第337回/B&W700 S3の音質向上に驚嘆![炭山アキラ]
この話題に関しては今のところどの雑誌社からも依頼がきてないのだが、まぁいいか、書いてしまおう。後からどこかの雑誌へ"二重売り"という事態になっても、本コラム読者の皆様にはご寛恕願えると幸いだ。
などと前置きしつつ話そうとしているのは他でもない、B&Wの700シリーズについてである。昨年は800シリーズをD4にモデルチェンジして圧倒的な性能向上で大向こうを唸らせた同社だが、今年は700シリーズで同じようなことをやってのけてしまった。
700シリーズはどうしても「800シリーズよりも少々ユルく頼りない民生用」という印象が付きまとってはいなかったか。800シリーズは1970年代の昔から揺るぎなきモニタースピーカーという名声を勝ち得ていたが、その一方ですぐ下のシリーズというべき700は、なまじ800がとてつもない力作だっただけに、どうしても陰に隠れがちというか、割を食わざるを得ない立場だったような印象がある。
ところが、800シリーズはダイヤモンド・トゥイーターやとてつもない強度と回折の少なさを誇る曲面構成マトリックス・キャビネットなど、どんどん新しい技術を投入していった結果、価格も相応にというか、あれよあれよという間に大変な高みへ昇ってしまった感がある。
一方で700シリーズは昔ながらの矩形キャビ(とはいっても、フロントバッフルは緩やかにラウンドしている)とより低コストなカーボンドーム振動板のトゥイーターを持つから、価格は以前からそれほど大きくは上がっていない。そうはあってもB&Wのことだ、トゥイーターへのノーチラス・チューブを筆頭とする上級機譲りの技術はいろいろなところへ投入されており、その結果音質は大幅に向上している。それやこれやでこのたび登場したS3シリーズは、ことコストパフォーマンスという意味ではとてつもないことになっている。
■シリーズ最小だがピリリと辛い707
それではモデルごとの特徴と音質傾向について、お伝えしていこう。シリーズ最小の707 S3は13cm口径のウーファーを持つ2ウェイ・ブックシェルフ型で、ウーファーの振動板素材はおなじみのコンティニュアムが採用されている。同社がプレミアムなスピーカーにこの素材を使い始めてもう結構長いが、それまで専ら用いられていた黄色いケブラーのコーンに比べてコンティニュアムは内部損失が大きい性質を持つ。即ち、余分な音がつきにくくしっかり抑制の効いたハイファイを目指しやすい素材ということだ。
トゥイーターはカーボン素材ドーム型で、ピークが出る一次共振点は50kHzが近く、可聴帯域を遥かに上回っている。ということはつまり、可聴限界の20KHzから1オクターブ上くらいまではリニアなピストンモーション域が続くというわけだ。何というウルトラワイドレンジのトゥイーターかと驚きを禁じ得ない。バッフルとのマウントに工夫して振動による干渉を抑える、同社独自のデカップリング技術ももちろん採用されている。
キャビネットは、さすがにトゥイーターへ独立したノーチラス・チューブを設けることはかなわないが、トゥイーター背後のキャビ中にチューブが伸びている。このあたり、目には見えずとも自らの信ずる道へ妥協しない同社の哲学が感じられる。
D&Mの広大な試聴室で、主にマランツのディスクプレーヤーとアンプを用いて試聴した。クラシックは管、弦、打にピアノも鮮明に入るガーシュウィン/ラプソディ・イン・ブルー(レヴァイン/CSO)を聴いた。音場が澄み切って、音像もしっかりと定位しつつ全体に爽やかな表情が良い。さすがにこれだけ小さなキャビとウーファーだけに、大ぶりなトールボーイなどと比べれば低域は少々ロースピードといわざるを得ないが、その割にはしっかりパワーを出してくるのが素晴らしい。
ポップス系はネルソン・リドルと組んだ頃のリンダ・ロンシュタット「ホワッツ・ニュー」を聴いた。伴奏のピアノやストリングスが若干苦しいが、50畳くらいはありそうな部屋に13cm2ウェイで鳴らしているのだから、これはもう致し方ない。一般的なリスニングルームではもっとリッチな鳴り方になるのではないかと思う。それでも弦のローエンドまでしっかりと質感を描き出すところなど、侮れない実力を垣間見せる。小口径ウーファーの2ウェイは、得てして声の帯域が低音に揺さぶられて不安定になりがちだが、本機はそこに揺るぎがなく、どっしりと定位するのは大いに評価できる。声のサ行は少々キツいが、聴かせてもらった個体は日本へ到着したてだったそうで、おそらく100時間もエージングすれば良くなるだろう。
■余裕を加えより聴きやすい706
次に聴いた706 S3は16cmウーファーを搭載した2ウェイ・ブックシェルフで、正しく707の兄モデルといってよいだろう。幅が165→192mm、高さが300→345mm、奥行きが247→297mmとそれぞれ大きくなっており、現物を目の前にすると数字以上に違いは大きい。昨今は小型2ウェイや細いトールボーイが増え、16cmというと大型ウーファーにカウントした方がよいような気もする。とはいえ、B&Wとしては標準的なサイズがむしろこちらといってもよいだろう。
クラシックは707より幾分優しめの表現で、しかしスケール感は明らかに向上、音像に厚みが出て僅かにふっくらした感触もあり、ピンポイントかつガチンと安定した定位を聴かせる傾向は、僅差ながら707に軍配が挙がる気もする。一方、ティンパニーのパワフルさは706に分があるし、音場全体に少し温かみが乗る706に対し、707はクールな表現が引き立つ。小口径振動板の強みと大口径ならではの持ち味が得意分野を分けた、ということがいえるだろう。トータルバランスとしては、706をお選びになるユーザーが多いのではないかという気がする。
ポップスはピアノの余裕が大幅に増し、ウッドベースもローエンドまで分厚い。周波数特性のデータでは45Hz~33kHzと判で捺したように一緒の707と706であるが、やはりウーファー口径が大幅に拡大すると、それだけ低域の支えが豊かになることが耳ではっきりと理解できる。ボーカリストが歌い上げる力も相当のもので、こちらも若干エージング不足のキツさが散見されたが、この手のバリは鳴らし込めば必ず落ちるものだから心配ない。
ところで707と706はセット30万円近辺という価格だ。この価格帯にはちょっとした既視感がある。まだダイヤモンド・トゥイーターが装着される前の初期ノーチラス805が大体その価格帯だった。20年以上前の話だからもちろん同列に比較しても仕方ないのだが、この価格帯は現代でも、家人の目を気にしながらコツコツ頑張るつつましいが熱心なオーディオマニアにとって、とても購入の決断を下しやすいレンジなのではないかと思うのだ。そこへこれほどの実力を込めて登場した両者は、まごう方なきオーディオ界にとっての福音といってよいものであろう。
■器が歴然と大きくなった705
ここまではキャビネットの上へトゥイーターを独立させていない、いうなればごく一般的な外観を持つシステムだった。705 S3からようやくというべきか、キャビネットの上にノーチラス・チューブを伴ったトゥイーターが独立する。
ノーチラス・チューブについて改めて説明しておくと、振動板の後ろへ指数関数的に断面積が減少していく「逆ホーン」を備えた構成のシステムで、そうすることによりホーンの働きで振動板の振幅が抑えられ、一般的な構成よりも歪みが少ない音が得られ、かつ耐入力も高めることができる。また、逆ホーンは低域を自然に減衰させるから、ネットワーク素子を軽くすることもできる。複雑でコストはかかるが、非常に合理的なシステムなのである。
余談になるが、わが4ウェイ・マルチアンプのリファレンス・スピーカー「ホーム・タワー」のミッドバス・キャビネットは、折り畳んでしまってはいるがやはり逆ホーン型で、低域方向は自然減衰に任せ、ネットワーク素子は一切入っていない。
それを4ウェイの全帯域でしかも完全理想の円形断面逆ホーンで行い、自然減衰分をイコライザーでフラットにしつつマルチアンプでつないだのが、「究極のスピーカー」とも謳われる同社のノーチラスである。
そもそも、本機で確立された逆ホーン技術を「ノーチラス・チューブ」と命名し、より一般的なスピーカーの中~高域へ搭載していったというのが道筋で、この"究極"なくして現代のB&Wは存在し得なかったといってよいだろう。ちなみに、ノーチラスNautilusというのはオウム貝のことで、あの貝殻は自然のたくまざる造形美により指数関数的な減衰を見せる。かの大作にこれほどマッチしたネーミングもなかろうと思う。
また話が迷子になってしまった。705 S3へ話題を戻そう。肝心の音質だが、クラシックは音場の広がりが弟たちとはまるで別物で、ノーチラス・チューブを独立させた意義の大きさを痛感する。低域方向は707より確かに緩めだが、全体に漂う余裕はやはり弟たちの比ではない。キャビそのものの大きさが706とそう大きく変わるわけではないから、一体どういう要素がこれほどまでの違いをもたらしているのか、私のごとき日曜大工スピーカー・ビルダーには推測もかなわない。
ポップスはピアノが軽やかで、濃厚なエコーが大きく広がって実にいい風情だ。こちらも弟たちと周波数特性は同等だが、低域方向は705の方がやはり少し伸びているような気がする。それよりも屈託なく伸びやかな表現が何物にも代え難い。こちらも声はまだ若干生硬さが残るが、なに、こんなものはすぐ治まる。しかし、エージングがしっかり終わってからの音もぜひ聴いてみたいものだ。
■伸びやかでスケール感豊かな704
704 S3からはフロアスタンディングのトールボーイとなるが、このモデルのみトゥイーターがバッフルへマウントされている。一方、コンティニアム・コーンを持つユニットはここから完全なスコーカーとなり、同社長年の特許技術FST(フィックスド・サスペンション・トランスデューサー)技術が本ユニットにも用いられている。具体的には、ユニットへ直結するエッジを持たず磁気回路側のダンパーのみで振動系を支える方式である。さらに、そのダンパーは800 D4シリーズにも採用されたバイオ・ミメティック・サスペンションを採用、これは字義通りに訳すと生物に似せたサスペンションということになる。昔から蜘蛛の巣へヒントを得たスパイダー・サスペンションというのがあるが、それを発展させて最新素材と技術で3次元的に展開したサスペンションということができそうだ。しっかりと振動系を支えつつ動きを邪魔することのない、優れたダンパーである。
ウーファーはパルプ系素材のコーンを持ち、コンピューター解析の高度化によって、強度を要する部分のみへ厚みを配することが可能になり、より軽く高強度なものに仕上がっているという。キャビへ2本マウントされているが、同社は伝統的に2本でネットワーク定数を変えた3.5ウェイとはせず、パラレル動作の3ウェイとしている。ウーファー/スコーカーとも13cmで、700シリーズ史上最もスリムなトールボーイの登場という。
クラシックは中~高域の解像度と伸びやかさが素晴らしい。低域もよくローエンドまで伸びてはいるのだが、ちょっとスピード感が中~高域に追いついていない感がある。もっとも、これは例によってエージング不足のせいであろう。スコーカーやトゥイーターより、特に力の入ったウーファーはこなれるまでに時間がかかるものだ。現に、鳴らしている間にもみるみる低域がこなれてくるではないか。
それを斟酌しつつ音を聴き進めると、何とも張りがあってトゲやバリのない表現に思わず聴き惚れる。オケのスケール感が素晴らしく、音楽が軽やかに弾み、リスナーの体を飛び去って行く風情が何とも楽しい。音場は至って広く、オケの奥行き感や各楽器の配置なども克明に表現する。優れたスピーカーだ。
ポップスはピアノが一回り大きくなり、ウッドベースも余裕たっぷりだ。例によってまだ少しだけ低域が遅いが、それでもこういう音源では違和感がほとんどない。むしろ3ウェイとしては非常によくつながっていることが分かる。聴いたところではクロスオーバー周波数は350Hzと4kHzだそうだから、耳が一番敏感な1~2kHzにクロスを持たない利点もあるのだろうと感じる。
ここでお次は703 S3といきたいところなのだが、残念ながら私が聴かせてもらったタイミングでは本機のみまだ日本へ上陸する直前だったため聴くことはかなわなかった。ウーファーが16.5cm×2で例のコンティニアム・スコーカーは15cm、トゥイーターのノーチラス・チューブが独立してキャビ上へ乗っかる構成だから、704と後述する702のちょうど中間やや702寄りという立ち位置の製品である。
■702は大変な大スケールと高品位
というわけで、最高峰の702 S3へ進もう。703で紹介した通りウーファーは16.5cm口径で、こちらへは3発マウントされる。周波数特性は28Hz~33kHzと極めてワイドだが、B&Wは昔からかなり控えめに表記する社だから、この数値に掛け値はないだろう。スコーカーも前述のコンティニュアム振動板とFST構成を持つ15cm口径で、トゥイーターのノーチラス・チューブが天面へ独立して取り付けられている。
トゥイーターを外付けすることは、ユニット周辺のバッフル効果をなくして音の通りを良くすることに加え、キャビネットの振動から高域を守ることも大きな効果といってよい。もちろんバッフル取り付けのトゥイーターも独自のデカップリング技術で振動の影響を最小限に抑えてはいるのだが、それでもキャビネット外へ独立させるのにはかなわない。
クラシックは、最初の1音が鳴り始める前に楽員へみなぎる緊張が伝わってくる。703が欠番になっているとはいえ、これまで聴いた弟たちとはこの702、少々ケタ外れといってよいだろう。音場はスケール大きく遥か彼方へ伸び、オケの艶やかさ、パワフルさは比類がない。大きなキャビにウーファーをたくさん積んだメリットを最大限に享受させながら、デメリットというべき音のにじみや歪みっぽさを微塵も感じさせないのだから、これはとてつもない力作だぞとひしひし伝わってくる。
ポップスはピアノが粒立ち良く、ウッドベースはグッと前へ出るが全然荒れず、反応は極めて速い。声は大変な大スケールの伴奏を従えて伸びやかに朗々と歌い、一切の混濁やキツさを感じさせない。嫌な音をしっかりと抑え込みつつ微小域までしっかりと大切に奏でる。これはもうハイエンド・オーディオの一員へ迎えられてもよいのではないか。
ところでこの702 S3、仕上げによって異なるが価格はペアで110万円くらいとなる。この価格、何と800シリーズでは805 D4とほぼ同じなのだ。805の表現力には私自身も驚嘆した1人だが、それでも702 S3のスケール感には及ばないし、一方702のカーボン・トゥイーターは805のダイヤモンドにかなうわけはないのだが、この両者は十分比較検討に値すると個人的には信ずる。得意分野が全く違うこの両者、いつか同門対決させてやりたいものである。
(2022年10月12日更新) 第336回に戻る
※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)
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昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。
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