとも言えないが、振動の影響をだいぶ逃れるせいか、音がとてもほぐれた。面白いことにフォノイコと同じようにヴォーカルが浮遊する。
接触している革の素材によって音が変わるそうだ。そういえば革のターンテーブルシートは、その動物のイメージの音になるというホンマかいな的なウワサがある。プラシーボ効果だろうが、僕だったらクロコダイルがいいかな。
となるとスタンドも影響を及ぼしているのは間違いない。次号ステレオ誌の特集は決まった。バナナスタンド20種徹底試聴。さすがに無理か。
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東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter