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第331回/マルチアンプは楽しい![炭山アキラ]

当コラムではもう何回か紹介しているが、わが家のリスニングルームには巨大な鳥型バックロードホーン(BH)の「ハシビロコウ」と、一転コンパクトだがそれで4ウェイ5スピーカー構成のマルチアンプ・システム「ホーム・タワー」が鎮座している。どちらも得難きリファレンス・スピーカーとして、またフルレンジと多chマルチの実験台としても、わがオーディオ人生と一体不可分となってしまっている愛機たちである。
 この6月は、そんな2台のリファレンス機器にまつわる取材のために飛び回っていた。といっても「ホーム・タワー」そのものは取材対象ではなかったのだが、要はマルチアンプ方式の面白さ、楽しさを読者に伝えるためのページ作りにかかっていたという次第である。
 あまり詳しく書くのは、雑誌発売前だからよろしくないのだが、某社より近日発売のチャンネルデバイダーが変幻自在であまりにも面白かったものだから、試聴室リファレンス・スピーカーで聴くだけでは飽き足らず、親しくお付き合いさせていただいているスーパーマニア宅へと持ち込み、マニア氏ご愛用の超高級チャンデバと"対決"させる、などという恐ろしいこともやってしまった。
 マルチアンプの最も美味しいところというと、何といってもクロスオーバー・ネットワーク素子がスピーカーへ直接入らないこと。これに異論を述べられるマルチアンプ・ユーザーはおられないことだろう。もちろん私もそのためにマルチをやっているわけだが、マルチの楽しみにはもっと遥かな高みがあるということを教わったのが今回の取材だった。何と件のスーパーマニア氏、世界中のチャンデバをお持ちといっても過言でないくらい数がそろっていて、しかもそのほとんどが実働している。今回はその中からパス・ラボラトリーズのXVR1と新製品の対決となった。

パス・ラボラトリーズのチャンデバXVR1。
3ウェイ構成なら130万円(生産完了)という高級品を、
今回の取材では80万円のチャンデバでお手合わせ願った。

 私自身、アキュフェーズの高級デジタルチャンデバDF-45を愛用していた頃があり、パイオニアのデジタルプリC-AX10のデジタルチャンデバと合わせて5ウェイを構築していた。当時の音はわがオーディオ個人史に残る重厚壮大なものだったが、DF-45をそう長く借り続けるわけにもいかず、返却した後はもちろん同等品を買う予算計画を立てることなどかなうわけがなく、廉価なスタジオ用3ウェイのベリンガーCX3400とDOD社のSR823をC-AX10と組み合わせて5ウェイを維持しようとしたのだが、アキュフェーズから廉価スタジオ用に変更した時の落差というか、ガッカリ感をご想像いただけるだろうか。音場がいっぺんに曇って情報量が激減し、音像も力が抜けてヘナヘナとした感じになってしまったのだ。「あぁ、俺のマルチ生活もこれで終わったな」と、天を仰いだものである。

アキュフェーズDF-45。
今のところわが人生で付き合った中で最も素晴らしいクオリティのチャンデバで、
何より用法が自在で扱いやすさは天下一品といってよい。
パイオニアC-AX10。
同社創業50周年記念のとてつもなく力の入った製品で、
私も長くリファレンスとして使った。
完全デジタル構成のプリで、クロスこそ限られるが高度なFIRのチャンデバを持ち、
IIRなら多数のクロスに対応していた。
96/24品位のデジタル・フォノイコライザーが搭載されていたのも凄い。
ベリンガーCX3400。
3ウェイながら確か当時2万円台で買えた超廉価チャンデバなのだから
文句を言っては罰が当たるが、DF-45と取り替えた時の泣きたくなるような絶望感は、
今なお忘れることができない。

 ほどなくCX3400もSR823も故障して戦列を離れ、特にSR823は落雷を受けて発振し、パワーアンプを巻き添えにするという大惨事に発展、わが家のマルチアンプ・システムは完全に水泡へ帰した。5ウェイに使用していた30cmウーファーの100リットルキャビは希望者へ引き取ってもらい、ATCの8cmスコーカーも借り物だったので元の持ち主へ返却した。

DODのSR823。
これはとにかく残留ノイズが大きく、中域以上には全く使えない代物だったが、
100Hzクロスくらいで使っていたものだからさほど気にならなかった。
そこそこ馬力を出すチャンデバだったように記憶している。


英ATCの8cmドーム型スコーカーSM75-150S-08。
とてつもないクオリティと押し出し、音の厚みと実体感を持つスコーカーだったが、
それだけに他ユニットのキャラクターを食ってしまうリスクもあり、
使いこなしの難しいユニットだったと記憶している。
ちなみにこのユニット、先の東日本大震災であと2mmズレていたら落下、破損していた。
地震後に確認して、冷や汗をかいたものである。

 それでリファレンスがBHのみとなり、致し方ないとはいえ若干ガッカリしつつオーディオ生活を送っていたら、音楽之友社から渡りに船というべき依頼が舞い込んだ。何とチャンデバを付録にしたムックを作るというではないか。ついては何か作例を発表してほしいと頼まれた私は、即座に4ウェイの企画を提出した。「そんな無茶な」と尻込みする編集を尻目に、「いいからいいから」と私は勝手に製作を始め、途中製作を大失敗して作り直しに時間がかかり、締め切りを大幅に遅れたりしつつも、現用の「ホーム・タワー」を作り上げた。

私が「ホーム・タワー」を発表した
ステレオムック「マルチアンプによるスピーカーの楽しみ倍増法」。
こんなエッジの利いた企画なのにムックは早々に売り切れ、
製造元のフォステクスがグレードアップした製品版を発売することとなる。

 ステレオムックのチャンデバはご存じの人もおられよう、ごく簡易な2ウェイでクロスオーバー周波数は1~8kHzと高い。これでどうやって4ウェイを構成したかというと、上の3ウェイ分は2台をスタックして使い、1kHzで切った信号の上をさらに8kHzで切るという荒業を使っている。ミッドバスとウーファーの間は以前当コラムでも解説したことがある。ミッドバスの低域は逆ホーンというキャビネット形式でアコースティックに落とし、ウーファーの高域のみ手元にあったスタジオ用のベリンガーCX2310を使って切っている。
 何と手のひらサイズの簡易型チャンデバを使い、しかもスタックして使うというどう考えても音に悪そうな使用法でありながら、「ホーム・タワー」は調整とエージングが進むに連れ、望外に良い音を聴かせてくれた。ベリンガーとDODで何とか構築したポンコツ5ウェイよりも遥かにまともである。なぜそうなるのかというと、あくまで推測だが付録チャンデバの方が筐体が小さい=シグナルパスが短い、あるいは余計な回路を付け加えることなく、オーソドックスに徹しているということが挙げられようか。チャンデバというものはかくも面白く、意外な効用のあるものなのだなということを、ごく廉価な製品からではあるが、私が痛感した瞬間だった。

これがフォステクスの製品版EN15。
見た目はロゴ以外ほとんど変わらないが、音質の違いは見た目よりずっと大きい。

 その後、ムックのチャンデバを製造したフォステクスは、同サイズながら自社製品としてパーツやクロスの幅を見直したEN15を発売、「ホーム・タワー」もそれにスイッチしたが、当然のことながら音の実体感が増し、音楽をより力強く表現するようになったものだ。。
 ずいぶんと話が遠回りしてしまった。件のスーパーマニア氏は、オーディオの音はスピーカーの次にチャンデバで変化するという持論を聞かせて下さった。ということはつまり、パッシブ・ネットワークを有する世の大多数のスピーカーは、音質変化の重大なパラメーターへ手を出すことができないでいる、ということに他ならない。私らはスピーカー自作派だから、時折はパッシブのクロスオーバー・ネットワークを自作したりもする。その際、例えばコンデンサーの銘柄やコイルの線径などで音がどれほど大きく、時に致命的に違ってしまうかは痛感している。

一般的なパッシブ・ネットワークはこんな感じ。
その昔、わが作例「ホライズン」に作成したものだ。
かなりいいパーツを使っており、これはこれで大成功といえる音の良い作例だった。

 それと同じことかあるいは遥かに大きな違いが、チャンデバの銘柄を変えると再生音へ現れるということだから、マルチアンプ道楽の奥は際限なく深い。高級チャンデバをいくつも所有しようとすると、高級スピーカーが何台も買える金額になってしまうから、だったらスピーカーを買い替えればいいじゃないか、というご意見ももっともではある。しかし愛用するスピーカーをそのままにクオリティを劇的に向上させられる、あるいはクオリティをそのままに表現の方向を変えることができる。これはとてつもなく大きな魅力ではないかと思うのだ。
 それほど金をかけずに始めようとするならば、私のように簡易チャンデバをスタックして使うもよし、最初はスタジオ用を使うのもいいだろう。それでパッシブからアクティブになった時の圧倒的なスピード感の向上を体験してしまえば、あなたはもう決して元へ戻ることができない。1人でも多くの人がマルチアンプの"沼"へハマっていただけるよう、私は日夜策謀を凝らしている。
 冒頭で記した通り本当はもう一つ、もうすぐ発売の雑誌で大ネタに絡んでいるのだが、今回多忙で少々文章を短くまとめさせてもらった。掲載誌は月刊ステレオの8月号(7月19日発売)である。ぜひ皆さん、お手に取ってみてほしい。

(2022年7月11日更新) 第330回に戻る 


※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)


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炭山アキラ(すみやまあきら)

昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。


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