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【アーカイヴ】第260回/スピーカーを選ぶこと、その実践編[鈴木裕]
結論から書くとスピーカーは選べない。客観的に冷静に選ぶモノのではなく、惚れて買うモノ、という認識だ。人間が選んでいるようで、実はむしろこちらが選ばれているのかもしれないと思ったりもする。出会い以外のなにものでもないが、恋愛のようなロマッチックな出会いと言うよりも交通事故に近い感じ。こういったことははもう20年前から言っていることだが、しかしまぁ、世の中そうそう思っている通りにも動かない。結局やはりこう訊かれることになる。「スピーカー何買えばいいんですか」と。
3月の中旬。斉藤りかさんと話をしていた。ラジオをはじめとした音声メディアのディレクターでありプロデューサーであり、自分で会社を作っているという意味ではCEOだ。バンド活動をやった経験やヤマハで働いていたキャリアもある。一方、モータースポーツが好きでセナだシンジだと言っているうちに自分でレーシングカートを買って、その世界の名門チームで走っていたこともある。最近では一カ月に2回、二胡のレッスンでチャイナドレス着たり、バレエのレッスン行ったりしていていったいこの人はどこに向かっているのだろうと思ったりはする。基本的にかなりのミュージックラヴァーで、行きたいとなればオランダの音楽祭に一人で出かけてしまうような積極的というか精力的というエネルギッシュさ。正直ちょっと暑苦しい人でもある。そういう経歴もあって音楽之友社『ステレオ』誌でも3~4回、いっしょに仕事をさせてもらっている。
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反応のいい低域。ウーファーはふたつだがすっきりした低音だ。
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高域の質感をどうサンバレーのアンプが鳴らしてくれるのか。
その斉藤りかさんに、アンプとスピーカーについて相談された。アンプについてはもうサンバレーのSV-S1616D [300B仕様]にほぼ決まっていて、その背中を押す役目を果たすことになった。これについては音楽之友社『ステレオ』誌。その6月号にキットを購入して自作した記事が掲載された。そして、そのアンプで鳴らすスピーカーを購入したいという話の流れだ。何を購入したらいいですか、と。
まず前提条件として鳴らすアンプは300Bシングルなので出力は8W前後だろう。部屋の広さはfacebookの写真で見る限りそんなに広くなさそうだ。アンプ自体、きちんとした電源部を持ったものなので、2ウェイの「能率88dB」以上のスピーカーであれば鳴らせると思う。真空管アンプは出力の数字自体は低めでも駆動力は高く感じるし、小音量時の音の浸透力も高い傾向がある。もちろん90dB、8Ωといったスペックのスピーカーであれば相当な大音量を出せるはず。そういった意味では選択肢はかなり広いと言っていい。広いから困っているのだが。
さて、本人から聞き出したそれ以外の条件というか好みだ。なんとまず「フロアスタンディングタイプ」がいいという。なんとなく本格的な感じがするからなんだと。スタンドに予算を割かなくてもいいという理由もある。そしてその全体の予算は「20~30万円くらいのイメージ」で、なんだったらもっと出してもいいと。そして音についてだ。本人によってこう文章化されている。「ジャニーズ系のはっきりクッキリなイケメンの音より、ちょっと枯れているような、でも奥行きのある音が好み」。聴くのは「ポップスやジャズ」。
ジャニーズ系のはっきりクッキリなイケメンの音じゃなくて、というのはちょっとわかる気がする。整いすぎていないということだろうし、オーディオ的に言えば、音の感触は若干やわらかく、音の色彩感は原色のようなヴィヴィッドなものではなくシックな方向性。難しいのは「ちょっと枯れている」だ。これ、なかなかオーディオ的パラメーターに落としこむのが難しい。若い音、というのはあるのでその反対だ。ただし、成熟ではなく老いているのでもなく「枯れ」である。ワビ、サビの世界か。芳醇にたっぷり鳴ったり、ハツラツとしちゃいかんのだ。枯れている男性をイメージしてみると、(偏見かもしれないが)痩せているだろう。そういう意味では低音タップリではなくて、ややハイバランスで、骨格感があって、ちょっと神経質なという言葉も浮かんでくる。
「奥行きのある音」というのはサウンドステージの奥行きということではなくて、音色的にモノトーンじゃないとか、上っつらだけきれいな感じではなく、深みがあって複雑でジュワ~ッと噛めば噛むほどいろんな成分を感じられる音色感というように解釈してみたのだが。聴くジャンルについては、鈴木裕の中では「ポップスやジャズ」というのは、「シンバルとウッドベースが良く鳴り、ドラムスのキックが反応良く立ち上がり、シンセベースが薄くならず、なおかつヴォーカルの表現力が高いこと」と勘案されている。
と、ここまで考えたところで次に浮かんだのはもっと具体的、なおかつ即物的な話。まずはツイーターのダイアフラムの素材をどうしたらいいのだろうか、と。シルクのソフトドームなのか。金属だとすると、アルミやチタン系のやや存在感ある方向か、マグネシウム、ベリリウムのような存在感のない方向か。それとも、といきなりこのあたりからもっと具体的になるが、エラックのジェットツイーターの、Ⅳ以前なのか、Ⅴのがいいのか。Ⅳまでの方が音としての存在感が高めで、鼻に抜けるような爽快感のある高音。Ⅴになってよりアキュレートになり、爽快感は持ちつつもウーファーとのつながりが良くなっている。このあたりはもう完全に趣味嗜好の世界で、ちょっとの差だがその差は埋まらない。そこまで考えるとリボンツイーターも出てくるし、コンプレッションドライバーという選択肢も浮かんでくる。
というところまで考えたところで、ところで低音はどうするのだろうと。まずレンジは60Hzまででいいのか、50Hz、40Hzまでは欲しいのか。そんな風に数字を言われてもわからないだろうから、個人的な感じ方を人の全身像でたとえてみると30Hzまで出ないと足(フット)が見えて来ない。20Hz台まで入ると立っている地面がアスファルトなのか土なのか砂利なのかがわかるようになる。逆に40Hzだとクルブシくらいで見切れてしまっている感じ。50Hzで足首、60Hzくらいだとヒザの下くらいで音楽の構図が見えなくなるように感じているのだが。なにしろ欲しい低域のレンジが人によってぜんぜん違う。これをまず声高に要求してほしい。
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このメーカーらしく、マイルドで聴き心地のいい音で音楽を聴かせてくれるはず。
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ジェットツイーターで300Bの高域の繊細感を出してくれそう。
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予算は超えるがソナスファベールというとこれが挙がってくる。ソフトドームの魅力。
そしてまた低音というと問題になるのが密閉型かバスレフ型かバックロードなのかという構造的、方式の問題。たしかにそれぞれの音を持ってはいるわけだ。振動板のサイズというのもある。同じ40Hzでも直径16cmの出す低音と30cmの出す低音は違う。さらに個人的な主張を言わせてもらえばウーファー一発がいいのか、2発以上でも許せるのか、むしろ2発のが好ましいのか、というのもけっこう譲れないポイントだ。
たとえば職業柄あちこちのスタジオでいろんなモニタースピーカーを経験しているはずだが、あそこの放送局の、あのスタジオの、小さい方のモニターの音が好きといった情報があるとスピーカー選びの取っかかりにはなる。TADなのかレイオーディオなのか、フォステクスなのかソニーなのか。ジェネレックなのかKRKかディナウディオプロか。ジェネレックでもウーファーのサイズによってもずいぶん印象が違うし。 そういえば昨年秋の、秋葉原のヨドバシでのサンバレーのイベント。あそこで鳴っていたダリとJBL。あれはどっちが好きだったのか。
そういう情報を自分から一切出さないというのは、自分でも思いもよらない出会いを求めているのかもしれない。そういう場合、斉藤りかさんの嗜好をあまり考えず、ここ1~2年に発売された出来のいいスピーカーを推薦するというやり方もある。オーディオ雑誌のQ&Aコーナーでオーディオ評論家が推薦しているやり方はだいたいこのタイプに見える。いやしかし、スピーカー、ヘッドフォン/イヤフォン、カートリッジ、マイク。こうした物理的振動と電気信号を変換するトランスデューサーは個人の好みが強く出るジャンルだ。300Bの高域の繊細感や中低域のあたたかみといった要素をきちんと反映できるスピーカーを選びたい。
いやはや、枯れた音か。人間で言えば、枯れた男か。そう思って検索したこんなサイトがヒットしたので張っておこう。
(2020年6月30日更新) 第259回に戻る 第261回に戻る
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1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。