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【アーカイヴ】第198回/アンペックス350を手に入れてモノラル再生に拍車がかかった7月 [田中伊佐資]

●7月×日/モノラル専用スピーカーのジェンセンCA-12がラックの裏に無事セッティングできた。次はアンプを見つける番だ。

 いまのステレオ装置は、パワーアンプが4つもあってやたらと場所をとっている。そういうスペース的な要因もあるが、またでっかいアンプで大音量再生をしたいとは思わない。
 モノラル再生は、音の調整に神経質でもデリケートでもなく、楽な気分で音楽に埋没できる。それだけ僕も年を食ったのだろうが、小さな盆栽を可愛がる情緒で、モノラルのヴィンテージ・プリメインアンプを買おうかと思う。フォノイコライザーは内蔵しているから、これ1個で済むのがいい。
 ただ、デザインだけは自分にピッときたものを妥協なく選びたい。ヴィンテージ・オーディオは目で楽しむのも大きなポイントになる。

アンペックス350と後方のモノラル用ジェンセンのスピーカー。
ユニットは同社59年製ウーファーP15NとRCA社製トゥイーター

 そうなると、このコラムに何度も出てくるモノラル専門店「Record & Audio Store BUNJIN」の宮本さんに相談だ。

「ということで、スピーカーも1本だしミニマムな格好よさを狙ったモノシステムを組みたいんです。プリメインはいま店にありますか」
「アルテック、グロメス、スコットとか何台かあります。試聴して決めるのがいいですけど、こっちまで来るのはちょっと遠いですね」
「大阪に行くのは構わないですけど、見かけで決めます。写真を送ってもらえませんか」
 その日のうちに何枚か写真が届いた。再び電話をする。
「アルテックの344Aが、いかにもレトロモダンっぽくていいです。で、念のため訊きますけど、プリ、パワー組み合わせだとどんなのがありますか」

 このとき宮本さんの声のヴォルテージが急に上がったように感じた。
「プリメインだと多少の違いがあるにせよ、ある一定のゾーンのなかに収まる音なんですよ。でもセパレートとなると方向がいろいろ。すごく選択肢が広がります。まずはプリとパワーどっちを重視するかという話ですね」

「そりゃ絶対プリです。パワーはどうでもいいんです。プリはツマミをいじりますからね。格好いい顔立ちのアンプを愛でたい気持ちがあるんですよ」
「格好いいというんなら、まあこれは人によって好みがありますけど、アンペックスはいいですよ」
「えっ、あれ売ってるんですか」
「基本的に店に置いてあるものは全部売ってます」


 それは数年前に「BUNJIN」に行ったときに見ている。値札が付いておらず、店のリファレンス・システムのプリアンプだった。ケタ外れに格好よかったが、言い知れぬオーラを肌で感じ、自分には関係ないだろうとスルーした。

 ややや、その手があったかと時めいた瞬間に、もうダメだと悟った。プリメインでちんまりやろうと思っていたし、想定していた予算の倍以上する価格だったが、もう行くしかない。
 宮本さんは僕の心変わりの早さ、あまりのポリシーの無さに驚いたことだろう。

アンペックス350の電源部

 そのアンペックス350。元々は業務用のテープレコーダーだ。そのアンプ部だけを抜き出してプリアンプとして店に置いてあった。さらに2系統のフォノイコライザーとトーンコントロールも改造して追加している。フォノイコがどこかの馬の骨では困るが、これもアンペックス製。

 半世紀以上前の製品だが、eBayなどで現物を手に入れるのはそれほど難しくはない。問題はオーバーホールで、当時の劣化していない部品を丹念に探していくのが大変。結局、店では仕入れよりもメンテ代のほうが高くついたようだ。

 すぐに送ってもらって対面。しげしげと眺め、ツマミを意味もなくいじり、よっしゃ、こいつがモノシステムの核になると信じて疑わなかった。音を確認しているわけではないが、俺に任せておけと米国黄金時代に誕生したプロ機はその風貌で語っている。

 このままでは音が出ないので、宮本さんはRCAのパワーアンプSP-10を貸してくれた。わずか10ワットの出力だが、アンペックスのゲインが高いのでまったく問題ないという。
 カートリッジがGEのバリレラRPX-040、トーンアームがグレイ108B、プレーヤーがRCA70Aというシステムで音を出す。

RCAのパワーアンプSP-10の背面
ジュニア・ウェルズの『フードゥー・マン・ブルース』モノラル盤

 まずかけるレコードはジュニア・ウェルズの『フードゥー・マン・ブルース』。半年前に「ブルース&ソウル・レコーズ」の濱田廣也編集長が持っているステレオ盤と聴き比べたとき、それほどモノラルの優位性を感じなくて残念だった記憶がある。

 しかしそのがっかり感は出音の一発で払拭した。ミッドレンジの突進力が尋常でなく、この感じは絶対ステレオでは出ない。左右に寸分違わぬ双子のジュニア・ウェルズがいて、脳内合成して真ん中に立つステレオよりも、はなから真ん中にいるほうが強烈なのは当たり前なのである。
 やがて50~60年代のモノ録音のジャズをガサゴソ引っ張り出して聴き始める。ブルーノートやプレスティッジのセカンドやサードのプレスばかりだが、もしかしてファースト並みに善戦しているのではないかと都合よく受け止めることができた。もちろん完オリの音はさらにその上なのは間違いないけど、大枚をはたいて買うこともないんじゃないのと思わせてしまう音ではあった。


 借りているRCAのSP-10はこのまま使っていたいほどシステムの音は完成している。こうもすんなりバッチリはまってしまうと面白くないと思うのが、いつもの自分で、これからパワーアンプをどうするか思案したいところ。

 同時にジャズのB級モノ盤を探すのも忙しい、この夏だ。

(2018年8月10日更新) 第197回に戻る第199回に進む   


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田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。著作に『音の見える部屋 オーディオと在る人』(音楽之友社)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(音楽之友社)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。
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